ドラゴンの血液
ハニーナに、すぐに戻ることを約束して、私はクレイアを背負ったロロを背負い、樽を抱えて、久々に城へと向かった。クレイアの指示だ。
「アイネはベルに血を分けてもらえるよう、頼んできなさい。ロロは、昔からお城に仕えてる使用人の人に、儀式について聞いてくること。あたしはギルデと話があるから」
とのこと。
「というわけで、ベル。血を分けてほしいの」
「え、やだよ」
「……今なんと?」
「いやだって言った」
ドラゴンの姿になって、虫干しをしていたベルは、そう言って、くわあっと欠伸をした。
「なんで? だって、血がないと、魔法植物が育たなくなっちゃう」
「アイネは、知らないみたいだけど。ドラゴンの血を飲んだ人間は、長生きできないって言われてるんだよ」
「でも、ママは――」
私の言葉を遮り、ベルは言った。
「アイネのお祖母さんはね。病気で亡くなったんだ。アイネが一歳で、アイネのお母さんが、十八のとき。その上は、まだ、アイネのお母さんが生まれる前だった。戦争に巻き込まれたんだ」
私には、悠久の時を生きる、ドラゴンの気持ちは分からない。けれど、大切な人がいなくなると、どれだけ寂しいかは、よく分かる。
「アイネのお母さんなら、大丈夫だと思ってたけど、結局、戻って来なかった」
「そんなことない! ママは、絶対に生きてる。ママは、私を置いていったりしない」
「信じるのは、アイネにとっては簡単なんだろうね。……ボクには、怖くて、無理だ」
信じていたものに裏切られる痛みは、よく知っている。私だって、少し前まで、誰も信じられなかった。ママが戻ってくるなんて、少しも思っていなかった。
それでも。――私は、信じたい。信じたいものを信じることの、何が悪い。
自分を信じていいと、あの人は言ってくれたのだから。
「私だって、怖いよ……。でも、私が信じてる限り、ママは絶対に戻ってくる。ママは、約束を破ったりしない」
「アイネは、何も知らないから、そんなことが言えるんだよ」
「何も教えてくれないのは、そっちでしょ?」
私は懐から、ベルの鱗を取り出して――構える。
「ボクと戦おうって? アイネに何ができるのさ」
「なめてると、痛い目見るかもよ――」
ドラゴン形態の今がチャンスだ。大きすぎる体では、城の庭をろくに動くこともできない。
隙だらけの体の側面に、ベルの鱗の欠片を差し込む。速度により、威力を増して――。
「……かったあっ!?」
手首が折れたかと思った。衝撃はもろに全身へと伝わり、じんじんと痺れを伴って、体の自由を奪う。
「マナちゃんは、ボクより鱗が固いドラゴンを、殺したんだよ。その程度で、ボクが認めるわけ――」
「いいや! ベルの許可がなくても、私の勝ちだよ!」
私の手首は馬鹿になった。
だが。ベルの皮膚からは、確かに、真っ赤な血液が滴っていた。
「ふふん」
「……アイネが、本当に?」
「あっ! 容器がないじゃん、私の馬鹿、どうしよう!」
儀式と聞くと、杯、というイメージがあるのだが、当然、そんなものは持っていない。
「こうなったら、全部すすって――」
「アイネ!!」
ベルの咆哮で、私の体は後ろに二転三転して、やっと止まった。
「なんでアイネは、こう、考えなしに行動するんだろう? やっぱり、馬鹿だから?」
「馬鹿じゃな――」
ベルにそう言われて、私ははっとする。このまま飲んじゃダメじゃん。
「私、めちゃくちゃ馬鹿じゃん……!?」
「素直なのはいいんだけどさ。ほんと、いつか痛い目見るよ?」
「気をつけます」
みるみるうちに、ベルの傷は塞がり、血は一滴も流れなくなった。
「あああ……! せっかく頑張ったのに」
「いいよ。ボクの血、分けてあげる」
「――え、いいの?」
「うん。気が変わったから」
「ほんと!? ありがとう! でも、どうして?」
「んー……。まっ、アイネも成長してるんだなあって思ったからだよ」
よく分からなかったが、思ったよりも簡単に、ベルの協力を取りつけることができた。
***
「それにしても、蜂歌祭か……。懐かしいな」
扉越しに、ギルデの声が聞こえて、私は最初から盗み聞きするつもりで、息を殺す。
「マナは、歌わなかったそうね」
「ああ。それが、あのときのマナ様にとっては、一番、幸せな選択だったのだろうと、僕は思うよ」
相手は、クレイアのようだ。二人の話を盗み聞きするのは、これで二回目だ。このまま聞いていても、ろくなことにならないと判断し、私は扉に手をかけ――、
「幸せな選択だった? ――ふざけるのもいい加減にしてよ!」
直後の、クレイアの怒声に、思わず、動きを止めてしまった。いつもの、大人びた様子と、あまりにも、違いすぎて。
「これのどこが、幸せだって言うの? ただ役目を放棄して、楽な方に逃げただけじゃない! そんなのがマナの選択だって言うわけ? あたしの知ってるマナは、こんな未来を幸せだなんて言わない!」
「マナ様にだって、弱い心はあったさ」
「それが、何? そんなこと、あたしが一番知ってるわよ。でも、それでも、マナにとって、これは、幸せなんかじゃない。絶対に、違う。違う。違う……っ。マナがこんな世界を、本気で望んでたって、あんたはそう言うわけ!?」
「マナ様が、こうなることを予測できていなかったわけが――」
「予測できてたら、こんな未来、選ぶわけがない!!」
「……それなら君は、アイネがいなければよかったと、そう言うのか!?」
また、私の話だ。
クレイアは、なんと答えるのだろう。聞いてはいけないと、分かってはいた。
早く、この場から立ち去るか。
早く、扉を開けてしまうか。
早く、早く、早く――。
「ええ、その方がよかったのよ。そうに決まってる。あたしは、アイネなんて子、知らないし、アイネがいなくても、マナは、幸せになれたわ」




