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ママの居場所

 明日は、私の十六歳の誕生日だ。明日から二日かけて即位の儀を行い、二日遅れで誕生祭と蜂歌祭(ほうかさい)を同時に行う。そんな事情もあって、民衆の熱量は高い。


 会場は、ノアに決まった。私にとっては、いつも過ごしている場所だから、多少、気が楽だ。


 ナーアとルクスも見に来るとのことだったので、どうせならと、久々に、ナーアと一緒に練習することにした。このあとは、城に泊まってもらう予定だ。


「はい、大丈夫そうですね。本番も、この調子でお願いします」

「ウーラちゃん、練習に付き合ってくれて、ありがとう!」

「はい。――それで、ナーア」

「ひゃ、はい」

「何をそんなに慌てているんですか、まったく。……とても、よくなりましたね」 

「え? あ、ありがとう、ございます」


 ウーラは、ナーアの記憶のことを知ってから、ナーアが忘れないように、頻繁に会う機会を作っているらしい。


「だからといって、慢心はいけませんよ。日々練習していなければ、すぐに、なまってしまいますからね」

「は、はい! 精進します!」


 二ヶ月前の記憶がなくとも、月日の分だけ、関係は深まる。ナーアも、少しずつ、成長している。私が皇帝になったら、ウーラの負担を減らしてあげて、ナーアと会いやすいように取り計らうつもりだ。


「明日からは即位の儀ですから、今日はしっかりと、体を休めてくださいね」

「はい! ご指導、ありがとうございました!」


 私は祭当日も、流れを見るためのリハーサルがあるが、ナーアは本当に、今日までだ。私は、緊張気味の彼女の、ピンと張った背中を見守る。


「ありがとうございました。あ、あの! 少し、待ってください」


 そう言って、ナーアは扉を開け、外にいる人物からあるものを受け取る。


「あの、えっと、これ、お礼……です」

「――私に?」

「はい」


 それは、季節外れの、真っ赤なカーネーションだった。赤いカーネーションの花言葉は、母への愛。


「歌の指導ももちろんですが、その、あたしを、産んでくれて、ありがとう、と、思って……」


 私の顔を一瞥(いちべつ)するウーラに、私は首を振る。


「私が言ったんじゃないよ。ナーアが、自分でそうしたいって言ったの」

「そう、ですか」


 一輪の花を、大切そうに受け取ると、ウーラは、一瞬、うるっと瞳を(うる)ませて、目尻を(ぬぐ)う。


「ありがとう、ナーア。元気な顔を見せてくれて」

「こちらこそ、ありがとうございます。――お母さん」



 この空間に、私は不要だと感じ、静かにその場を去る。扉の外には、ルクスが待っていた。用意した花を渡すために、ずっと廊下で待っていたのだ。



 二人で静かにその場を離れ、外に出るつもりで着てきたコートのポケットに手を突っ込みながら、私は切り出す。


「でも、まさか、ルクスまでついてくるなんて。呼んでないのに」

「酷いなあ。僕にだって傷つく心はありますよ?」

「はいはい」

「あの、本当ですからね? 僕、人ですからね?」

「へー、そうなんだ。知らなかったなあ」

「だから、傷つきますって」


 なんでもない会話をしながら、廊下を歩いていると、慌てている音が聞こえてきた。このままだと曲がり角でぶつかるが――あ、いいことを思いついた。


「ルクス、ちょっと黙ってて」

「一体何を……?」


 ふっふっふ、来たね来たね……。


 曲がり角から飛び出してきた人物が、私を避けようと、体勢を崩したところで、私は腕をつかんで支えてやる。バサバサと、抱えていた資料が床に落ちる。その中には、あの真っ白な本も混じっていた。


「こら! 廊下を走るのは危ないって言ってるでしょ、ギルデ!」

「うっ、す、すまない……。でも、明日からの準備で、本当に、急いでいるんだ! 今日だけは、皇帝権限で廊下を走ってもいいこととする! それじゃあ!」

「あ、ずるいっ!」


 散らばった資料を魔法で集めながら、ギルデは走っていってしまった。しかも、結構、速い。


「気をつけてねー!」


 城は現在、明日の準備で、一般人は立ち入り禁止になっているため、よっぽど、大丈夫だろうとは思うが。


「……ん、なんだろ、これ」


 それは、紙きれだった。先ほど、ギルデが落とした資料の一ページが、破れたようだ。


「ま、後で渡せばいっか――」


 と、そのとき。ある文字列が、目についてしまった。いや、よく知っている文字列だからこそ、目に止まったのだろう。


「これ、どういうこと」


 ルクスが覗き込んでくる。が、動くことができない。その一切れの紙の、たった一つの文から、目に釘でも打たれたかのように、目が離せない。



「女王マナ・クラン・ゴールスファ……死去」



 ルクスが読み上げたその言葉が、頭の中で反響する。ゴールスファは、ママの旧姓で、クランは、かつての女王の称号、現在の王の称号だ。


 ――拾った紙きれを丸めてポケットに突っ込み、ルクスの手を取って、私は、廊下を走り出していた。


「こら、廊下は――アイネさん?」


 ステアに声をかけられても、それに応えることすらできず、いつしか、走るのが遅いルクスを抱きかかえて、私は走っていた。遠く、遠く、遠くへと。


 大陸の南端であるワールスから、走って海を渡る。エリザクラの脅威がないからか、ルクスは私を止めなかった。


 やっと腰を下ろした場所は、ベルによって、焦土と化した大陸、カルジャス王国の跡地。今は、大陸を囲むように結界が張られ、立ち入りが禁じられている。草地が広がるだけの、まっさらな大地だ。


