母を超えたとき
ハニーナにすぐ戻ると約束してしまったため、遠くへ逃げ出すことはせず、城で大人しくしていることにした。とは言っても、クレイアには絶対に見つからない、城の屋根だ。
「アイネ、元気出して」
「ボクはアイネのこと、だーいすきだよ」
「ロロも」
両側からむぎゅっと、抱きしめられていた。城の中であれば、どこにいても二人には見つかる。
いや。見つけてほしかったから、ここにいた。
「……二人は、知ってたの? ママが、家族との縁を切って、魔王の養子になってまで結婚して、私を産んだこと」
「ロロは知らない」
「ボクは知ってたよ。ドラゴンだからね」
ベルなら、いくらでも知りようはあるだろう。今、知らないと答えるようなら、私は怒っていた。
ようやく、自分に親戚が少ない理由がわかった。その多くが亡くなっているのだが、それだけではないのだと。
「やっぱり、私なんて、いない方がよかったのかな。私がいなければ、無理に結婚しなくてよかった。私が生まれてくることは、ママとパパ以外の誰からも、望まれてなかった。ママとパパだって、私がいたせいで困ったことが、きっと、たくさん、あったんじゃないかな」
「そんなことない! 二人とも、アイネを大切に思ってたし、何より、ボクはアイネに会えて、すごく、嬉しかった!」
「ロロも。アイネと遊ぶの、楽しー」
「二人とも、ありがとう」
少し前まで、私が一方的に避けていたというのに、二人はちっとも変わらない。
「そういえばアイネ、宿題は終わった?」
「げっ……」
「前は、宿題の邪魔するなって、言ってた」
「うぐっ……」
「あれあれー? やらないのー?」
「ぬぬぬ……」
「やらないと、コーテーになれない」
「分かった分かった! ちゃんとやります!」
皇帝にはなりたい。でも、勉強はしたくない。でも、皇帝の仕事が、勉強を伴うものであったとしても、私は皇帝になりたい。でも、勉強はしたくない。
――すべては、ただ一人、ママに会って、褒めてもらうために。
結局、私には、それだけなのだ。
「あと何が残ってるのさ?」
「えーと……嫌なやつは先に終わらせたし、空の写真も撮ったから――あとは、読書感想文と歴史の課題、かな」
「感想文、何冊残ってるの」
感想文は、と、ロロの顔を見つめて考える。
「一冊」
「歴史は?」
歴史は、と、ベルの顔を見ながら数える。
「三ページくらい?」
「提出って、いつまでだっけ」
「三日後」
宿題が二倍になることを見越してやっているので、今週も二倍になってはいるが、問題ない。すると、ベルとロロが私の顔をじとーっと見つめてくる。
「……ちゃんとやってるじゃん」
「つまんない」
「いやいや、本気出せば一週間前には終わってたよ」
と言えば、二人はため息をつく。
「アイネの馬鹿ー」
「つまんないつまんない」
「理不尽な……!」
ハニーナのところに行くまでに、まだ時間がかかるようなら、今、歴史の課題だけでも終わらせたいところだが。
「即位の儀って、確か、二日かかるんだよねぇ」
「え、そうなの? じゃあ、今日は歌えないんだ」
「アイネ、れんしゅーしないの?」
「あ、練習……。すっかり忘れてた……」
「相変わらずだねぇ」
「いつものパターン」
「それは、馬鹿って言いたいのかしら?」
なんて、話していると、クレイアとギルデの話が終わった。壁を一面破壊したため、全部、聞こえていたが、それは二人にも分かっているので、大事なことを話したりはしていなかった。
「そろそろ行きますか」
屋根から飛び降りて、二階の窓枠をつかみ、ノックする。中にはクレイアを見送ったあとの、ギルデだけがいた。
がららっと窓が開けられて、私は中に入る。
「話終わった?」
「――どこから入っているんだい?」
「え? ……はっ!?」
「来週も宿題は倍にしよう」
「なああぁあぁ……!!」
なんで窓から入ったんだ私。
だって、そこに、窓があったから……。
***
ひとまず、方針を立てることにした。
「儀式のメインは歌だが、アイネには儀式の手順も覚えてもらわなければならない」
「ワー、ムズカシソウ」
「衣装も仕立てなければならないし、ベル様の血を受けるための杯も探す必要がある。それに、いくら帝国に力があるとはいえ、すべてを独断で行うわけにはいかない。当然、属国への周知も必要となってくる。メディアには規制をかけなければならないし、警備の手配も必要だ。他にも――」
「分かった分かった! そういうのいらないから」
「というわけで、だ。アイネにはこれから、十六歳の誕生日までの間、蜂歌祭の準備をしてもらう」
「課題と蜂歌祭と、両方やるのか……」
私が不安そうな顔で尋ねたからか、ギルデは私の頭をぽんと撫でる。
「アイネ。来週の課題が終わったら、最終試験をしようと思う。それに合格すれば、僕とステアから教えられることは、もう何もない。課程はすべて終了だ」
「え……? ま、待ってよ! 私はまだ、全然、大人になれてないし、まだまだ、学ばなきゃいけないことがたくさんあるはず、でしょ?」
「本当は、そうなるはずだったんだけどね。――アイネが今やっているのが、マナ様が組んだ課程だということは、知らなかっただろう?」
「え、そうなの……!?」
つまり、ママは私が皇帝になるために必要な、八年分の課程を用意してくれていたということになる。皇帝になりたい、などと、一言も言ったことはなかったのに。
「マナ様の予定ではね。これを全部終えるには、あと八年はかかる計算だった。つまり、二十四歳までかかるはずだったんだ」
「え……? でも、帝位を継ぐのは、十六だって――」
「皇帝になってから学べばいいだろう?」
「そ、そんなことができるの……!?」
「できるさ。忙しくはなるけどね」
ということは、つまり。
「よく頑張ったじゃないか、アイネ。マナ様が知ったら、さぞ、驚かれるだろうね」
「……本当に? ママ、驚いてくれる? 褒めてくれる? 喜んでくれる!?」
「ああ、もちろん、絶対にね。僕だって、こんなに早く終わるとは思っていなかった」
ギルデが勉強に関して私を褒めるなんて、夢じゃないかと思ってしまう。しかし、頬をちぎる勢いで引っ張れば、ちゃんとそこには、痛みがあった。あまりの勢いに、ギルデはぎょっとしていた。
「来週の課題はレポートの枚数だけを指定しておくから、試験勉強にあてるといい」
「はい!」
俄然、やる気が湧いてきた。燃える。




