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石化した彼女

 城へ戻り、数々の誤解を解く。人魚の話もおそらく、隠された歴史の一つだったのだろうが、数百年前、この国を治めていたルスファ王国は、ママが滅ぼしてしまった。当然、歴史の欠片も残っていない。


 これからは、向こうに残された文献や、エイミーの言葉を介して、正しい歴史を広めていくつもりだ。後世の人々が、同じ過ちを繰り返さないように。


 そして。


 私は、石化したクレイアに、触手から(しぼ)りとった毒をかけていた。


 ――パキパキと、クレイア像に、ひびが入る。


「ねえこれ、本当に大丈夫なの? クレイアさん、ひび割れてたりしない?」

「大丈夫! まなの考えは、ドラゴンであるこの、ボクの、構築した理論と同じだから」

「むしろ不安なんだけど……」

「なんでさ! ボク、すっごいドラゴンなんだよ!?」


 そうしている間に、ポロポロと、石でできた表面が崩れ、剥がれ落ちる。その下から、雪のように真っ白な肌が現れる。


 一つ、欠片が落ちたのを皮切りに、あっという間に、ポロポロ、ポロポロと、剥がれていく。そのうちに、クレイアがふらついたのが見えて、私は咄嗟(とっさ)に、その体を支える。


 パニックになりかけている思考を、深呼吸して、無理やり、落ち着かせる。パニックというのは、広がるものだ。私を助けに来てくれたみんなが、私の声を聞く耳を持たなかったみたいに。


 みんなが混乱していると、目覚めたときに、きっと、クレイアを困らせてしまうだろうから。


「――どうしたのよ、そんなに心配そうな顔して?」


 頬を撫でられてやっと、自分が目を固くつむっていたことに気がつく。恐る恐る開ければ、そこには、赤い瞳に白髪の、小さな少女の姿があった。


「クレイアさん」

「ええ、クレイアだけど」

「クレイアさん……」

「色々、聞きたいことが――」

「クレイアさんんぅ……っ!!」


 温かく、柔らかい、小さな体。大好きな匂い。かわいい声。生きている。彼女は、今、生きている。


「わっ、ちょっと、鼻水! 汚いからやめなさい!」

「いやだあぁぁっ、絶対に、離さない!」

「暑い! 苦しい! 離れなさいよっ! ちょっ、誰か、見てないで助けて!」


 最初こそ、みんな見ていたけれど、すぐに全員、去っていった。


 結局、私は、クレイアを困らせてしまうのだった。泣かないと決めていたのに、やっぱり、無理だった。


***


「人魚の声と、石蛇の眼! うわあ、すごい、本物!」


 私が持ってきた小瓶と、ルクスと分けっこした石蛇の眼を見て、クレイアは歓喜していた。赤い瞳がキラキラと輝いていて、いつもよりいっそう、素敵に見える。


 ああ……しゅきぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!


「ありがと、アイネ。大好き!」


 きゃあああーーーーーーーっ! クレイアさんが、ありがとって、大好きって、めちゃくちゃかわいい笑顔で! あはぁ……おかしくなりそう。頭クラクラしてきた。


「あっ、そういえばあたしたち、喧嘩中だったわね」

「え? そういうこと言う? まあ確かに、アイネなんて知らない! いらない! 嫌い! とは言われたけど」

「そんなにかわいい言い方してたかしら」

「もうそんなの、どーでもいいの。だって、私が、クレイアさんを、好きなんだから。何言われたって、離れてなんてあげないんだから」


 むぎゅっと抱きしめると、クレイアは、若干面倒くさそうにしながらも、頭を撫でてくれた。クレイアが、口をパクパクさせて、何か言おうとして、やめた気配がした。


「よく、頑張ったわね」

「――それを言ってもらうために、私は、頑張れたんだよ。だから、ありがとう、クレイアさん」


 代わりに、私が、一番、欲しかった言葉をくれた。その言葉に、すごく、すごく、ものすごく、勇気をもらえた。


 同時に、怖くもあった。彼女の優しさを失ってしまうかもしれないという、これ以上ない恐怖が。


 それでも。伝えたいと想う衝動を、抑えることなんて、できなかった。


 クレイアを腕の中から解放して、その小さな手から小瓶と眼を取り上げ、机に置き、彼女の真っ赤な瞳を見つめる。


 ――心臓がバクバクしている。どこまで速くなるんだと。いつか、爆発してしまうんじゃないかと。自分でも、音が分からなくなるくらいに。


「あのね、クレイアさん」


 自分の声が聞こえないくらいに、心臓がうるさい。喉が引き(しぼ)られて、自分の体なのに、上手く動かせない。


 それでも、伝えたい。大切な言葉が、震えないように。たった一言だけど、間違わないように。


「私は、クレイアさんのことが、好きです」


 結果なんて、最初から見えていた。


 彼女が私を恋愛対象として見ていないことくらい、知っていた。本心を告げたら、きっと、彼女が困ることくらい、分かっていた。


 だから、自分の気持ちに蓋をした。気づかないふりをした。とっくに、気がついていたのに。


 伝えないつもりだった。ずっと、しまっておくつもりだった。


 でも、自分の心は、自分が思う以上に、人には伝わらないのだと知った。私のような場合なら、なおさらだ。


 家族のことでさえ、私は何も知らなかった。自分がどれだけ愛されているかなんて、分かりもしなかった。


 だからこれは、ただの、私のわがまま。これだけ頑張ったのだから、せめて、私が彼女をどれだけ好きかということくらいは、伝えることを、許してほしい。


 すごく、不安で。何度も、早く伝えておけばよかったと、そう思ったから。


 クレイアが、息を吸う音が、聞こえる。彼女の音しか、聞こえない。


「ごめんなさい。気持ちはすごく嬉しいけれど、それには応えられないわ」

「――だよね」


 クレイアは、真っ直ぐに、私の目を見て、そう言ってくれた。


「それって、クレイアさんにも、好きな人がいるから?」

「……どうして、そう思うの?」

「だって、クレイアさん、すーっごくかわいくて、キラキラしてるから!」

「あはは、ありがと。ええ、そうよ。あたし――私には、ずっと前から、すっごく大好きな人…彼がいるの。でもね」


「死んだの。私が想いを伝える前に。そのときは、伝えようなんて、少しも思ってなかった。そもそも、好きだって、気づいてすらなかったから」


「……どうして、死んじゃったのか、聞いてもいい?」

「殺されたの。八年経った今でも、犯人は分からないまま。それが、私がここに来た目的の、大事な一つ。あの日、彼を殺した犯人を見つけること。……あれから八年も経ってるのに、今でも忘れられないなんて、情けない話だけれど」

「そんなことない! 私は、八年間、ずっとその人を想ってるクレイアさんを、尊敬するし、そんなに想われてるその人が、すっごく羨ましい! てか、(ねた)ましい! それから、どんなにいい男だったのか、すっごく気になる!」


 ぽかんとした顔をして、クレイアは――直後、笑った。


「あはは、そんなに気になる?」

「うん、そんなに気になる! ――だから、いつか、聞かせてね。クレイアさんがつらいときは、私が一緒に泣いてあげるから。約束」


 小指を差し出すと、クレイアは、優しく笑って、その細い小指を絡める。


「私からも、一つ、いいかしら?」

「うん、何?」

「アイネが私を想ってくれたみたいに、いつか、アイネのことを、一番、大切に想ってくれる人は、絶対に現れるから。そのときは、逃げずにちゃんと、相手の顔を見てあげて。まあ、今のアイネなら、心配ないとは思うけれど」

「――うん、分かった!」


 こうして、私の初恋は、終わった。

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