海外旅行
さて。島国であるユースリアまで、どうやって行くか、という話だが。
「別に、海の上、走ればいいじゃん」
「馬鹿なんですか?」
「なんでよ。ナーアだって、そのくらいできるでしょ? 足速いんだから」
「そんなこと、馬鹿以外思いつきません」
「アイネ、馬鹿じゃないもん!」
「……とりあえず、走っていくのは、やめましょうか」
ノートからルクスに視線を移すと、いつもの笑顔であり、内心を隠しているのだと、一目で分かった。
「――帰ってきたら、色々聞かせてもらうから」
「ええ、もちろん。そのつもりです」
ユースリア海を渡る手段、となると、船、飛行機、転移魔法陣、鳥渡しあたりがメジャーだ。一応、海底トンネルもあり、電車で行くことも可能だが、海が危険だと分かった以上、海底を通るのは避けたい。なんなら、電車を止めてしまってもいいくらいだが、残念ながら、今の私にその権限はない。
――ちなみに、ギルデ宛の、置き手紙は用意してきた。脱走したことのお詫びやら、行き先やら、目的やらを書き綴ったものだ。しかし、そのときの私は、ユースリアにエリザクラがいることは知らなかったため、そのあたりの話は記せていない。
スマホはあるので、連絡はとれるが、電源は切ってある。連絡したところで、位置情報を特定されて、安静にしていろ、と怒られるに違いない。そんなの嫌だ。
「安全なのは、転移魔法陣ですが――魔法効かない方が二人もいらっしゃいますからね」
「じゃあ、ルクスだけ先に行きなよ。私とナーアは走っていくから」
「は? なんであたしも走ることになってんのよ。絶対に、嫌」
「だから――。海上を走るのは、やめましょう」
普段、温和なルクスが、少し、怒りをあらわにした。声などなくとも分かるほどに、表情が歪んだのだ。
昔から、ルクスは感情を隠すのが上手かった。それが、こうして感情をあらわにするということは、よっぽど嫌だということだ。
「じゃあ――鳥に乗っていく?」
「鳥はもっとやめましょうか」
「なんでよ。空ならいいんでしょ?」
「……まあ、ちょっと、思うところがありまして」
思うところとは。気になるが、一旦、置いておくとして。
「んー、それなら、船?」
「船もちょっと」
「もう、何ならいいのよ」
「鳥よりも安全に、空を飛んでいきましょう」
――ということで。私たちは、ヘリコプターでユースリアに向かうことになった。ヘリコプターといえば、以前、石蛇から私を守ってくれた眩しい光。あれは、革命教のヘリコプターから発されたものだったそうだ。
「でも、なんでジェット機とかプロペラ機じゃなくて、ヘリコプターなの?」
と、ヘリコプター内で前の座席に座っているルクスに話しかける。音がうるさすぎて、正直、声が届いているのかどうか、微妙なところだが、そこはルクス。きっと大丈夫だ。
「さあ、なぜでしょうか。ナーアと一緒に考えてみてください」
唐突に、クイズが始まった。残念ながら、こちらは紙に書かれているので、聞こえなかったフリはできない。
とはいえ、こういう問題を考えるのは、わりと好きだ。暇つぶしにもなるし。
「維持費とか制作費の問題、ってわけじゃないだろうし。技術もありそうだし、騒音被害、って点なら、どれでも同じだし。うーん。ナーアはどう思う?」
「単にめんどくさいからでは? ヘリコプターなら、ルスファ王国の時代からあったものを再利用できますし。いくら、経済力があるとはいえ、無駄遣いする必要もないでしょうから」
「確かに、それはあるかも。でも、なーんか違う気がするんだよね……」
ルクスは悩む私たちの顔を、満足そうに眺めている。悔しい。絶対に、答えてやる。
「ヒントは、アイネ様が昔、住んでいた頃と、町並みはほとんど変わっていない、という点ですね」
ルクスがヒントを出している気がしたので、私はノートから視線を外す。意地でも見るもんか。
「町並み……ふむ」
ナーアはヒントを受けて、何やら考え込んでいた。私は見てないけど。
こういうときは、基本から考えよう。飛行機が飛ぶのに必要なものは何か。教国に足りていないものは何か。
「飛行機が飛ぶのに必要なのは、翼と動力でしょ? それから――」
「ああ! 分かったわ、飛行機が飛ぶのに必要なもの」
最後の一つは、耳が聞こえない私と、興奮しているナーアとで、図らずもハモったらしい。
「離着陸のスペース!」
「正解です」
そう、セトラヒドナは、かつて、城郭都市であった。真っ直ぐな滑走路などどこにも存在しないし、意外と、土地面積も狭い。今さら建設することもできなかったのだろう。
「その上、セトラヒドナは、高い壁に全方位を囲まれていますから。飛ぶとすれば、ヘリコプターが一番、使いやすいんです。魔法がよしとされるなら、話は別ですが」
「なるほどねえ。でも、他の場所からじゃだめだったの?」
別に、セトラヒドナから飛んでいかなくても、どこか、海沿いの空港から出ればいいだけの話な気もするのだが。それか、外に広がる平地に滑走路だけ敷くとか。まあでも、外はモンスターが多くて危険かも。
「水には記憶がある、と言うじゃないですか」
「そうだね。今まで通ってきた土地の成分を含んでたりするもんね」
「え? 水に目がついているわけではないんですか?」
――おっと、急にナーアが、メルヘンチックなことを言い出したぞ。これは、夢を壊してもいいものか否か。
「あはは。水に目がついているわけがないでしょう」
「めちゃくちゃストレートに言ったね!?」
「まあ、確かに、そうですけど……」
世間知らずにもほどがある。がっかりした顔もかわいい。やっぱりちょっと、クレイアに似ている。
「つまり、普段、ふよふよと漂っているだけのクラゲベスやエリザクラたちにも、記憶があるんですよ」
「へー」
「それから、目もあります」
いまいち、ピンとこない。結局、何が言いたいのだろうか。
「――つまりですね。彼らは、水があるところなら、どこからでも僕たちを監視できるんです」
「はえ?」
「うわ変態気持ち悪」
え、そういうこと? 確かに、空気中には水蒸気があるわけで、着替えとか見られてるかもしれないけど――いや、ちゃんと変態だった。
「とはいえ、水が海に帰らない限りは、彼らも記憶を取り込むことができません」
「でも、記憶があるからって、なんでダメなの?」
「アイネ様が、皇帝陛下の娘だからですよ。昔、皇帝陛下がクラゲベスを掃討したというのはご存知ですか?」
「そういえば、ギルデがなんか言ってた」
「クラゲベスたちは、執念深いですから。たとえ、アイネ様が何もしていなかったとしても、容赦はしないと思いますよ。彼らは、水の一滴分でも記憶が残っていれば、時空を超えることだってできますから」
つまり、海沿いだと、私がいることがバレてしまい、ジェット機ごと落とされてしまうのだ。
ちょっと、ママぁ……。




