最終試験
「試験内容を発表する」
朝、目覚めると、そこにナーアはいなかった。貸していた部屋は昨日のうちに片付けていたようで、私より早く起きて教国に帰ったと、ギルデが教えてくれた。お別れも言わないなんて、ナーアらしいといえばらしいが、すごく、寂しい。
「これだ」
そう言って、手渡されたのは、何枚にも積み重なった資料だった。表紙には、『国民の声』と書かれている。
「これは、ここ一ヶ月の間に、意見箱に入れられていた国民の意見をまとめたものだ。アイネには、この中から三つ選んで、今日中に改善案を出してもらう。分野ごとに分かれているが、同じ分野をいくつ選んでもいいこととする」
「今日中に三つ――」
「何か質問はあるかい?」
「これって、誰かと相談したりしていいの?」
「今回は試験だから、自分で考えるように。特に、ベル様の頭脳を使えば、たいていの問題は解決してしまうからね。即位した後も頼りすぎはよくない。何事も、初めは自分で考えることが大切だ。他には?」
「改善案って、どのくらい具体的なものが求められるの?」
「そのままの原稿をロアーナ――宰相に送って、その案が実際の案として、検討されるレベルのものだ」
採用されるとか、実施される、であればハードルは格段に高くなるが、ここで目指すのは、検討されるレベルのものだ。一つ一つに高い完成度を求めるより、即切りされないだけの説得力を各案に持たせる必要がある。
「提出する案って、規定とかある?」
「特にないが、よりよい原稿ほど、採用される確率も高くなるだろうね。彼女が見ているのは、中身だけではないだろうから」
「ふーん。それで、期限は今日のいつまで?」
「今から十二時間後。午後八時までとする。休憩は自由にとっていいけれど、試験内容は誰にも話さないようにね」
「お城から出てもいいの?」
「ああ。時間の中でなら、自由にしていいよ。ただし、この部屋の外では、試験の話はなしだ」
「うん、わかった。質問はそれくらいでいいかな」
「よし。それでは、試験を開始する!」
分かりやすくまとめられた資料に、ひとまず、目を通していく。これを作ったのは、ステアだろう。
私は、筆箱からシャーペンを取り出し、あたりをつける。同じ分野でもいいと、ギルデは言っていたが、同じジャンルの案が同時にいくつも通るとは考えにくい。また、観光地の問題等、一日では案が出なさそうなものも、削っていく。
「一つはこれに決定」
――それは、健康的な国づくりをしてほしい、という、一見、ふわっとした意見だ。
急を要するような案件ではないのだが、近年の高齢者の増加問題は深刻であり、こういった意見を出してくるのも同じ層だと推測できる。
もともと、魔法医療の技術はかなり発展しており、そこに科学技術も加わったことによって、死亡率が急激に低下した。メリテルは皇帝が残した財産のおかげで、経済的には豊かな国であり、子どもの数も増加しているため、人口は急速に増加し続けている。
以前から、縦に都市を広げる――つまり、魔法で浮島を作ったり、高層ビルを建てたり、といったことは計画されている。だが、一朝一夕でどうにかなるものではないので、今回はパス。
話を本題に戻そう。日頃から、国中をジョギングをしていた私には、それがどういう意味であるか、おそらくだが、わかる。
常々、思っていたのだ。この国には、誰でも安心して歩けるような道が少ないと。
以前、皇帝が町を動かして、地図を物理的に書き換えてしまったため、きれいな道はほとんどなくなってしまった。川や山でさえ、断裂しているくらいだ。
それを皇帝は、空に乗り物を浮かべることにより解決したというわけだ。それは、超高速で空を移動するエアレールだけでなく、自家用車でさえ、空を飛ぶのが当たり前の世界を作ってしまったのだ。本当に、めちゃくちゃな人だと思う。
だが、私はまだ、皇帝になっていない。だからこそ、きっと、ママよりも、人々の生活が見えている。
「国を横断できるような、一本に繋がってる道が欲しいよね。地方ごとに道の整備はされてるけど、まだ、ぐっちゃぐちゃだし。多分、あの辺りなら、いい感じに作れると思うんだけど。そこに、広い歩道を用意して、イス設置して、何メートル間隔がいいか調べて。あとは、どのくらい歩いたかとか分かるようになってるといいよね。予算と工事期間は――」
日頃から考えていたから、一つ目はするすると終わりそうだ。問題は、残りの二つ。どの案にするか、心はほとんど決まっている。
「皇帝の独裁政権に異議申し立てを、ってやつ。みんな皇帝のこと怖がるんだよねえ。私、そんなに怖い顔してないと思うんだけどなあ」
ママは、皇帝を縛るルールを、一つも作らなかった。その作成は、今のままだと、皇帝である私からしか提案できない。現状のままでは下が動きづらいというのも、常々感じていた。
