海にレッツゴー!
しばらく飛んでいると、ユースリアが見えてきた。
「今、どの辺を飛んでるの?」
とは、ナーアのセリフだ。ノートに書かれるナーアのセリフは青い文字で、ルクスは緑の文字だ。
「ユースリアだよ。上からだと、分かりづらいかもしれないけど」
「ふーん……」
ナーアの顔色をうかがうと――ものすごく、悪かった。モウダメー、という顔をしている。
「もしかして、ナーア、酔った?」
「……ええ、実は」
「ルクス、氷出して」
ルクスは、一口サイズの氷をナーアの手の上に出す。
「氷? なんでよ?」
「いいから舐めて」
氷を舐めると、乗り物酔いが緩和されると言われている。実際、ナーアの顔色も、少し、よくなったような気がする。
「さあ、ナーアも限界みたいですし、そろそろですね」
「そろそろって?」
「これを」
と言って、リュックのようなものを手渡される。いや、リュックじゃない。これは――。
「なんですか、このリュックサック?」
「パラシュートだ! ここから飛んでいいの!?」
振り返っていたルクスは、笑いながら、頷いた。――直後、ヘリコプターの扉が開き、ものすごい風が吹いてくる。
「はい。着陸地点は海の上ですが、エリザクラに気づかれる前に、できるだけ深く、潜ってください」
「へー。では、お先に」
空いた扉側に座っていたナーアは、なんの躊躇いもなく、宙に身を投げ出す。昔は、高いところをすごく怖がっていたけれど、小さい頃、私と建物の屋根の上で鬼ごっこをしているうちに、耐性がついたのだ。――そういうところは、忘れてないんだなあ。
「……あれ、ルクスって、高いところ苦手じゃなかった?」
ルクスは、いつもの笑顔のまま、固まっていた。なんでこんなにも、分かりやすいんだろうか。
「ルクス様、扉を開けますよ」
「ちょっ、待ってください。まだ、心の準備が」
運転席からの声に、取り繕う余裕なんて少しもないルクスが気を抜いたらしく、魔法で浮いていたノートとペンが落ちた。私はそれを拾って、ルクスに渡す。
「これ、しまったほうがいいと思うよ。降りるときに危ないだろうし」
「ああ、はい」
ルクスは虚空に空間を生み出し、ノートとペンをしまう。
「てか、ルクスは魔法が使えるんだから、別にゆっくり降りればいいじゃん」
「魔法なんて使ったら、エリザクラにバレて、即、はたき落とされてしまいます。魔法の気配がしますからね」
さらさらと、ノートに文字が書き綴られていく。
「……え、今、空間収納、使ったよね?」
笑顔のまま、さっと、ルクスの血の気が引いていく。
そのとき、空いた扉の目の前を、何か、透明で大きなものが、高速で通り過ぎ――風に煽られ、ヘリコプターが安定性を失う。
「てか、ノートとペン、ずっと浮かせてたよね!? 氷とか作っちゃってたし!」
「……迂闊でした。ここから飛び降りることばかり考えていて、まったく気づきませんでした」
「は!? 乗る前から降りる心配してたの!?
