ママなんて
私が二人の話をする間、エイミーは多分、黙って、聞いていてくれた。自分で自分の声は聞こえなかったけれど、自分が泣いているのは分かった。
最近は、泣かないようにしていたのに。私は、ダメな皇帝だ。私の涙一つで、どれだけの人が不安に駆られ、国にどんな影響が出るか、ちゃんと、分かっているのに。分かっているのに、止められない。
「誰にも、言えなかったんだな」
「――うん」
「それは、たった一人で抱えていくには、大きすぎる。全部、聞いてやるよ」
ボードに書かれた言葉に、感情が声になって、こぼれていく。
「ママは、すっごく、すごい人なの。大陸を持ち上げたり、地図を書き換えたり、一人で帝国を築き上げたりして」
「そんな人の娘でいられて、私だけが、ママの特別で、ママに一番、愛されてるんだって。そう思うだけで、私は、すっごく、幸せだった」
「私は、世界で一番、幸せなんだって、ずっと、そう思ってきた。少しでも、ママに近づくためなら、なんだって、頑張れた」
「……なのに本当は。私は、愛されてなんて、なかった。ママには、私なんて、必要なかった。私は、いらない子で、誰にも望まれてなくて、本当は、生まれてきちゃ、ダメだったんだ」
「だって、私がいたせいで、ママは。――あんなに優しくて、いつも一生懸命なママが、私を抱いて飛び降りようとするくらいに、私が、ママを追いつめた! そのせいで、ママとパパは、幸せになれなかった。そのせいで、パパは、パパは……っ。私が、パパを殺した!!」
私さえいなければ、きっと、二人は今でも、幸せでいられた。
私が二人の幸せな時間を、壊した。
私が幸せでいられるのは、二人からすべてを、奪ったからだ。
「どうして、ママは私を産んだの? 私が私になる前に、早く、殺していればよかったのに」
「どうして、私に、あんなにも優しくしたの? 愛されてるって、そう思ってしまうくらいに、優しく笑いかけたり、色んなことを話したり、時々、喧嘩したりして」
「――どうして、私は、あんな人を、こんなにも、愛しちゃったんだろう。……たくさんの人を犠牲にして、傷つけて、パパを――。あんな人……。ママなんて、ママなんて――」
その先に続く言葉が、出てこない。言えない。思いつく言葉はあるのに。酷いことを、たくさん、言ってやりたいのに。
「あああああ――!!」
悔しい。情けない。あんな人なのに。私を殺そうとした人なのに。私から、ママを奪おうとした人なのに。パパを奪っていった人なのに。私の普通の幸せを、壊した人なのに。悪口の一つも言えないなんて。
「だって、私が酷いことを言ったら、ママは、絶対に、傷つく。悲しむ。それで、最後は、子どもみたいに、泣く」
「――アイネは、ママを、本当に、愛してたんだな」
「私はちゃんと、愛してあげられてたのかな。ママが、生きようって。パパがいない世界でも、私と生きたいって。そう思えるくらいに、私はママに、愛してるって、伝えられてたのかな」
「大丈夫。わたしにだって、こんなにも、鬱陶しいくらいに伝わってるんだから、きっと、お母さんにも、ちゃんと伝わってたよ」
「鬱陶しいって、何よお……っ」
ママの話なら、どれだけでもできる自信はあった。いつまでだって、永遠に泣いていられそうだった。だから、そろそろ、泣き止まないといけないと、そう思って――。
「――我慢しなくていいから。好きなだけ、泣きな」
なのに、エイミーがそんなことを言うから、涙が、止まらなくなって。ずっと、ずーっと、泣いていた。彼女は、それに、ずーーーっと、付き合ってくれた。
「ママの、馬鹿あああっ、あふぉおおおっ、デキ婚んんん!!」
「あ、デキ婚なんだな」
「スタイルお化けえええ、信頼されてるううう」
「それ、褒めてねーか?」
「大好きいいい! 愛してるううう! だから、早く、戻ってきてよおおお!!」
喉が枯れるくらいに叫んだ。声が、出なくなって、息が上がって、自分でも、何を言っているのか分からなくなるほどに、叫んで、叫んで、叫びまくって。
「戻ってきたら、一発、殴らせろおおお!!」
「一発でいいのか?」
「……じゃあ、二発! パパの分も追加で殴る!」
「たった二発かよ」
「だって、あんまり痛くしたら、ママ、可哀想だもん。それに、たくさん殴られるって思ったら、帰りたくなくなっちゃうでしょ?」
「一発でも嫌だと思うけどな」
「え、でも、私、絶対に殴るよ? だって、許せないもん」
これだけは、自信がある。私は、ママの顔を見たら、まず、間違いなく、絶対に、全力で、殴る。
「――ふっ、あはっ、あははっ!」
「え、私、何か変なこと言った?」
「いや? お前が皇帝になるなら、面白い国になりそうだと思ってな」
「どういう意味! てか、なんで耳、聞こえるようになってるの! いつから!?」
「わたしに怒られてもな。しかも、怒るところじゃねーし」
「そうだけど!」
きっと、一度きりでいいから、ただ思いっきり、泣き叫びたかったのだ。
人目を気にせず、全力で。現に今、心が少しだけ、楽になった気がした。
「エリザクラ様が言ってるんだから、間違いねーだろ」
「え、エリザクラの声が聞こえるの?」
「ん? ああ、わたし、エリザクラ様の本体だから。エイミー・エリザクラだって、名乗っただろ?」
「あ、確かに」
「わたしたち人魚ってのは、エリザクラ様から生み出されたクラゲベスが、成長した姿なんだ。だから、一番長生きの私、エリザクラ様が、クラゲベスたちの長、つまり、エリザクラ本体ってわけ。この、クソでかいクラゲは、海の外と連絡するための、まあ、仮の体、みたいなやつだ。本当は、海の中で息ができるのも、全部、私の魔法のおかげなんだぜ?」
「――すっごい! さすが、人魚の国の女王様! カッコいい! でも、自分で様づけするのはどうかと思う!」
「一言余計だ! 偉いんだから、別にいいだろ!」
「いや、うん、いいんじゃない? 知らないけど」
「適当か!」
私は、この、癒えない傷とともに、生きていくしかない。私は何も、悪いことなんてしていない。それは、分かっている。
でも、パパがママを庇ってなくなったのは事実だ。だが、そこにどんな想いがあったかは分からない。しかし、だからといって、この事実を忘れてはならない。
私の大好きな、ママの業だ。それを背負わないというのなら、私は、ママの帰りを待つことを、やめなくてはならない。
――分かっている。私が背負う必要なんてないということくらい。ママはママで、私は私だ。そして私は、被害者だ。
だからこそ、そんな過ちを繰り返さないよう。私のように苦しむ子が、二度と、現れないよう。この、癒えることのない痛みを、胸に抱き続けなければならないと、そう思うのだ。
真っ黒な瞳の裏に、すべての真実を隠して。




