何のために?
ルクスの指差す先を見つめていた。その先にあるセトラヒドナに、私の欲しい真実が、きっとあるのだろう。――だが。
「行けないよ」
「なぜですか?」
「だって、蜂歌祭の準備をしなくちゃいけないから」
本番で歌うための練習や、色々な準備がある。それに、試験勉強だって。だから今は、二人に構っていられない。
「蜂歌祭は三百年に一度でしょ?」
誰かとそっくりな口調で、ナーアが尋ねる。かくかくしかじか、事情を説明すると、二人は顔を見合わせる。そして――ルクスの背中を、ナーアがバシッと叩いた。
「いてっ!」
「あんた、そんな悪さばっかりしてるから、人気が出ないのよ。早く蜜を返しなさい」
「しかし、かなりの量を研究に使ってしまったので、ほとんど残っていなくて……」
「研究?」
クレイアが隠した、蜜の使い道がそこにあると感じ、私は割り込むようにして尋ねる。
「ああ、薬の研究ですよ」
「なんの薬?」
「それは、えっと……」
「ゴールスファ病ですが?」
「ゴールスファ病? 何それ?」
言いあぐねるルクスに代わり、ナーアがそう答える。ゴールスファといえば、ママの旧姓、つまり、ルスファ王家の家名だ。
「ちょっと、ナーア! それはまだ――」
止めるルクスの口を手で塞ぎ、ナーアは続ける。
「ゴールスファの血を濃く継ぐ者の間での空気感染、ないしは、感染者との接触感染でかかる病気です。かかったら最後、死にます」
「死ぬって……」
ママの親兄弟は、全員、亡くなっている。
元々、王族であるゴールスファは、その血が途絶えないよう、子孫を多く残す必要があった。そのため、親戚は多いはずだが、ママはパパを選んで、王家との縁を切ってしまっている。
頼れる親戚と言えば、ママの父親の弟、つまり、私の大叔父の、カルメスくらいだ。十年ほど前、意識を失っていたママの代わりに、一年間、国政を執り行っていた関係で、まだ繋がりがある。
とはいえ、親戚などおらずとも、私には大切な家族がいるのだが、問題はそこではない。
――現在、この世界にゴールスファの直系は、私だけだということが問題なのだ。
「あなた、ゴールスファの直系なんですか?」
「直系なんですかって、そんなの、昔から知ってるでしょ?」
「ナーア。彼女は、榎下愛音。血の皇帝の一人娘ですよ?」
ルクスに説明されなくとも、ナーアは、全部、知っているはずだ。話していないことなど、一つもないくらいに。どれだけ、知らないフリをすれば気が済むのか。一体、何のために。
「――そう。だったら、十六歳になって、ゴールスファ病に感染したら死にますね。ドンマイ」
「いや、ドンマイで済まないと思うんだけど」
とはいえ、少し、引っかかる部分もある。
「感染ってことは、感染源があるってことでしょ? ゴールスファ家がほとんど滅びてるのに、私はどうやって感染するの? 感染者がまだ生きてるとか? カルメス大叔父さんと会わないようにすればいいだけじゃないの?」
「そう、そうなんです。それがずっと、謎でした。あの、血の皇帝ですら、その感染源を突き止めることはできなかったんです」
「ママでも……? でも、ルクスには分かるってこと?」
ルクスは、自分から食いついておいて、困ったように、笑顔を作った。どうせ、そこまで言ったのだから、全部、一息に吐いてしまえばいいのに。
「そうは言っても、ゴールスファの血筋にしか感染しないんでしょ? すぐに分かりそうな気がするけど」
ルクスは、小さく息を吐き、ナーアを責めるように横目で見やる。対するナーアは素知らぬ顔だ。
「接触感染であれば、誰にでも感染すると言われています。――ただ、最近、魔族にも感染することが分かったんです。魔族は感染しても、症状が出ない。だからきっと、接触感染に気づかなかった魔族の間で広まり、ゴールスファの血筋に、空気感染で持ち込んだのではないかと。そして、数年前、ゴールスファ家全体に及ぶ、大規模な感染を起こした。――それは、血の皇帝も、例外ではなかった」
「え、ママも病気だったの?」
「はい。八年前、すでに、いつ亡くなってもおかしくない状態だったようです」
――初めて聞いた。ママが、病気だったなんて。ママは、いつも元気そうだった。私とたくさん遊んでくれた。疲れている姿なんて、見たことがなかった。
それなのに、それからさらに、八年が経つのか。
「とはいえ、僕が感染源に気づいたのは、本当に最近のことでして。魔族に感染する、なんて思ってもいなかったんです。まあ、仮説、というレベルのものですし、もしかしたら、陛下もこの仮説にはたどり着いていたかもしれませんが」
「そう、なんだ」
感染源、かあ――なんて考えていると、石になったクレイアがずり落ちてきたので、抱え直す。
「それはいいけど、ルクスって、クレイアさんのこと、知ってるの?」
ルクスの笑顔が固まる。どうやら、知っているらしい。クレイアは、ルクスとも知り合いなのか。どんどん、謎が増えていく。
「――それより、お帰りにならなくてよいのですか?」
露骨に話題をそらしたな、なんて思いながら視線を上げると、真っ暗になっていた。走ればすぐに帰れるため、本来なら、岐路を急ぐ必要はない。
だが、クレイアがこの状態だ。どれだけ、平然を装っていても、やはり、心はぐちゃぐちゃで、落ち着かない。
「色々、聞きたいことは、あるけど。しっかり、聞きたいから。一回、時間をおいて、整理させて」
「分かりました。お待ちしております」
「でも、もう少しだけ、今、話したいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「まず、エイミーちゃんのことだけど。私、クレイアさんになんとかしてもらうつもりで、まさか、こんなことになるって思ってなかったから――」
「分かりました。大好きなアイネ様の頼みですからね。なんとかしてみます」
苦虫を噛み潰したときのことを思い出しながら、苦渋の表情を向けると、ルクスは苦笑いした。
「それから、教徒に頼んで、私を誘拐したり、銃で襲ったりしたのは、なんのため?」
「そのつもりはなかったのですが、余計な危険にさらしてしまったようで、申し訳ありません」
「それは後日、もっとちゃんと謝ってもらわないと気が済まないけど。今はなるべく、簡潔に答えて」
私とロロが無茶をしたせいとはいえ、革命教の攻撃のせいで、クレイアが、泣いているのだ。そう簡単には許せない。
ルクスは、ほんの少しだけ、観念した様子で肩をすくめて、答える。
「――謝るためです」
「謝るって、誰に? 何を?」
「秘密です」
何度も見た笑顔を貼りつけたルクスは、そのときばかりは、何も、悟らせてはくれなかった。
「あ、そうだ。よろしければ、ナーアを連れていってください」
「はあ? 何勝手に決めてるわけ?」
軽い調子で告げるルクスに対し、ナーアは信じられない、とでも言いたげだ。
「いいじゃないですか。アイネ様とは幼なじみのようなものなんですから。色々と、積もる話もあるでしょうし、こちらにお越しいただくより、そのほうが説明もしやすいかと」
「――ならせめて、あんたも来なさいよ」
「僕は国の王ですよ? ナーアと違って忙しいので」
「あんたねえ……」
「期限は、言わなくても分かりますよね?」
「――分かってるわよ。まったく」
こうして、ナーアがついてくることになった。




