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想いを言葉に

「アイネ」

「……何」


 震えそうな腕をいだきつつ、ロロの顔をじっと見る。


「アイネ、どうしたらロロと、昔みたいに、遊んでくれる?」


 ロロの蜂蜜色はちみついろの瞳から、たっぷりの涙が一滴、流れた。その涙に、心をかきむしられるようだった。


「何度も何度も頭を殴って、記憶をなくせば、元に戻る?」


「痛いことするよっておどしたら、前みたいに優しくしてくれる?」


「それとも、ロロが今、ここで死んだら、心配して、優しくしてくれる? ロロがいなくなれば、泣いてくれる?」


「どうしたら、昔に戻れるの?」


 ぽろぽろと、大粒の涙が、ロロの瞳から溢れる。


 殴るとか、脅すとか、死ぬとか。相変わらず、ロロは非常識なことばかり言う。


 その上、彼女は、そうすれば元に戻れるかもしれないと、本気でそう思っているのだ。


 そんなわけがないと、私が当たり前のように知っていることを、彼女は知らない。きっと、考えたところで、彼女には分からない。説明したところで、理解できない。


「ピピちゃんみたいに、アイネも、ロロを嫌いだって、そう言うの? すごく反省して、すごく考えて、すごく迷って。それでも、どうしても、ロロには正解が、分からない。みんなが言う、普通が分からない。人を傷つけることが、どうしてダメなの? そのほうが簡単なことだって、たくさんあるのに。綺麗事きれいごとだけじゃダメなときだってあるのに。みんな、誰かを殺してるのに。赤いお兄さんも、ベル様も、ステアさんも、マナちゃんだって。みんな、誰かを犠牲ぎせいにしたんだよ。大切な人を助けるためだから仕方ない。戦争だから仕方ない。国のためだから仕方ない、って。そうやって、言い訳して。ロロだって、ピピちゃんを助けたかっただけなのに。苦しそうに泣いてるピピちゃんを、救ってあげたかっただけなのに。――ロロとみんなと、何が違うの? どうして、ロロだけが間違いだって言われるの? なんでロロだけが、アイネと仲良くしちゃダメなの? マナちゃんがね、人を傷つけちゃダメだって。動く前に、ちゃんと考えなさいって。みんなが間違ってて、自分だけが正しいと思ったら、自分を疑いなさいって。ロロだけが正しいことももちろんあるけど、それなら話し合えば分かるって。ロロだけが間違ってるときは、みんながロロを正してくれるって。そう言ってた。どれだけ人を傷つけないようにしてても、生きてる限り、絶対に人を傷つけないことなんてできないって。――それなら、死ねば傷つけずに済むねって言ったら、マナちゃんは、ロロに、生きててほしいって。それに、マナちゃんがロロに生きててほしいって思うのと同じように、みんなが誰かに生きててほしいって思ってるから、そんなことはしちゃダメだって。――でも、ロロには、それがどういう意味なのか、分からないの。誰かに想われてたら、それだけで殺さない理由になるの? どうして? ロロはその人のことなんて少しも知らないし、その人が死んでもなんとも思わないよ? ――そう言ったら、マナちゃんは、ロロが人を殺したら、マナちゃんが悲しいからって。人を傷つけたら、マナちゃんが悲しいから、やめてほしいって、そう言ったの。だからロロは、マナちゃんを信じるしかないの。マナちゃんを信じて、誰も傷つけないように、たくさん、たくさん、考えて、生きてきた。それなのに、アイネは私を拒絶した。――アイネだって、人を殺したのに!!」


 ロロが、こんな風に本気で怒るのは、初めてだった。泣くのはもっと、初めてだった。


「分かってる。……ロロがおかしい。ロロが間違ってる。ロロだけが、みんなと違う。そんなこと、分かってる。ずっと、小さいときから言われてきた。だから、みんなと同じになれるように、頑張った。でも、どうしていいのか、ロロには分からない。どうしたらまた、アイネが笑ってくれるのか、分からないっ! 自分で考えろって、それくらい分かって当然って、なんで分からないの、って。そんなこと言われても、どうしていいのか、分かんない……っ。分かんない、分かんない、分かんない! どうしてアイネは、ロロだけを遠ざけるの!? ロロは、アイネが誰かを殺したくらいで、嫌いになったりしないのに!!」



