どういう関係?
「アイネ様って、実は、すっごくかわいいですよね。……本当に聞こえないんですね。聞こえてたら、絶対、黙ってないですもんね」
ナーアの表情は、淡々としたものだった。彼女はいつもこんな感じだ。とはいえ、人に興味がないわけではなく、あえてこういう態度を取っているのだ。ナーアは優しいから。
しかし、そのあとで、ナーアは私に抱きついてきた。昔は、スキンシップが得意ではなかったはずだが。
「大丈夫です。きっと、なんとかなりますから」
声が、振動として伝わってくる。なんと言っているかは分からないが、すごく、勇気がもらえる。
「聞こえないけど、ありがとう。それで、二人に頼みがあるんだけど」
そう切り出した私が、筆談用のノートとペンを渡すと、ルクスは指を鳴らし、魔法でノートとペンを中に浮かせる。
「なんでしょう?」
すらすらと、ペンがひとりでに動き、ルクスの言葉を代筆する。そんなことができるなら、もっと早くやってくれてもよかったんじゃない? とは言わないけど。
「実は、クレイアさんのことなんだけど。かくかくしかじかで……」
相槌と自分の声を聞くことができないため、伝わっているだろうかと不安だったが、二人はそれを察して、頷きながら、聞いてくれた。普通に話すよりも、耳が聞こえないほうが、相手の顔がよく見える気がした。
「ああ、ベルセルリア様がさっき言いにきたやつですね」
「それって、あの大きな黒いドラゴンのことよね?」
「そうです。脅されなくても協力するつもりでしたが、国ごと焼く、と脅されたことについては、黙っておきましょうか」
二人が話しているのに、ペンが動いていない。一体、何を話しているのだろう、なんて考えている間に、再び、ペンが走り始める。
「なるほど、さすが、まなさんですね。まさか、対処法まで残していたとは」
「……前から思ってたんだけど、ルクスって、クレイアさんとどういう関係なの?」
「あれ、お伝えしていませんでしたか?」
絶対に伝えてない自覚があっただろうと思ったが、細めた目を向けるだけで言及はせず、無言で先を促す。
「彼女は、僕の叔母です」
「エッッッ」
私は、魔法で浮いているノートを両手でつかみ、ノートと顔がくっつくくらい近距離で、そこに書かれた言葉を、何度も、読み返す。私が触れていると魔法が効かないため、ルクスが上からノートを取り上げて、再び、宙に浮かせる。
「彼女、マナ・クレイアは、僕の母の妹なんです。僕のロゼッシュという姓は、父方のものなので」
「聞いてないよそんな話! 全っ然、聞いてない!」
「今、申し上げました」
「そういうことじゃなくて……!!」
まさかまさかだ。そんな繋がりがあったとは。となると、ルクスは意外と、クレイアのことを知っているのではないだろうか。
「ですが、お話したことはありません。先日、初めてお会いしたときも、石化してしまいましたからね」
「話したこと、ないの?」
「はい。色々と、事情がありまして。彼女のことはよく存じ上げないんです」
その、色々、がすごく気になるのだが、ひとまず、置いておくとして――。
「あ、ちなみに、ナーアが生まれたとき、最初に顔を見たのも、まなさんでしたね」
「エッッッッッッ!?」
「ふーん。全然記憶にないわね。誰かさんのせいで」
「生まれたときのことは、普通、覚えていないものなんですよ、ナーア」
「……確かに」
言いくるめられちゃダメだよナーア! 正しいこと言ってるのはこっちなんだから! いや、でも、合ってるか。あれ?
「ナーアは魔族とはいえ、さたたんという種族のれっきとしたモンスターですから、タマゴから生まれたんですよ」
「それは昔、私も聞いた気がする。さたたんは、生まれて初めて顔を見た人に、性格が似るんでしょ?」
「さすがアイネ様、よく覚えておいでですね。それで、母親のウーラさんとお会いしたのは、この間が初めて、という話はナーアにはしたと思いますが――」
「いや、待って。ルクスは逆に、なんでそこまで知ってるの??」
「まあ、細かいことはいいじゃないですかー」
よくないよくない、全然よくない。――よくないけど、こんなの、今は、置いておくしかないじゃん……今言われたって、全然、頭に入ってこないもん。
「それでは、僕たち三人で、人魚の国に行きましょうか」
「まあ、ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと帰ってきましょう」
「そんな簡単に帰ってこれるかなあ……。そもそも、行き方も分かんないし」
「基本的に、水がある場所で、人魚の許しが得られれば、どこからでも入れるようですが、国がある本当の場所も、分かっています。人魚の声欲しさに、色々と調べ尽くしていますから」
人魚の声――クレイアが欲しがっていたのと同じものだ。となると、やはり、ルクスはクレイアと同じ、怪しい薬を作ろうとしているのだろうか。聞きたいところだが、ひとまず、伏せておこう。
「それって、どこなの?」
「一時は、ヘントセレナを内包していたこともありましたが、今は、ユースリア付近にいるようですね」
「……ん?」
ルクスがあまりにもおかしなことを言うので、私は首を傾げる。ヘントセレナといえば、帝国の領土の一割程度を占める、北の大きな島国だ。諸侯国の一つでもあり、諸侯は、私に剣の指南をしてくれることもある、クロスタ。
そんな大きな国が、モンスターに取り込まれたとは、一体、どういうことなのだろうか。
「一度、ヘントセレナはエリザクラによって沈められているんですよ。詳しい話は、僕よりも、ギルデルド様に聞いたほうがよろしいかと。それより今は、エリザクラが、ユースリアにいる、という事実のほうが重要です」
「――つまり、このままだと、ユースリアも沈んじゃうってこと?」
ルクスは神妙な面持ちで、頷いた。ユースリアも島国ではあるが、ヘントセレナほどの規模ではない。とはいえ、国であることに変わりはないのだ。
「前にヘントセレナが沈んだときは、どうしたの?」
「皇帝陛下が持ち上げました」
「……ちょっと待って、その話、どこかで聞いたな」
そうだそうだ、クレイアが言っていたじゃないか。『島を一つ、持ち上げたこともあるらしいから』、とかなんとか。あれ、マジで実話だったんだ。
「いや、今、ママいないじゃん。ヤバいじゃん」
「そうですよー」
「なんでそんなに、のほほんとしてるの??」
「まあ、焦っても仕方ないですから。ね、ナーア?」
「ん? あー、そうね。そうなんじゃない? 知らないけど」
先程からずっと気になってはいたが、ナーアは私とルクスが話し始めてから、話そっちのけで、すでに十個くらい、一口サイズのお菓子を食べている。口の周りについているチョコを、私はお手拭きで拭ってやる。
「ありがとうございます」
「まったく、世話が焼けるんだから。そんなにたくさん食べたら、ご飯食べられなくなっちゃうよ?」
「大丈夫です。別腹なので」
確かに、ナーアは昔から、どれだけ食べても太らない体質だった。その上、食べる量に上限がないのだ。私も昔から、食い意地が張っていた自覚はあるが、ナーアのそれは、さらに一つ上だった。
「ナーア。ちゃんと話を聞いていましたか?」
「もちろん、聞いてなかったわよ」
「いや、もちろんて」
「でも、やることは分かってるわ。――要は、ぶちのめせばいいのよね?」
まあ、だいたい合ってるけど、ざっくりしすぎ!




