表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/82

新皇帝 榎下愛音

 血を飲むのは抵抗があったが、致し方ないことと割り切り、杯を少し傾け、ころころと、舌で転がす。――何これ、めちゃくちゃ美味いんだけど。


 ぐいっと、お行儀悪く飲み干すと、儀式の関係者たちが、クスリと笑った。


「よし。これで、女王の資格は得られた。あとは、明日の蜂歌祭(ほうかさい)だけだが――大丈夫かい? 酔ったりしてないかな?」

「んー、らいひょーふにゃのら!」

「へろっへろじゃないか!?」

「おしゃけ、おいひー。もっと、のみたーい」


 部屋を抜け出し、走ってベルの音のもとへと向かう。驚くベルをよそに、カプリと、首筋に噛みつく。


「いやーん、ボク、襲われてるうー」

「もきゅもきゅ、もっと、飲みたあい。もっと、もっとぉ……」

「あらら。アイネは、お酒に弱いタイプだったかあ」


 コツコツと、足音が聞こえる。――この音は!


「にゃーあ!」

「にゃー……って、うっわ、死ぬほど面倒くさそう。あたしは逃げるわ。あとはよろしく、ルクス」

「え、ちょ、まっ、ナーアの、裏切り者!!」

「あえぇ……? にゃーあが、りゅくしゅになっちゃった。まいっか」


 むぎゅいと、私はりゅくしゅに抱きつく。ほんとは、にゃーあがよかったけど、まあ、にゃんでもいいやあ。


「よくないです、よくないですよアイネ様。こんな、はしたないことをされては! 早く、僕から離れてください! 僕の理性が残っているうちに!」

「やーあ」

「嫌、じゃなくて……!!」

「にゃでてー、ぎゅってしてー」


 頭をすりすり、胸元に押しつけると、ルクスはすごく躊躇(ためら)ってから、かなり遠慮がちに、私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。そういえば。


「きのー、寝てるときも、こーしてた?」

「して……ましたけど」

「んー……えへへ。りゅくしゅの手、安心する」

「ヤバいヤバい色々とヤバい。ああ、あああああ……。アハ、まあ、いいか、アハ、アハハハハ。いっそこのまま持ち帰ってぐふっ!?」


 ありぇえ? りゅくしゅが、いなくなっちゃった。りゅくしゅうー? どこおー?


「サイッテー」

「あっぶなっ! そもそも、ナーアが逃げるからこんなことに……、と、とりあえず、あとは任せましたよ!」

「にゃーあ? あ、にゃーあだ! にゃーあー!」

「うっ、くっつかれるのは、苦手なんですよ……」


 ぴと。――ああ、にゃーあだ。かわいいにゃーあだ。あったかあい。


「にゃーあ、しゅきい……」

「好……っ!? あ、あたしも、別に? 嫌い、じゃないですけど」

「うん、ずっと友だち」

「は、はい、もちろん……!」


 タタタッと、足音が聞こえる。はっ、この音は!


「ろろー! ぴたっ」

「……アイネ、どうしたの」

「ろろ、しゅきぃ」

「どうしたの」

「ずっと友だちぃ」

「どうしたの」

「ロロがっ、混乱しすぎて、どうしたの、しか言えなくなってるっ」


 ベルが楽しそうに笑っている。なんだか、いい気分だ。


「ちょっとアイネ。あたしのことが好きなんじゃなかったの?」

「にゃーあ、しゅき」

「違う。アイネは、ロロが、好き」

「ろろもしゅきぃ」

二股(ふたまた)するつもり?」

「あなたじゃ、ロロには、勝てない。足元にも及ばない」

「おっとお、これは面白そうだねぇ。じゃあ一旦、アイネはルクスに任せて」


 なんだか、眠くなってきた。もういいや、寝ちゃお。


「おやしゅみ」

「えええ、結局僕なんですか……。――ちなみに、僕は、その、どうですか? 好きですか?」

「んー……ねむぅー……」




 ――目覚めたときには、なんの記憶もなかった。が、皇帝規則に、「公の場でお酒を飲まないこと」という内容を示す文言が、追加されていた。


 ついでに、ギルデが死にそうな顔で、「あの男だけは、認めないからな。……なんで、あいつそっくりの男なんて、クソ、朽ち果てろ」とかなんとか言っていた。


 それに対してステアが、「まあ、彼氏は父親に似るって言うから」なんて返して、ギルデにバッチリダメージを与えていた。


 ギルデは、「僕じゃなくてあいつに似るのかいやだあぁぁ……!!」なんて、断末魔を上げていた。


 ルクス関連であることは間違いないが、別にそういう関係ではないし。本当に、何があったんだろうか……。


***


 いよいよ、蜂歌祭(ほうかさい)だ。人前に出るということもあって、いつもより、いっそう、時間をかけて準備をしていく。


 が、ロロがなぜか、ぷくーっと膨れていた。でも、聞くと面倒なことになりそうだったので、何も聞かなかった。


 当初は、ノア城の屋上で歌う予定だったが、それだと、見えづらいのではと思い、二階のバルコニーから歌うことにした。


 バルコニーに出ると、ペンライトを持っている人、すでに踊っている人、子どもからお年寄りまで、様々な人が集まっていた。――あれ、私って、アイドルだっけ?


「おっ、皇女様の初お披露目でみんな、テンション上がりまくりですなあ」


 なんて言ってくるのは、ベルだ。今は、ドラゴンの姿になって、子どもたちと遊んでやっている。なぜ、ベルがここにいるのかと言えば、至極簡単なことで、一種の、「帝国コワクナイヨ」アピールだ。もちろん、護衛という意味もあるが。


 ちなみに、バルコニーに出た瞬間から、私は皇女様モードだ。内心はともかく、集まってくれたみんなに、手を振っている。


 手を振るだけで、キャーッ! と、黄色い歓声が飛んでくる。なにこれ、めちゃくちゃ楽しい。


「ふっふっふ。僕が、密かに集めておいたんだ。――そう! マナ様親衛隊に次ぐ、アイネ親衛隊をね!」


 何言ってんのギルデ。どうせみんなには聞こえないからって、ふざけすぎじゃない?


「マナ様が結婚したときや、皇帝になったとき、はたまた、消息を絶ったとき。僕は、親衛隊が減るかと思っていた。――しかし! マナ活に真摯(しんし)に取り組んできた諸君は、憎しみと愛おしさとの葛藤(かっと)の末、くじけなかった!!」


 いや、結婚と大量殺戮(さつりく)失踪(しっそう)までしておいてファンが減らないのは、おかしくない? さすがママって感じだな。


「その上! マナ様の子どもの親衛隊になりたいとの申し出が殺到(さっとう)したんだ!」


 怖っ。いや、本人の知らないところでそういうことするのやめてくれない? 身に覚えのない嫉妬(しっと)とか買いそうだから。


 ていうか、いつまでおてて振ってればいいの? さすがにちょっと、疲れてきたんだけど。まあ、適当に様子を見て――もうそろそろ、いいかな。


 私が手を下ろし、呼吸を整え始めると、しんと、静まり返った。


 ――さあ、蜂歌祭(ほうかさい)を始めよう。


***


 ジョオウ ノ ケンリ ガ アリマセン。  


 ――なんて、ハニーナに刺されるなんてこともなく。無事に、蜂歌祭(ほうかさい)を終えた。


榎下(えのした)(まな)皇帝陛下より代理を(たまわ)った、ギルデルド・マッドスタの名のもとに、本日より、榎下(えのした)愛音(あいね)を正式に、新皇帝に任命する!」


 観衆がわっと、湧いた。これだけの期待が私の両肩に乗っているのかと思うと、ぞっとする。


 ――だが、心地よい重荷だ。


「本日より、新皇帝の座を受け継ぐこととなりました、榎下(えのした)愛音(あいね)です」


 間のとり方から、抑揚(よくよう)のつけ方まで、徹底的に勉強し、暗記してきた、当たり(さわ)りのないあいさつ。



 それを、記憶の彼方に、追いやる。



「皆さんから見て、母は、完璧な皇帝だったのだと思います」


「……けれど、母も、皆さんと同じように、悩み、苦しみ、ときには、大きな誤ちをおかしてきました。普通の人間です。ただ、一人で何でもやりすぎたんだと思います」


「だから、もちろん、私も、普通の人間です。そして私は、母とは違い、一人で何でもできるような、知恵も力もありません。魔法を使うことすらできません」


「――だから、皆さんの力が、必要です。私は、そういう、国と国民の方々との距離が、近い国を目指します。至らぬところもあるでしょうが、精一杯、頑張ります」


「帝国建国以来の八年間のような、残虐(ざんぎゃく)で、非道(ひどう)で、凄惨(せいさん)な歴史が、二度と、繰り返されることのないよう、血の皇帝に代わり、必ずや、平和な時代を築いてみせます」


「だから、みなさん」


「私と一緒に、歩いてくれますか!!」


 ――おおおおお!


 うーん、いい返事だね。これ、やってみたかったんだあ。


「ありがとう! がんばります!」


 ――おおおおお!!!!


 うわあ、心地よすぎる……。爽、快。


 ドレスを(ひるがえ)して戻れば、ギルデがにっこり笑って待ち構えていた。怒って、る? いや、怒って、ない?


「アイネ。後で話がある」


 うーんと、これは。怒ってるけど、怒ってない、みたいな。


 音だけでは、よく分からない。初めてのパターンだ。まあ、後で、とのことなので、今は、気にしないようにしよう。


***


 現在、ハニーナとの話し合いが行われていた。三百年分の蜜が作れたかどうか、味はどうか、そして、今後のセキュリティはどうするか、など。


 ――それよりも、何よりも、なんと言っても、味! どうしても味見したくて、頼み込んだというのが、正直なところだ。さっそく、職権濫用している。


 スプーンでとろっとろの蜜をすくう。つやつやで濃厚な、たっぷりの黄金の蜜。


「いっただっきまーす!」


 ぱくっと、一口で食べる。――瞬間、全身に衝撃が走った。


「う、うみゃいいっ! ほっぺ落ちそうー!」

「これなら、すぐに植物の味も元に戻りますよ!」

「ほんとですか!? やったあ!! ……もう一口、いいですか?」

「ふふっ、どうぞ」

「ありがとう!」


 もし、ママの歌で蜜を作っていたら、きっと、もっと凄いものができていたのだろう。


 ――ああ、食べてみたかったなあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