どれだけ怖がりなのよ……いや、知ってたけど」
ナーアは大丈夫だろうかと、眼下を見れば、無事、パラシュートが開いていた。今のところ、襲われたりはしていないらしい。
「とにかく、早く飛び降りないと! ヘリコプターごとはたき落とされちゃう!」
「ですが、しかし……」
こうなるとなかなか飛べない、ということは知っている。だが、このままでは、私たちもそうだが、何より、運転している人に危険が及ぶ。
「ああ、もう! 手、繋いであげるから! ほら、行くよ!」
「手、えっ……! ちょっと、待って」
「何か言った!? 私、今、何も聞こえないんだってば!」
開いている扉の外から手を伸ばし、ルクスの手を掴む。
「じゃあ行くよ! 三、ニ、一――!」
「待ってください無理です本当にお願いします許しいいああああ!?!?!?!?」
びゅんびゅんと、全身に風が叩きつけられる。宙であわあわと遊んでいるルクスの手を強く握り、体勢を整えさせる。――落ち着いたのを見届けて、私はルクスのパラシュートの紐を引いてやり、手を離す。パラシュートが開くため、あまり近づいていると絡まって危険なのだ。
さて。――私が狙いだというのなら、パラシュートなんて、開いた瞬間、はたき落されそうだが。
「……でも、このままだと確実に死ぬよね」
不可視の攻撃を空中でなんとかかわしていく。透明でよく見えない中、一つ、隙の多い攻撃をいなすと、それは、案外、柔らかく、そして、ヌルヌルとしていた。これは、海まで繋がっている、手――いや、大きなクラゲの触手だ。
その触手を滑り台にして、私は勢いを殺しながら、海まで滑っていく。まだ重い。勢いが殺しきれない。そう判断して、リュックを海に投げ捨てる。
――感覚的に、絶対に無事で済むという、確信があった。これまでの戦闘経験による、ただの、勘だ。
「どりゃあああっ!!」
触手に打撃を与え、形を変え、真っ直ぐに入水できるよう、支えにする。そして、手足を一直線に伸ばし、私は、頭から、海に吸い込まれた――。
***
体を揺すられて、目を覚ます。最初に視界に入ったのは、ナーアの泣きそうな――いや、泣いている顔だった。水の中で涙は見えなかったが、私はその頬を指の背で拭ってやる。起き上がろうとすると、全身がじくじくと痛んだ。
「いてて……。さすがに、無傷とはいかなかったか」
ところどころ、服が裂け、切り傷になっている。特に肩がめちゃくちゃ痛い。が、動けないほどではない。
「あ、そうだ、ルクスは!? 無事なの!?」
「ルクスの心配より、まず自分を心配しなさいよ!!」
「あでっ!」
なんだかよく分からないが、頭突きされた。なぜかと考えようとして、眼前のナーアの泣き顔に、嫌でも思い知らされる。まずは自分を心配しろとか、そんなあたりだろうか。
「ごめんね、心配させて。私は大丈夫だから」
ナーアを安心させるべく、微笑みかけながら、私は考える。見渡す限りは、きれいな海の中。ここは、大きな岩の側だ。そして、こうして息ができるということは、間違いなく、ここはエイミーが言うところの、「エリザクラ様の国」だ。
となると、侵入には成功したと考えてよさそうだ。問題は、触手に含まれる毒の採取と、ルクスの居場所だが、
「ちょっと心配だけど、ルクスなら、一人でもどうにかできるよね」
「ええ。ルクスなんて、心配する必要はありません」
たぶん、ナーアも同意してくれているだろう。問題は、私たちのほうだ。
「ルクスから、どうしたらいいかとか聞いてない?」
「えっと、確か、リュックの中に……」
ナーアはリュックから、本を取り出す。どうやら、防水加工が施してあるようだ。表紙には、「人魚の国のしおり」と書かれている。
「いや、しおりて。修学旅行じゃないんだから」
「えーっと、目を通しておくように言われたんですが、確かここに――あ、ありました」
ナーアの指差す先には、「ルクスとはぐれたときの対処法 p.27」と書かれていた。いや、どんな想定してるのよ。めちゃくちゃありがたいけどさ。
「えーと、何々? ルクスと離れたときは、アイネ様のリュックに入っている、赤い閃光玉を割る――って、私、リュック捨てちゃったんだけど」
「馬鹿なんですか。どうして捨てるんですか」
たぶん、責められているな、これは。だって、表情がそうだもん。
「重いと、うまく勢いを殺しきれなさそうだったから、つい」
「ついって……」
「とにかく、人魚たちに気づかれる前に――」
「わたしたちがどうかしたの?」
ぐわっと、いきなり体を引っ張られて混乱する思考を、なんとか、落ち着かせる。ナーアに引っ張られているようだが、一体なぜ――とそこまで考えて、目の前に見覚えのある顔が映った。
「久しぶり、お姉ちゃん」
「あ、エイミーちゃん、お久しぶりです。お元気そうで何より――そゆことね。ははは」
全然、余裕で見つかってました。