歴史から考えると、私の言動はすべて記録されるべきなのだが、ママの記録は残っていない。それは国民に対して失礼だし、何より、現に私が困っているし、何も残っていないというのは、寂しい。私も嫌ではあるが、残そうと思う。
そして、残る一つも、決めている。
「――歴史の開示」
理由は、私が、個人的に知りたいから、で間違いない。職権濫用というやつだ。――いくら次期皇帝だとはいえ、私も一人の人間だ。ママのように、公人として生きることは、できない。
ママは、私を人質として他国に送るくらいには、公人だった。
今を逃せば、歴史を知ることのできる機会が、また、遠ざかる。他の二つを落としたとしても、絶対に、この一つだけは、通してみせる。
「開示を求める声は多く上がってるけど、それでも開示してないんだから、別の理由を考えなきゃ。――そもそも、なんで歴史を明かさないんだろう」
他の二つの案をパソコンで作成しながら、考える。
ちらと、読書にいそしむギルデに目を向ける。質問はここで受けつける、ということなのだろう。だが、私の独り言は確実に聞こえているはずだし、答えないということは、聞くなということなのだろう。
――ぐーきぃぅるるるる。
ぱっと、時計を見た瞬間、正午の鐘が鳴る。今日も腹時計は、通常運転だ。なんだか、力が抜けた。
「ギルデもご飯行く?」
何気なく、そう尋ねると、ギルデはカチンと、硬直する。
「あ、アイネちゃんが、僕をご飯に誘ってくれるなんて――。ああ、僕はここで死ぬんだろうか……」
「いや、親馬鹿なの?」
「最期に、パパと呼んでくれないかい?」
「そう簡単に呼んであげませーん」
ギルデとともに食堂へ向かい、扉を開けると、ベルとステアが、そわそわと、落ち着きなく、歩き回っていた。ロロだけは、大人しく座っていた。
しかし、私の姿を見つけた途端、ベルとステアはさっと、自分の席に座る。ロロはナイフとフォークを手に、視線で急かしてくる。
「いただきます」
合掌して、食べ進める。食事の一つ一つも練習だ。マナーについては、幼い頃から学んでいるため、習慣として身についている。ただ、食事において何より大切なのは、会話だ。
そんなことくらい、この場の誰もが知っているだろうに、今日に至っては、誰も一言も発しない。ちらちらと、ベルが私の顔色をうかがってはいるが。
――気まずい。何か、適当に話題を振っておこう。
「そういえば最近、ユースリアの王は元気にしてる?」
とりあえず、一番、会話してくれそうなギルデに。ユースリア王とギルデは、なぜか仲がいい。
「ああ。アイネの試験勉強期間に、時間を作ってうかがったんだが、相変わらずだったよ。これからも成長していくだろうね、あの国は」
「へえ、会いに行ってたんだ。何か用事でもあったの?」
「実は、最近、またクラゲベスが増えてきたみたいでね」
「クラゲベスって、あの、クラゲ型モンスターのことだよね。毎年、ユースリアに大量発生するやつ。放っておくと、漁業に影響が出るもんね」
「そうなんだ。ユースリアの重要な財源だから、帝国として守っていく必要があるんだよ。まあ、僕自身はそんなに強くないから、あまり戦力にはならなかったんだけどね」
「クラゲってことは、海上での戦いだったの?」
「ああ。魔法を使ってなんとか、といった感じだ。――ちなみに、アイネなら、海の敵とどう戦う?」
「んー、海の敵と戦うなら、海岸から剣を振って、衝撃波で一掃するとか? ……なんでそんなこと聞いたの?」
何気なく尋ねると、ギルデは一度、食事の手を止める。
「実は昔、マナ様が掃討を手伝ってくださったことがあってね。しかし、ほとんどの人が、マナ様が手伝ったことに気づかなかったんだ。一体、どうやって倒したのだろうと、ずっと考えていてね」
「え、八年もずっと考えてるの?」
「ああ。魔力の痕跡もなかったし、魔法ではないと思うんだけど」
八年悩み続けてるって、もはや学者じゃん。ママ専門の人じゃん。
「そんなの、考えるまでもないよ。気づかれたくなかったら、気づかれるより速く動けばいいんだから。見えない速さでずっと海の上を走ってれば、誰にも気づかれないでしょ?」
難しいことじゃない。ママなら、それくらいのことはできただろう。私にだってできるんだから。
「――やはり、アイネはマナ様の子どもだね」
「ん、どういうこと?」
「海の上を走る、なんていう発想、普通はしない」
「え? アニメとかでよくあるじゃん。私もやってみたけど、普通にできたし」
しん、と、静まり返った。なんだか、呆れを通り越した感心をされているような気がする。あくまでも、気がする、だけだけど。




