表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

再会

 ハニーナに、蜜を作れるのはまだ先になると伝えると、


「そうですか。分かりました」


 随分と、簡素な返事が返ってきた。


「その数ヶ月の間、魔法植物の成長には、ベルの魔力を使うわ。これなら、問題ないでしょ?」

「はい、ベルセルリア様の魔力を使わせていただけるなんて、光栄です」


 ひとまず、話はまとまったようだ。ベルほどの魔力があれば、数ヶ月は持つだろう。


 それで、と、ハニーナが切り出す。


「蜜は、それで足りそうですか?」

「まあ、だいぶ少ないわね。でも、分けてもらえるだけでもありがたいわ」

「その蜜って、何に使うの?」


 私が尋ねると、クレイアは、


「できてからのお楽しみよ」


 と、いつものように茶化した。


 それが、妙に気に入らなかった。


***


「さあ、帰りましょうか」


 いつもの調子を装って話しかけてくるクレイアの心中を、私は黙って探る。


 偽っていることは、分かっている。彼女の自然体の音の中に、不自然な(うず)が混じっているから。


 それがなくとも、さっきの今だ。さすがの彼女であっても、いや、彼女だからこそ、気にしないわけがない。


「アイネ?」


 私がおぶって走らない限り、すぐには城まで戻れない。行きは走ってきたが、帰りも同じようにいくとは思うなかれ。


「ギルデには、歩いて帰るって言っておいたから。荷物は先に来て、木に引っかけておいたし」

「――あらそう。じゃあ、行きは無理だったけれど、帰りは歩きで行きましょうか」


 クレイアは、わずかに動揺を見せた。――いや、私が、彼女の癖を見抜けるようになってきたのだろう。私が彼女に平然を装わせているのだと思うと、少し、得意な気分になる。



 それからは、お互い、会話らしい会話もないまま。


 荷物のある木へと向かう私に、クレイアがついてくる。


 しかし。


「あれ、どの木だっけ……」

「あんた、まさかあたしの荷物、なくしたりしてないわよね?」

「な、なくしてないって」


 まさか、木がこんなにもみんなそっくりだとは。アイネ、思い出すのよ。どんな木にかけたんだっけか……。


 勝手にクレイアさんの荷物を持ってきた上、その辺に放置して、挙げ句失くしたなんてことになったら、マジでどうしよう。


 ――などと、私が半分、パニックになっていると、袖が引かれる。振り返ると、クレイアが地面を指さしていた。真っ白な頭頂部がよく見える。


「アイネの通った跡があるわ。これを辿っていきましょう」

「跡? そんなの、全然見えないけど」

「ほらここ、草が倒れてるでしょ」

「あー、確かに、言われてみれば?」


 私には、到底、判断がつかない。そもそも、自然の中には折れ曲がっている草など、どれだけでもある。その中で人が踏んだものはどれかなんて、どうして分かるのか。


「クレイアさんって、どうしてこういうこと知ってるの?」

「昔、森の中で暮らしてたことがあったのよ」

「森!? なんでまた……」

「食べるものがたくさんあるからよ。お金になる草もたくさんあったし」


 もしかして、クレイアには、家がなかったのだろうか。いや、そもそも、家族はどうしたのか。そのうち教えてくれる、とは言っていたが。


 彼女の口ぶりだと、まるで、一人で生きてきたみたいだ。


「まあ、昔のことよ。忘れなさい」

「忘れなさいって……」


 そんな言い方をされて、忘れられるわけがない。仮に、彼女が過去を乗り越えているのだとしても、私はクレイアの、すべてが、知りたい。


 そう思ってしまうのは、やはり、傲慢(ごうまん)だろうか。


「あったわ」


 半分考え事に頭を割いていて、返事をし損ねる。クレイアの指差す枝には、確かに、彼女の鞄があった。


「帰りは案内しなさい。あたしは、どこから来たのか、皆目(かいもく)、見当もつかないから」


 まさかの方向音痴だった。――いや、足跡などから場所を特定できれば、方向感覚は必要ないのかもしれない。


「それと、この辺り、蛇が多いみたいだから、しっかり前を向いて歩くのよ」


 ――蛇って、食べたら美味しい?


 と、瞬間的に尋ねかけた。いつもなら、後先考えずに口が動いているところだが、このときばかりは、聞かなかった。




 ずいずいと森を進む私に、クレイアがついてくる。


 しばらくまた、沈黙が続く。私は、怒っているのだ。そう簡単に、気を許してはいけない。


「アイネを傷つけたことは、悪いと思ってるわ。でも、あたしは、間違ったことは言ってない。――謝るわけには、いかないから」


 わざとだ。わざと、クレイアは火に油を注ぐような言い方をしている。安い挑発だ。分かっている。


 でも、込み上げてくる怒りを抑えられるほど、私は大人じゃない。


「別に、傷ついてなんかない。私は、ただ、怒ってるの」


 でも、相手がクレイアだから、強くは怒らないようにしている。それだけだ。


「怒りは悲しみからやってくるものなのよ」

「別に。クレイアさんにどう思われてようと、私は悲しくなったりしないけど」

「素直じゃないわね。まあいいわ。とにかく、あたしは謝らないから」

「素直じゃないのは、どっちよ……」


 また、沈黙に戻るだろうか。はたまた、クレイアが何か言い返してくるだろうか。次は何を言ってやろうか、なんて考えていた――そのとき。


 遠くから、プロペラの音が聞こえた。この大自然の中にあるはずのない、不自然な音だ。


「――クレイアさん、逃げよう」

「どうしたの急に?」

「ヘリコプターみたいな音がする。明らかに、私たちを狙ってる」


 手を引こうとすると、彼女はそれをゆるりと振り払う。


「そう」

「そうって……」

「狙われてるのはアイネ一人でしょ? あたしを巻き込まないでくれる?」


 ――どうして。


 どうして、そんなに、遠ざけようとするの。


 どうして、自分が悪者になれば済むなんて思うの。


 どうして、うつむくばかりで、私の顔を見てくれないの?


「ねえ、どうして……? 顔を見て話すよう言ったのは、クレイアさんでしょ?」



 クレイアが、私の瞳を見上げる。私は彼女の赤い瞳に、自分の顔と頭上を映す。私の瞳には、彼女の顔と、自身の足元が映っているのだろう。


 小さな口が開きかけ、桃色の唇に意識が吸い込まれる。――そのとき、突然、眩しい光に照らされて、私は思わず目をつぶる。



 同時に、背後で草が揺れる音が聞こえ、スルスルと、何かが、足首を掠めていった。

 

「クレイアさん、大丈夫!?」


 思わず心配してしまったが、返事はない。


 それならと、私もだんまりを決め込むことにする。


 ――眩しさに抗い、光の発生源を見ると、そこには、一つの人影があった。しかし、目が(くら)んで、それが誰であるか、すぐには分からなかった。


「また会えましたね、アイネ様。目は閉じたままでお願いします」


 柔らかい男の声だが、私は覚えている。この声は、あの日、エイミーを吊し上げていた男の声だ。


「あなた、誰……」


 影が近づいては来るが、逆光になっている上、眩しさに目がくらんで、よく見えない。


「ご挨拶が遅れました。――ルクス・ロゼッシュと申します」


 その名前を聞いた瞬間、脳裏に彼の顔が浮かぶ。緑の髪に、クレイアと同じ、赤い瞳。そして、柔和そうな顔立ち。


「ルクス――」


 革命教の教祖であり、私の古い知人でもあるルクスが、そこにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