 ――こんなにも、考えていたんだ。


 それでも、本当に、分からないんだ。どうして私が、ロロを遠ざけるのか。


 だんだんと、ロロの言うことが、正しく思えてくる。絶対に違うと、しっかりそう思っていないと、自分がおかしくなりそうだ。



「そんなに、分からない分からないって言われたって、私だって、どうしていいか、分かんないよ……」


 ロロの涙が、私に移る。


「私がもっと、ママみたいに頭がよければ、どうしたらいいか、ロロに教えてあげられたのかもしれない。でも、私には、ママの代わりはできない」


「ママの言ってることは、すごくよく分かるのに、ロロの言ってることは、少しも分からない。なんでそんなことが分からないのって、そう思う」


 分かり合うことはできないのだろう。お互いに、どれだけ分かろうとしていても。


「でも。私は、ロロが好きだよ。大好きだよ。本当の家族みたいに愛してる。――だからって、家族を殺したのは、絶対に許せない。いや、だからこそ、許せない」


「それが、ロロには分からないって、そう言うんでしょ?」


 ずっと、考えていた。どうして私は、ロロを遠ざけるのだろうと。何が一番、嫌なのだろうと。


「私はロロがすごく、怖い。みんなが、ロロに殺されるんじゃないかって、そう思うと、すごく、怖い。それ以上に、自分を大切にしてくれないのが、もっと、怖い」


「それが怖いだけで、ロロの言葉が、全部、信じられなくなる」


「ロロのことも、信じられなくなる。すっごく、信じてあげたいのに」


 結局。どれだけおかしくても、私はロロを見捨てることなんてできないし、したくない。なのに、それがすごく難しいことだから、こんなにも、苦しいのだろう。


「――ねえ、ロロ。どうして、蜜を盗むのがダメか、分かる?」


 私の問いかけを、ロロはうんうんうなりながら、真剣に考える。ずいぶんと、長い時間をかけて、じっくりと。


「アイネが、嫌、だから?」

「ううん。――本当はね、答えなんて、ないんだよ」


 ロロの蜂蜜色の瞳が、ぼたっと蜜をこぼしそうなくらい、大きく見開かれる。


「昔、ママに聞いたことがあるの。そしたら、答えなんてないって、そう言ってたんだ。それでね、もし、私が何かを盗まれたらどう思うかって、聞かれたの」


 私は普通だったから、ママが言いたいことはすぐに分かった。


「もし大切なものを盗まれたら、嫌だし、悲しいし、傷つくし、すごく困る。だから、クレイアさんのノートを盗み見たのも、すごくダメなことなんだよ。とっても大事なことが書かれてるかもしれないんだから。――ロロも、私が誰かにさらわれたりしたら、嫌でしょ? 自分がされて嫌なことはみんなにとっても嫌だから、そういうことをしないほうが、みんなが幸せになれるんだよ」

「じゃあなんで、お腹が空いて死にかけてる人が、裕福な人からお金を奪っちゃ、ダメなの。そのほうが、みんな幸せになれるのに」

「えーっと、それは……」

「やっぱり、ロロには、分かんない――」


 うつむいた水色の睫毛まつげの隙間から、熱そうな涙が一粒、こぼれる。


「はあ、困ったなあ……」


 歳上なのに、歳下みたいに小さな頬を、両手で挟んで、むぎゅっと力を込める。


 流れて流れて止まらない涙を、親指で拭ってやると、ロロはぱっと顔を上げた。


「アイネ、怒ってないの?」

「怒ってる! もう、すごく怒ってるんだから! ロロが自分の命をなんとも思ってないこととか、ロロが変なことばっかり言うこととか、ロロが、私が世界のすべて、みたいな顔してることとか、これまでずーっと、なんにも話してくれなかったこととか、みんなして私に隠してたこととか、私だけ知らなかったこととか、クレイアさんと私だけの秘密のノートを盗み見たこととか!!」

「最後のはなんか違う。ロロでも分かる」

「そうやって、すぐにけろっとするところとか! なんでもっと、ワタシ反省してマス感が出せないの? クレイアさんは謝ればいいって言ってたけど、ロロの謝罪には心がないよね」

「ひどい」

「絶対、酷いなんて思ってないでしょ」

「……ちょっとは思ってる」

「ちょっと!?」

「ちょ、ちょっと……。ちょっぴり、ささやかながら、心ばかり」

「――ならいいよ。もういいよ。よーく分かった」


 ビクッと体を震わせるロロを、私はぎゅっと抱きしめて、サラサラの水色髪を撫でる。


「アイネ……?」

「分からなくても、考えることだけは、諦めないで。どうして私が、ロロを許せないのか」


 ベルにも、許せないことがある。


 あの日、あの子を殺した自分のことも、許せていない。


「許してくれないの?」

「もちろん、許さないよ。だって、私がロロを許せないって、知ってれば、ロロはもう、誰かを殺したりしないでしょ? 本当に、絶対に、許さないから。なんだかんだ許してくれるだろう、なんて、思わないでよ。私は、そんなに優しくないから」


 こくっと、ロロはうなずく。私の肩に、涙が落ちる音がした。こんなにも泣く子だとは、知らなかった。


 遠い昔。ベルと三人で、泣き真似勝負をしたとき、一滴も涙を流せなかったのを、私は覚えている。


「でも、いいよ。他人でも、友だちでも、それ以外でもない。――ロロは私の、家族だから。許すことはできないけど、怖がったりしないであげる。今までみたいに話してあげる」

「ほんと!?」

「だから、そういうとこがダメなんだってば!」

「うっ、いたい」


 一歩下がり、ロロの額にデコピンをして、「調子に乗るな」と言ってやる。


「私の言うことを曲解きょっかいされても困るから、まずは、ママの言ってたことを信じて。ママも間違えることはあるけど、ロロのそれに対しては、ママもすっごく悩んで悩み抜いて向き合ってるはずだから。信じていいと思う」

「ん、分かった」

「でも。だからって、なんでもかんでも、私に頼っちゃダメだよ。一人でも生きていけるようにならなきゃダメなんだから。ちゃんと、自分で考え続けるんだよ?」

「ん、分かった!」

「それから。もし、自分が殺されそうになったら、ちゃんと抵抗すること。精一杯、抵抗するんだよ。いい?」

「ん、分かった!!」


 もう一度、ロロを抱きしめて、本当に信じていいのかどうか、自分に問いかける。


 ロロは、はっきり言って、おかしい。狂っているとも言えるほどに。



 ――私が間違っていても、クレイアさんが、見ていてくれる。



「何度でも付き合うから。何度でもいいから。何度でも、聞いて」


 だから、ロロを信じたいと思う私を、私は信じても、いいかな。


「それに私。――ロロに負ける気、しないし」

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