知らないテント
ぼんやりと瞼を開き、幾度かまばたきをする。――いつもとは違う光景に、慌てて飛び起きると、首に、激痛が走った。
「寝違えたたたっ!!」
涙目になりながらも、痛みで思考が落ち着いてくる。
「そっか、私、家出したんだ……」
傍らにクレイアがいないのに気がつき、無意識に外に出ようとして、昨日の言いつけを思い出す。
「勝手に出ちゃダメだったよね」
日はとうに昇っているようで、テント越しにうっすらと光が透けていた。きっと外は、気持ちのいい青空だろう。
確か、トイレのときは大声で呼べと言っていたが――なんて、意識し始めると、だんだん、行きたくなってきた。
「ちょっと、我慢してようかな」
それから、十数分が経ったが、クレイアが帰ってくる気配はなかった。
「おーい! クレイアさーん!」
大声で呼んでみるが、返事がない。その後も呼び続けたが、一向に、返事がない。
「トイレ探さなきゃだし……もう我慢できない!」
フラグよ、折れていてくれ、と願いつつ、テントの外に出ると――足に何かがつっかえて、危うく、転びそうになる。
足下に視線を落とすと、そこに、白髪の少女、否、クレイアが倒れていた。
「ちょ、ちょっと、クレイアさん!? 大丈夫ですか!?」
軽く揺すると、かすかな吐息とともに、小さく呻き声を漏らした。
「生きてる――」
ほっと、胸を撫で下ろして、クレイアをテントに運び込もうと抱えると――視界に影が差した。
横をすり抜け、その影から離れながら、振り返って正体を観察する。白いローブを纏い、フードで顔を隠した、いかにも怪しげな人物が、そこに立っていた。
「あの背中の紋章――間違いない、革命教だ」
女の心臓に杖が突き刺さっている、悪趣味な紋章だ。気分が悪い。
十分に距離をとって、敵の一挙一動に目を配る。
風にローブが翻り、フード越しに瞳がこちらを捉える。
――くる。
火の球が膨れ上がって、影を覆い隠す大きさへと成長し、一直線に向かってくる。だが、
「……遅い」
避けることはできるが、私の後ろには遮蔽物がない。
だから、受け止める。
燃え盛る火炎は、私とクレイアを焼き尽くさんと迫り――当たった直後、消滅した。
「なっ!?」
驚いた声を合図に、一直線に駆けて、その首を手で打ち、確実に意識を刈り取る。
「ふぅ……」
今更ながら、初の実戦だったことに気づき、遅れて高揚感がやってくる。心臓がやけに速い。体が、熱い。
だが、気持ちを落ち着けなければ。冷静さを失えば、大事なことを見落とすかもしれない。
呼吸を整えながら、足下を見やる。確実に、意識を失っているようだ。
「今まで、襲われたことなんて、なかったのに……」
なぜ、バレたのだろうか。もしかして、クレイアが――。
「ん……」
かすかな吐息とともに、クレイアの瞼がぴくりと動く。私は思わず、大声を出して、
「クレイアさん、起きてください!」
その体を必死に揺する。
「死なないで! お願いだから!」
「や、やめ、ちょっ、ちょっと! やめなさい!」
「うべっ」
ベチン! と頬が叩かれて、それでやっと、私は落ち着きを取り戻す。
「あんた、馬鹿力なんだから、少しは考えなさいよ! それに、そんなに揺すらなくても、ちゃんと起きてるから」
「だってぇ……!」
半べそをかきながら、抱えているクレイアの赤い瞳をのぞきこむと、彼女は半分呆れたような笑みを浮かべて、私の頭を撫でた。
「ごめんなさい。つい、テントにたどり着く直前で寝ちゃって」
「いや、寝てたんかいっ! てか、なんでこんな紛らわしいところで寝るんですか! 呼んでも全然起きないし!」
「寝たばかりだったから、起きないわよね」
「開き直るな!」
あはは、と笑う彼女に毒気を抜かれ、目尻の涙を拭い、鼻水をすする。
「……汚いから、早く下ろして?」
「汚いって言うな!」
ティッシュをもらって、鼻をかみ、ゴミ箱を探すと、ちょうど、一キロ先に見つけたので、ひゅっと投げる。
「よし、入ったっ」
「……あはっ。すごい勢いで、ティッシュが、飛んでっ、あはっ、あはははは!」
「なんでそんなに笑ってるんですか?」
ふと、それまで大笑いしていたクレイアの表情が、一変した。
「このにおい……」
「クレイアさん?」
「アイネ、息しないで!」
「それって、死ねってこと――」
急速に意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。
***
うっすらと目を開け、少しずつ、意識を覚醒させていく。――自室でないことに気がつき、慌てて飛び起きる。
「いたたたた反対側も寝違えたっ!」
「ふふっ」
隣から聞こえる失笑に、首を押さえながら目だけ動かすと、そこには、白髪に赤い目をした少女――否、クレイアがいた。
「あんた、寝起きはいいのね」
「どういう意味ですか?」
「いいえ、こっちの話よ。――それより、大変なことになったわね」
首が回せないため、立ち上がってその場で回りながら、辺りを確認する。人がたくさんいて、皆一様に、怯えた顔をしている。
「私、そんなに寝顔酷かったですか……?」
「別に、誰もあんたに怯えてないわよ。そこ、鉄格子」
クレイアの指差す方には、確かに、鉄格子があった。
「これがどうしたんですか?」
「……あんた、薄々《うすうす》気づいてたけど、やっぱり馬鹿なのね」
「馬鹿じゃないですっ!」
「じゃあ、状況は分かるわね?」
「おお、おお、やってやりますよ」
怯えた顔の人たち。よく見ると、私とクレイア以外の人の腕には、魔力封じの腕輪がつけられている。
それから、石の壁に、石の天井、鍵のかけられた、唯一の出入口である鉄格子。この鉄格子を壊してはいけないルールだとすれば、導き出される答えは一つ――。
「脱出ゲームですか?」
「誘拐されたのよ」
「誘拐!?」
「ええ、ここにいる全員ね。あんたが倒した相手は多分、囮ね。揮発性の薬を持たされてたみたいで、あっという間に、二人とも、意識を失っちゃったのよ」
誘拐、ということは、つまり。
「めちゃくちゃヤバいじゃないですか!」
「そうね。あんたの寝顔よりずっとヤバいわよ」
と言うわりに、クレイアに大きな動揺の色は見られない。――ていうか、今、ディスられなかった? いや、今は、それどころじゃないか。
「どうしよう……!」