再会
ハニーナに、蜜を作れるのはまだ先になると伝えると、
「そうですか。分かりました」
随分と、簡素な返事が返ってきた。
「その数ヶ月の間、魔法植物の成長には、ベルの魔力を使うわ。これなら、問題ないでしょ?」
「はい、ベルセルリア様の魔力を使わせていただけるなんて、光栄です」
ひとまず、話はまとまったようだ。ベルほどの魔力があれば、数ヶ月は持つだろう。
それで、と、ハニーナが切り出す。
「蜜は、それで足りそうですか?」
「まあ、だいぶ少ないわね。でも、分けてもらえるだけでもありがたいわ」
「その蜜って、何に使うの?」
私が尋ねると、クレイアは、
「できてからのお楽しみよ」
と、いつものように茶化した。
それが、妙に気に入らなかった。
***
「さあ、帰りましょうか」
いつもの調子を装って話しかけてくるクレイアの心中を、私は黙って探る。
偽っていることは、分かっている。彼女の自然体の音の中に、不自然な渦が混じっているから。
それがなくとも、さっきの今だ。さすがの彼女であっても、いや、彼女だからこそ、気にしないわけがない。
「アイネ?」
私がおぶって走らない限り、すぐには城まで戻れない。行きは走ってきたが、帰りも同じようにいくとは思うなかれ。
「ギルデには、歩いて帰るって言っておいたから。荷物は先に来て、木に引っかけておいたし」
「――あらそう。じゃあ、行きは無理だったけれど、帰りは歩きで行きましょうか」
クレイアは、わずかに動揺を見せた。――いや、私が、彼女の癖を見抜けるようになってきたのだろう。私が彼女に平然を装わせているのだと思うと、少し、得意な気分になる。
それからは、お互い、会話らしい会話もないまま。
荷物のある木へと向かう私に、クレイアがついてくる。
しかし。
「あれ、どの木だっけ……」
「あんた、まさかあたしの荷物、なくしたりしてないわよね?」
「な、なくしてないって」
まさか、木がこんなにもみんなそっくりだとは。アイネ、思い出すのよ。どんな木にかけたんだっけか……。
勝手にクレイアさんの荷物を持ってきた上、その辺に放置して、挙げ句失くしたなんてことになったら、マジでどうしよう。
――などと、私が半分、パニックになっていると、袖が引かれる。振り返ると、クレイアが地面を指さしていた。真っ白な頭頂部がよく見える。
「アイネの通った跡があるわ。これを辿っていきましょう」
「跡? そんなの、全然見えないけど」
「ほらここ、草が倒れてるでしょ」
「あー、確かに、言われてみれば?」
私には、到底、判断がつかない。そもそも、自然の中には折れ曲がっている草など、どれだけでもある。その中で人が踏んだものはどれかなんて、どうして分かるのか。
「クレイアさんって、どうしてこういうこと知ってるの?」
「昔、森の中で暮らしてたことがあったのよ」
「森!? なんでまた……」
「食べるものがたくさんあるからよ。お金になる草もたくさんあったし」
もしかして、クレイアには、家がなかったのだろうか。いや、そもそも、家族はどうしたのか。そのうち教えてくれる、とは言っていたが。
彼女の口ぶりだと、まるで、一人で生きてきたみたいだ。
「まあ、昔のことよ。忘れなさい」
「忘れなさいって……」
そんな言い方をされて、忘れられるわけがない。仮に、彼女が過去を乗り越えているのだとしても、私はクレイアの、すべてが、知りたい。
そう思ってしまうのは、やはり、傲慢だろうか。
「あったわ」
半分考え事に頭を割いていて、返事をし損ねる。クレイアの指差す枝には、確かに、彼女の鞄があった。
「帰りは案内しなさい。あたしは、どこから来たのか、皆目、見当もつかないから」
まさかの方向音痴だった。――いや、足跡などから場所を特定できれば、方向感覚は必要ないのかもしれない。
「それと、この辺り、蛇が多いみたいだから、しっかり前を向いて歩くのよ」
――蛇って、食べたら美味しい?
と、瞬間的に尋ねかけた。いつもなら、後先考えずに口が動いているところだが、このときばかりは、聞かなかった。
ずいずいと森を進む私に、クレイアがついてくる。
しばらくまた、沈黙が続く。私は、怒っているのだ。そう簡単に、気を許してはいけない。
「アイネを傷つけたことは、悪いと思ってるわ。でも、あたしは、間違ったことは言ってない。――謝るわけには、いかないから」
わざとだ。わざと、クレイアは火に油を注ぐような言い方をしている。安い挑発だ。分かっている。
でも、込み上げてくる怒りを抑えられるほど、私は大人じゃない。
「別に、傷ついてなんかない。私は、ただ、怒ってるの」
でも、相手がクレイアだから、強くは怒らないようにしている。それだけだ。
「怒りは悲しみからやってくるものなのよ」
「別に。クレイアさんにどう思われてようと、私は悲しくなったりしないけど」
「素直じゃないわね。まあいいわ。とにかく、あたしは謝らないから」
「素直じゃないのは、どっちよ……」
また、沈黙に戻るだろうか。はたまた、クレイアが何か言い返してくるだろうか。次は何を言ってやろうか、なんて考えていた――そのとき。
遠くから、プロペラの音が聞こえた。この大自然の中にあるはずのない、不自然な音だ。
「――クレイアさん、逃げよう」
「どうしたの急に?」
「ヘリコプターみたいな音がする。明らかに、私たちを狙ってる」
手を引こうとすると、彼女はそれをゆるりと振り払う。
「そう」
「そうって……」
「狙われてるのはアイネ一人でしょ? あたしを巻き込まないでくれる?」
――どうして。
どうして、そんなに、遠ざけようとするの。
どうして、自分が悪者になれば済むなんて思うの。
どうして、うつむくばかりで、私の顔を見てくれないの?
「ねえ、どうして……? 顔を見て話すよう言ったのは、クレイアさんでしょ?」
クレイアが、私の瞳を見上げる。私は彼女の赤い瞳に、自分の顔と頭上を映す。私の瞳には、彼女の顔と、自身の足元が映っているのだろう。
小さな口が開きかけ、桃色の唇に意識が吸い込まれる。――そのとき、突然、眩しい光に照らされて、私は思わず目をつぶる。
同時に、背後で草が揺れる音が聞こえ、スルスルと、何かが、足首を掠めていった。
「クレイアさん、大丈夫!?」
思わず心配してしまったが、返事はない。
それならと、私もだんまりを決め込むことにする。
――眩しさに抗い、光の発生源を見ると、そこには、一つの人影があった。しかし、目が眩んで、それが誰であるか、すぐには分からなかった。
「また会えましたね、アイネ様。目は閉じたままでお願いします」
柔らかい男の声だが、私は覚えている。この声は、あの日、エイミーを吊し上げていた男の声だ。
「あなた、誰……」
影が近づいては来るが、逆光になっている上、眩しさに目がくらんで、よく見えない。
「ご挨拶が遅れました。――ルクス・ロゼッシュと申します」
その名前を聞いた瞬間、脳裏に彼の顔が浮かぶ。緑の髪に、クレイアと同じ、赤い瞳。そして、柔和そうな顔立ち。
「ルクス――」
革命教の教祖であり、私の古い知人でもあるルクスが、そこにいた。




