かわいい想い
ルクスが持つ証拠は、クレイアの願いを叶えるに足るものであり、クレイアが求めるもの、そのものだ。
「マナ・クレイアが、それを求めていることも、僕は知っていました。でも、差し出すつもりはありません」
「じゃあ、なんで、私に言ったの? 私がクレイアさんに言うかもしれないじゃん」
「あなたはそんなことしませんよ」
確かに、私の口からクレイアに言うつもりは、少しもない。彼女の願いとはいえ、ルクスにも事情があるのだろうから。
「それに、僕が、こうして心を開いていないと、アイネ様も話しづらいかと思いまして」
「話すことなんてないけど」
「そうですか」
――今度こそ、誰にも話さず、ずっと、私の中だけにしまっておこうと、そう思っていたのに。沈黙が背中を無理やり押してくる。
「クレイアさん、八年間ずっと、片想いしてるんだよ。あのクレイアさんが、こんなにもかわいい想いを抱いてるなんて、私、思いもしなかった」
「そうですね」
「でも、同時に納得もした。クレイアさんじゃなきゃ、きっと、できないって」
「ええ」
「……クレイアさんを置いて、勝手に殺されて、八年も苦しめるようなやつより、ここにいる私のほうが、絶対に、クレイアさんを、幸せにしてあげられるのに」
「僕もそう思います」
片腕で視界を覆う。どこまでも青く澄んだ空に、無性に腹が立ったから。
温かく大きな手が、私の頭をぎこちなく、撫でる。
「私が、女だからとか、子どもだからとか、次期皇帝だからとか。そうじゃなくて。――ただ、クレイアさんの一番好きは、もう埋まってるって、それだけだった」
目を抑えたまま起き上がった私は、ルクスにしがみつく。そうしないと、耐えられそうにないくらいに、痛かった。
「割り込む余地なんて、少しもなくて。こんな人に愛されたら、きっと、すごく、幸せなんだろうなって。でも同時に、それは、私じゃ、ダメなんだって。絶対に叶わないんだって、思い知らされた。あんな顔されたら、勝ち目なんてないよ……」
「私は、クレイアさんの幸せを、心の底から願ってる。でも、どうしていいのか、分からない」
「今のままじゃ、きっとクレイアさんは、犯人を捜すことに捕らわれたまま、一生を終えることになる。だって、ルクスが、証拠を隠してるんだもん。それで、実ったのかどうか、永遠に分からない初恋のために、人生を捧げることになるんだ。そんなの、つらすぎるよ……」
「――でも、私は、たった一人のために、ひたむきに頑張れるクレイアさんが、好きなの。キラキラしてるクレイアさんだから、大好きになったの。私や世界中の誰もがどう思ってたって、関係ない。クレイアさんは、どれだけつらくても、好きな人のために頑張ってる今が、十分に、幸せなんだ。……それが、分かってるから、何も言えなかった」
「八年だよ、八年。どうして、そんなにも長い間、変わらない想いを抱いていられるのか、私には、分からない。本当に、すごいなあって、ますます、好きになった。あ、それは全然、今までみたいな、恋愛感情じゃないけど」
「でもやっぱり、私って、すっごく、クレイアさんが、好きだったんだなあって。……実らなかったけど、初めて好きになったのがクレイアさんで、本当に、よかったなって」
ルクスはずっと、拙い私の言葉を、抱きしめて、背をさすりながら、聞いてくれた。
「クレイアさんがね。いつか、私のことを大切に想ってくれる人が現れるって、そう言ってくれたんだ。そのときは、ちゃんと、向き合うようにって」
「――大丈夫ですよ。あなたなら」
「そうかなあ。……そうだと、いいなあ」
八年の間に、随分、成長したルクスの腕の中は、とても、温かくて、安心できて、涙が止まらなかった。
***
――目覚めると、視界に、もっとも見慣れた天井。私の部屋が映った。昨日の記憶が、思い出される。
鏡を見て、顔がむくんだりしていないか、確認する。今日は即位の儀の本番なのに、もし、そんなとこになっていたりしたら――あら、かわいいお顔。むしろ、いつもよりかわいい気さえする。
「てか、私、ここまでどうやって帰ってきたんだっけ」
むむむ、と考えてみる。遅くに目覚めて、お風呂に入った記憶はあるが、どうやって戻ってきたかは、覚えていない。たぶん、泣き疲れて眠ってしまったのだろうとは思うが――。
「ルクスに、私を運べるくらいの力って、あるのかな。昔、背負われたことあったけど。てか、重くなかったかな!? 人魚の国のご飯、めちゃくちゃ美味しかったから、食べすぎて、朝ごはん入らなかったくらいだし」
体重計も、最近、乗っていない。昨日、ドレスが入ったので、大丈夫だろうと思っていたのだが。
「ま、ルクスだし、いっか」
相手はルクスだ。気にする必要はない。さっさと、朝の支度を済ませてしまおう。
顔を洗い、うがいをし。着替えた頃に、メイドたちとロロが現れる。ちなみに、ベルはいつもメイド服なのだが、単なる趣味で、メイドではない。
「髪、梳きに来た」
「ありがと、ロロ。みんな、今日はよろしくお願いします」
口元以外の化粧と髪のセットを済ませて、朝食をいただく。いつもの、ステアの味だ。彼女の手料理は美味しい。しかも、私の好きなツヤツヤ白米。
「んふふ」
美味しすぎて、にやけちゃう。
「――アイネ」
「ん、何、ギルデ?」
「その、昨日は……」
おそらく、資料が破れていることと、その切れ端に何が書いてあったか、分かっているのだろう。
「紙きれは見たよ。でも、その話は、全部、終わってからね」
「あ、ああ。それともう一つ、帰ってきたときのことなんだが」
そちらは、私の記憶の外のことだ。一切、覚えていない。
「あー、それね。私、なんにも覚えてないんだけど、ルクスが抱えてきてくれた感じ?」
「……あ、ああ、そうだな。そうか、何も覚えてないのか。いや、ないならないでいいんだ」
それにしても、外は寒かった。クレイアは、こんな寒さにも関わらず、焚き火で寒さをしのいでいるらしい。風邪を引いたりしていなければいいけど。
「それで、何かあったの?」
さっと、一同、目をそらす。アイネ皇帝一家、分かりやすいな。
「ふーん。ま、今度ルクスに聞いておく」
「聞かなくても、いいんじゃないかい? 忘れたままで」
「いや、ほんとに何があったの??」
とはいえ、今に限っては、心を乱されるのも嫌なので、聞かないことにした。
二日かけて行う、《《女王》》の即位の儀の、一日目。私には魔法が効かないため、色々と特例措置が取られた。また、本来、先代の女王から受け継ぐべきお言葉等々のこともある。そんな辺りの問題を適宜、適切に対処しつつ、予定通りに進行した。
二日目。聖水(魔法による酸化を受けていない水)を、真冬だというのに、頭からかぶらされ、死にそうになった。これ、意味ある? てか、風邪引いて明日声出なくなったらどうすんのよ、なんて不満を抱きつつ、お城で暖まった。
そうして、雑念マックスで、なんとかやり過ごし――最後、杯に注がれた、ベルの血液を飲むところまでやってきた。
少し離れたところからでも、すごく芳醇な、ワインの香りがする。お酒をのんだことは、今まで一度もない。




