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黒の中の蛇

 クレイアのテントは、彼女が石像になってすぐ、私が取り外した。始めは物置に置くという話になっていたが、私がどうしてもと頼み込んだ結果、荷物はすべて、私の部屋に置かれている。もともとが広すぎるくらいなので、ちょうどいい。


 なぜ私の部屋に置いたかと言えば、クレイアの大事なものを、物置なんぞに置いておけるわけがなかったからだ。


 物置に置いてしまえば、もう、二度と使わないと言っているような気がして、怖かったのだ。


 ――それに、クレイアが使っていたものは、クレイアの匂いがする。いやいや、変態とかじゃないよ? ちょこぉーっと、くんかくんかさせてもらうだけだし。ね、そのくらいいいでしょ? みんなだって、ネコ吸ったりするでしょ? ね? ね!? というわけで、上着を拝借。


「はー、いい匂い……」


 彼女の匂いの中にいるだけで、すごく、安心できる。本当に、彼女はすごい人だ。



 ――願いを使ってしまおうか、とも考える。私には、八歳のときに使わなかった、願いの魔法が残っている。



 一度だけ、なんでも願いを叶えてくれる、究極の魔法が。



 ただ、一度きりの魔法であるため、できる限り使ってはいけない、というのは、ギルデから何度も聞かされている。


 でも。



「――会いたい」



 今は誰よりも、クレイアに、会いたい。



「……でも、やっぱり、願いは、使えない。ギルデとの、約束だから」


 八歳のあの日。――ママがいなくなって、初めて迎える、誕生日の前日。ギルデと約束したから。



『――アイネ。君のママは、必ず、自分の意思で帰ってくる。今、願いが叶わなかったとしても、それは、叶うことが決まっているからだ。だから、帰ってきて、なんて、願ってはいけないよ』


『そう願ってしまったら、本当に、二度と、会えなくなってしまうから』


『つらい思いをさせて、本当に、すまない。だけど、これだけは、約束してくれ』


 私は小さくだが、確かに、頷いた。


 あのときのギルデが、どんな音で言っていたのか、上手く、思い出せない。


 約束は、破れない。ママが帰ってくるまで、私は、願いを使わない。


 けれど、みんなを困らせたくないから。私は、一人、静かに、呟く。


「会いたいよ、クレイアさん――」


***


 気持ちも落ち着いてきて。私は、本格的に、クレイアの私物を物色し始めた。クレイアは、なんでもかんでも、ノートに書きつけるくせがあった。じゃあ、ノートを見ればいいじゃないか、と思うかもしれないが、これが、ものすんごい量なのだ。


「何冊あるのこれ……」


 数えてみた。きれいに三十冊ずつまとめられた束が、九列、三段。ざっと、八百冊だ。


「クレイアさんの馬鹿ああぁ」


 こんなものを見せられたら、馬鹿と言いたくなる気持ちも分かるだろう。馬鹿は馬鹿でも、馬鹿真面目だ。


 しかも、表紙のタイトル付けのセンスが、壊滅的なのだ。たとえば、


「『お水を知りたい』」


 開くと、各地の水についてまとめられていた。分かりやすいが、知りたいって。もうかわいすぎ。字もきれいだし、かわいいし。


 他にも、


『大事なときに胃腸の調子を整えたい』


 とか、


『レルル系溶剤を飲みたい』


 だとか、


『石蛇とふれあいたい』


 だとか――って、んん?


「あった、これだ――」


 習得済みの速読で内容を拾っていく。――見つけた。最後のページの赤線。


「もし、石蛇に出くわしたら、誰かと目を合わせて、そらさないこと。なんでだろ? とりあえず、続き。――石蛇は足元しか移動できないと思われがちだが、実は、人の背丈くらいなら、軽々飛び越える。瞳を採取する際には、石蛇同士の眼を合わせ、石蛇を石にするのが一般的だ。あるいは、鏡を向けるのも効果がある。また、鏡やカメラのレンズなど、何かを通して石蛇の眼を見た場合、威力は半減する。それぞれの場合について、石化してしまったときの対処法は――」


 直に蛇を見たときの対処法は、


「……現状では、もとに戻すことはできない。強力な魔法による解除のみ、有効である。だけど、クレイアさんに、魔法は、効かない」


 あのクレイアがないと言ったのなら、きっと、ないのだろう。


 いや、願いの魔法であれば、それすらも無視して、魔法を届かせることができるかもしれない。


 願うことなど簡単にできる。いつだって、私は何かを願っている。欲張りだから。


 たった一言でいい。『クレイアの石化を解いてほしい』と、そう願えば、きっと、今すぐにでもクレイアに会える。会って、パパの話をして、慰めてもらって、あの温かい手で頭を撫でてもらって。


「私の、願いは――」


 そう紡ぐ、自分の声が、聞こえない。


 ――だから、思いとどまれた。


「願うのは、いつだってできるから。もっと、よく考えてみよう」


 クレイアだって、一度も使っていないのだから。私もきっとまだ、使うべきではないのだ。


「――そういえば、あのとき」


 石になる前、クレイアは、私に何か言おうとして、私の瞳を見ていた。真っ黒で、すべてを映す、この瞳を。


「そっか、そうだったんだ……」


 あのときのことを思い出す。


「クレイアさんは、私の目に映った石蛇を見たんだ」


 私の瞳の中の蛇と目があってしまうくらいに、彼女は私の目をちゃんと見ていてくれていたのだ。


 周囲を警戒しながら、私の話も、ちゃんと、聞いていてくれていた。答えようとしてくれていたのかもしれない。


 私は急ぎ、ノートをめくる。


「あった。――何かを通して見た場合、エリザクラの毒に含まれる成分によってのみ、石化を解くことができる」

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