女王の資格
そういうわけで、蜜を取り返すこともできなかった私たちは、ボイスネクターを作ることになった。
「儀式の要件? ――ああ、女王の資格のこと?」
「そうそうそれそれ。クレイアさん、何か知ってる?」
「ええ、知ってるわよ」
「さっすがクレイアさん!」
「おー」
ロロは適当に拍手しているだけだ。
「女王の資格は、皇帝になるのとは全く関係ないの。ルスファ王国が滅びる前を想像すると分かりやすいわね。女王になったからって、皇帝になれるわけじゃないし、逆に皇帝になるのに、女王の資格は必要ないわ」
「なるほど……」
「へー」
ロロさん、話、分かってる? てか、分かる気ある?
「それで、私が歌うにはどうしたらいい?」
「そうね……。あたしの血か、ロロの血か、ベルの血を飲めばいいと思うけれど。あたしと、ロロのはやめておいた方がいいかも。やっぱり、ベルがいいんじゃないかしら」
……え?
「え、血、飲まなきゃいけないの……?」
「ええ。そうよ」
「いや、嫌なんだけど。絶対に嫌なんだけど。超無理なんだけど」
でも、クレイアの血なら、ちょっと味わってみたいような気もしなくもなくもなくもないような。
「マナはそれで味覚を失ったそうよ」
「エッ、ママ、味分かんなかったの? あんなに甘いものばっかりたくさん食べてたのに?」
「ええ。実はね」
ここに来て、衝撃の事実だ。ママについても色々思うところはあるが、ちょっと、それは、ママばかり心配していられない。
もし、私からも味覚が失われる、なんてことになったら、どうしよう。
「私、美味しいものが美味しくなくなったら、死ぬ」
「儀式に沿ってやれば大丈夫らしいから。きっと、なんとかなるわ」
「不安だ……」
すると、私以外の三人――クレイアとロロに加えて、ハニーナまでもが、クスリと笑った。
「マナは儀式をすっ飛ばして血を飲んだから、そういう目に遭っただけ。今まで、味覚がなくなった女王なんて、マナ以外、一人たりともいないのよ」
「じゃあ、なんで儀式をすっ飛ばしたの?」
今度は三人ともが、静かになった。ロロは素直に、何も知らなそうな顔をしていたが、ハニーナは表情に影を落とし、クレイアは相変わらず、何も悟らせようとはしなかった。
だが、この沈黙には必ず、意味があるはずだ。
「まあ、やけ酒ってとこでしょうね。すっごく嫌なことがあったから、何もかも忘れたかったのよ、きっと」
「すっごく嫌なこと?」
「あかりが亡くなったから」
それは、完全に嘘、というわけでもないのだろう。だが、すべてが本当であるとも思えなかった。クレイアはよく茶化したような態度を取るが、その根底には、何かを恐れる気持ちがあるのだと、私は気づいていた。
――気づいてはいたが、パパが亡くなったと聞いて、私はそれ以上の追及ができなかった。あのときのベルの声が、喉を塞ぎ、逃げる言葉を代わりに用意する。
「血って、お酒なの?」
「ええ。ものすごく強いお酒よ。だから、一応、十六歳にならないと、女王の儀式はできないようになってたの。まあ、昔の法律でもお酒は二十歳からだったけれど、魔族の方では十六からだったりしたのよ」
「なるほど……私って、お酒、強いのかな」
「マナはお酒も強かったわよ。普通のお酒じゃ酔えないって嘆いてたわ。たぶん、アイネも大丈夫よ」
「自信ないなあ……」
いかんせん、ママが強すぎて、自分も大丈夫だと言われても、とてもじゃないが、信じられない。
「まあ、ダメならダメで、そのときね。そのときは、あたしが歌うわ」
「え? クレイアさんでもいいの?」
ハニーナに視線で尋ねると、
「はい。彼女は、女王の資格を持っています」
なんて言い出した。クレイアさん、マジで何者?
「まあ、あたしじゃ美味しい蜜は作れないけど。この子は――ロロはどう?」
「足りていませんね」
「やっぱり、そうよね」
え、ロロも何か持ってるの?
「ロロ、昔、マナちゃんに、血、もらった」
「ああ、そういうことね。……いや、血もらうとか、全然ワケ分かんないけど。クレイアさんももらったことあるの?」
「大量に浴びせられたわね。首をガブって噛まれて、吸われたこともあるわ。傷はもう残ってないけど」
なんだか、一瞬、すごく、嫌な気持ちになった。
いくらママとは言え、クレイアさんのこのきれいですべすべでやわこい首筋を噛むなんて。羨ましっ……くは、ないけどぉ……。
「マナには、すごく、助けてもらったわ。本当に。当時はすごーく怖かったけれど」
「……クレイアさんって、ママに狙われてたの?」
「何を?」
「――はあ。もういい」
クレイアにそっぽを向くと、ロロがぜんぶ分かってます感を出して、姉っぽく、私の頭をぽんぽんと撫でた。




