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代償

 足を痛めたと、ギルデに話したところ、すぐに松葉杖が用意された。一時は、城全体を巻き込む大騒ぎにまで発展し、みんなそろって、私の心配をしすぎるものだから、逆に困ってしまったくらいだ。


 とはいえ、あのギルデが甘やかしてくれるわけはなく。足が負傷したときの戦い方やら、足以外の訓練やらを、ここぞとばかりに詰め込まれた。相変わらず、スパルタだ。そのほうが、私にとってはありがたいと、分かっているからかもしれない。


 それから、私とナーアは、毎日、朝から晩までともに過ごした。昔の話を色々聞かせてやると、ナーアは特に嬉しそうにはにかんだ。


 だが、私には、大事な勉強がある。試験勉強だ。


 やっと、課題がすべて終了し、あとは試験のみ。スパルタギルデもさすがに、訓練はお休みにしてくれた。勉強も日記と写真くらいだ。


 蜂歌祭(ほうかさい)の準備と同時進行で進めていく。ナーアに問題を出してもらい、それに答える形での勉強が、最近のマイブームだ。


「試験は、どういう形式なんですか?」

「それがね、当日話すからって、何も教えてくれないの。帝国はママが作ったばかりで歴史も浅いし、そもそも、ママのやり方なんてママにしかできないし、ルスファ王国の記録は、ママが全部燃やしちゃったせいで、どこにも残ってないし。当時、お城に仕えてた人たちは、ほとんど亡くなってるみたい」

「なるほど」

「今までどおり、勉強しておけば大丈夫って、ギルデは言うんだけど、不安で仕方ないっていうか」

「そうは仰いますが、この問題集の問題は全部、答えられるようになっていますし、大丈夫だと思いますよ。参考書の内容も、頭に入っているみたいですし」

「そうかなあ」


 机に積まれた、いやに分厚い参考書と、問題集を見やる。こうして見ると、結構な量だと実感する。


「でも、もし、罪人を裁け、みたいな課題だったら、私、ちゃんとできるかなあ……」

「そんな杞憂よりも。試験は明日なんですから、今日はしっかり眠ったほうがよろしいかと」

「うう……分かった。全然、寝れる気しないけど」

「寂しがりなアイネ様には、添い寝が必要ですかね?」

「い、いらないわよそんなの! もう寝るから! おやすみ!」


 ガバっと、毛布を頭から被り、私はナーアに背を向けて、横になる。すると、ナーアがもごもごと、潜り込んでくる気配がした。


「もう、いらないって言ってるのに」

「そうは言っても、寂しいかと思いまして」

「……へー、ふー、ほーん?」

「なんですか」

「べっつにぃー?」


 ――懐かしい。昔から、何かあると、ナーアは、寝ている私に、くっついてきた。とはいえ、こういうときは、何を聞いても答えてはくれない。何も聞かずに、近くにいさせてあげるのがいいのだ。


「……あたし、明日中には、教国に帰らなきゃいけないんです」


 すると、そのうち話し出す。


「そっか。もう、なんだかんだ、二ヶ月くらい一緒にいるもんね。ま、でも、またすぐに会えばいいよ」

「それなんですが――」


 かわいいナーアの顔を見るために、寝返りを打つと、ナーアはビックリした顔をして、口をモゴモゴさせる。


「あぅ、えっと」

「大丈夫だよ。ナーアが何を言っても、私はずっと、ナーアの友だちだから」


 ナーアはピンクの瞳を(うる)ませて、私に背を向ける。泣き顔を見られたくないのだろう。


「あたし、昔、願いの魔法を使って、大きな魔法を使ったらしくて。魔法が使えないんです」

「大きな魔法って?」


 ナーアは首を振る。


「ルクスは知ってるみたいですけど、どうしても教えようとしやがらないので、分かりません」


 ルクスは、何か、大きなことを隠していやがるような気がする。


「何の魔法かは、分からないんですけど、大きな魔法だったから、代償があって」


 覚悟はしているつもりだった。――つもりだけだった。




「あたし、六十日以上前のことを、覚えていられないんです。記憶が、泡みたいに、消えていってしまうんです」




 ナーアの声は、震えていた。涙がベッドを打ちつける音が聞こえた。嗚咽(おえつ)が、漏れ出していた。私は、彼女の体を後ろから抱きしめて、その頭をゆっくり、撫でる。


「人と話すのが、怖いんです。私が覚えていないだけで、向こうは私のことを知っているかもしれない。誰かを傷つけてしまうかもしれない。――お母さんも、あたしがこんな状態だって知ったら、きっと、悲しむから」

「だから、あんなにツンツンしてたの?」


 ナーアは黙って頷く。


「なんで、もっと早く、言ってくれなかったの?」

「言ったら、きっと、悲しませてしまう。気を使わせてしまう。仲良くしてもらえなくなってしまう。――そう思ったら、怖くて、勇気が出なくて」

「そっか。ナーアは、相変わらず、優しいね」


 誰が一番、悲しくて。誰が一番、不安で。誰が一番、怖がっているのか。そんなのは、考えるまでもない。


「話してくれて、ありがとう。でも、大丈夫だよ。記憶がなくても、ナーアは昔と変わらない。ナーアのままだった。もし、ナーアがもう一度、私のことを忘れても、私は絶対に、ナーアを忘れないから」


 それでも、やっぱり、寂しい。また、あの眼差しを向けられるのが、怖い。もう二度と、忘れてほしくない。――でも、そう言ったら、ナーアが困るから。だから、言わない。


「ごめんなさい。明日、大切な試験があるのに」

「ううん。言ってくれて、嬉しかった。ルクスのこと、忘れちゃったら困るもんね」


 なかなか泣き止まない、ナーアの頭を撫でながら、私の目からも、涙がこぼれ落ちる。そうしているうちに、いつしか、私は眠りについていた。

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