 そして、世界初のドラゴン――チアリターナの墓地でもある。


 魔法による結界など、私には、なんの効果もない。触れば開く、鍵のかかっていない扉でしかない。


「よかったのですか? 明日から、即位の儀ですよね?」

「分かってる。――すぐに、戻るから」


 本当に、どうして私は、ここまで弱いのだろう。


「ねえ、ルクス。ママに、何をしたの?」

「……そろそろ、話すときが来ましたね」


 そう前置きして、ルクスは草地に寝そべった。彼に促されて、私も、横になる。こうしていると、昔に戻ったみたいだ。


「時を戻したんですよ」

「時を、戻した?」

「はい。僕は、血の皇帝――榎下(えのした)(まな)の時だけを戻して、彼女を過去に送ったんです。ナーアの願いの魔法を使って。ナーアが、二ヶ月しか記憶を保てないのは、その代償です」

「だから、八歳になるまでの記憶を消したんだ。ナーアが魔法を覚えてたら、願いが自由に使えないから」


 ルクスは緑の睫毛(まつげ)を伏せて、声を一段と低くする。当時のルクスには、魔法が使えなかったはずだ。となると、薬か何かを使ったか。どちらにせよ、魔法では、戻せないのだろう。


「だから、ずっと、謝りたかったんです。あなたに。彼女を過去へ送ってしまったことを」

「ああ、それで、誘拐したんだ。私に会うために。……ルクスって、馬鹿だね。普通に会いに来てくれればよかったじゃん」

「その勇気はありませんでした。申し訳――」

「いいよ、誰も死んでないし。まあ、私、銃で撃たれたし、その辺りの慰謝料(いしゃりょう)は請求したいところだけど」


 ただ一言謝るために、一体、どれだけの人に迷惑をかければ気が済むのだろうか。まあ、いいけど。


「……おや。案外、驚かないんですね?」

「だって、もう、うんざり。散々だから。ドッキリだって何回もやられたら、流石に慣れるよ。それに私、死んでないし。ママのことだって、殺してはないんでしょ?」


 ルクスは、驚いたような息遣いをする。お互い、草に遮られて、表情は見えない。


「永遠に、この世から追い出すつもりでした。……でも、あのお方は、やられたままで済ませるような方ではなかった」

「どういうこと?」

「僕が、彼女を過去に送る直前、彼女は未来と過去を繋ぐ、通路を作ったんです」

「――ああ、ママだからね。そういうこともあるんじゃない?」

「また、驚かないんですね」

「もう驚くのも疲れたから」


 そりゃ、どこを捜しても見つからないはずだ。そもそも、ママは、この世界にいないのだから。しかし、通路があるということは、戻って来られるような気もするが。


 今は、考えたくない。


「何か、ありましたか?」

「どういう意味?」

「何かあったんでしょう?」

「何かって言われても。そりゃ、生きてれば色々あるでしょ」

「マナ・クレイアに、想いを告げましたか」


 図星をつかれて、しばし、呼吸が止まっていることにも気づかなかった。


「――私、そんなに分かりやすかった?」

「まあ、僕がアイネ様を執拗(しつよう)に見ていることは否定しませんが、それを抜きにしても、分かりやすかったですね」

「やっぱり私、皇帝、向いてないなあ……」

「そんなことはありませんよ」

「ありがとう。お世辞でも嬉しい」


 どうせ、その結果も、バレているんだろう。


「クレイアさん、好きな人がいるんだけど、八年前に、死んじゃったんだって」

「――少し引っかかるところはありますが、それは、ナーアのお兄さんのことですね」

「ルクスってなんでも知ってるんだね。私、ナーアにお兄さんがいたことすら知らなかった」

「まあ、兄といっても、血の繋がりはありませんからね。育ての親が同じというだけで」

「じゃあもしかして、そのお兄さんを殺した犯人も、知ってるの?」


 ルクスは、答えない。しばらく、悩んでから、やがて、


「その質問には、答えたくないです」


 知っていると、そう言った。


「だったら、無理に言わなくていい」


 クレイアのためになると思ったのだが、まあいい。


「……ただ、証拠は、持っています」

「証拠?」

「――犯人を特定し得ることのできる証拠です」


 つまり。


 それがあれば、クレイアの願いの一つを、叶えてやれるということだ。

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