皇帝の歌声
ということで、私は目的も何も知らされないまま、クレイアと新幹線に乗り込んだ。実は、新幹線に乗るのは初めてだったりする。
窓から外を見ると、新幹線のような乗り物が、宙を走っていた。高い場所に建設することで線路を可能な限り直線にし、時間短縮を実現したものだ。
ただし、完全自動魔法で走っているので、私とクレイア――魔法が使えない、つまり、魔法を無効化してしまう者は、乗れない。
また、地面には発電機が埋め込んであり、車や徒歩など、移動時に生じるエネルギーで発電している。この発電機は今や、世界中の地面に活用されている。
「あたしがここに来たのはね。一つは、ハニーナに会うためなの」
「へー……?」
いまいち、何が言いたいのか、よく分からない。
「前の蜂歌祭で、アイネのお祖母さんが歌ったのは知ってる?」
「うん、もちろん」
「その歌がどんな風だったかは?」
「知ってる。すっごく、へ……クセがある歌だよね。ネットで見た」
「本当に下手よね。あたしも、初めて聞いたとき、ビックリしたもの」
「せっかく言わなかったのにっ!」
まさに、聖書の音読。それも棒読み。音程が迷子どころか、逃げていったみたいな歌だ。
「アイネはどうなの?」
「私?」
「歌、上手なの?」
「分かんないけど……昔、ママに十一点って言われた」
「あら、すっごく上手じゃない」
「どこがよっ」
あれから練習を重ねて、昔よりは上手くなっている自負がある。だが、ママに百点と言わせられるかどうかは、微妙なところだ。
「でも、あのマナが十一点って言うなら、相当上手い方なんじゃない?」
「そりゃ、ママは歌姫って呼ばれてたくらいだからね。ふふん」
――曰く。その歌声は、聴覚を持つ全生物の脳を溶かし。
――曰く。その歌声は、心臓を掴み、全身を震わせ、耳を幸福で包みこみ。
――曰く。その歌声は、音を認識しない者にすら、届き。
――曰く。その歌声は、そよ風のように体を自然と通り抜け、しかして、確かに心に残り。
――曰く。その歌声は、極上のシルクのように滑らかで、鳥の歌さえ彼女の歌に譲るほど。
――曰く。その歌声は、彼女の歌を聞く者から、歌以外のすべてを忘れさせる。
などなど。ママの数ある伝説の中でも、とりわけ多く伝わっているのが、その歌声だ。私も何度か歌ってもらったことがあるが、聴いている全員で気を失ったことがある。それほどに、恐ろしく上手いのだ。
「クレイアさんは、ママに採点してもらったことある?」
「ええ。三点だったわ」
「……パパは?」
「〇点。たまに、マイナス何点、なんて言われてるときもあったわね」
パパ、そんなに下手だったのか……。
「でもね。マナは、歌なんて、聞く人によって変わるものだから、って言ってたわ。自分の採点は、上手いか下手かだけで判断してるって」
「どういうこと?」
「歌は、上手い下手だけじゃないらしいわ。下手で売れてる人もいるし、上手いだけじゃあ誰の心も動かせない。そういうものだそうよ。あたしも、マナ的には八十点だって言われたから」
ふと、思い出される。あのとき、ママは、私の歌を『百点』だと言った。その後で、高評価に納得できなかった私が、本当はどうなのかと問いただしたら、十一点に変わったのだ。
――クレイアに勝てたのが、なんだか、すごく嬉しい。
「ただ、猫耳と首輪と尻尾つけたら二百点だって言ってたわね。ちょっと、そういうところがあったのよね、あの子」
負けたぁ……! いいや、まだだ。まだ、勝てる見込みは、ある!
「……つけたの?」
「まさか」
「じゃあ私の勝ちっ」
かわいく首を傾げるクレイアの横で、私は小さくガッツポーズをした。
***
実は、この新幹線はもっと速く走ることができる。だが、あえてそうしておらず、速度は従来のまま。安全性と燃費が向上している。空を走っているやつに乗っていれば、目的地にはとっくについているところだ。
「今の新幹線って、もっと速いのかと思ってたわ。値段は安くなっててビックリしたけれど」
「何時代の人? ――景色と時間を重視したんだって。速く移動したいなら、空走ってるやつに乗ればいいでしょ? だから、本当はもっと速く走れるんだよ」
「へえ……。その方が儲かるのかしら」
「お金のことばっかりだねえ!?」
とはいえ、実際、そのほうが儲けは多くなる。だが、最たる理由はそこではない。
ママは世界一、個人で保有している資産が多いのだ。それは、ママが姿を見せなくなった今も、まるで噴水みたいに、勝手に増え続けている。
「お客様。お弁当、お飲み物はいかがですか?」
――背後からかけられた声に、私は驚いて振り返る。見ると、最新の人型AIが販売をしに来ていた。
別に、何も食べずとも耐えられるくらいの乗車時間ではあるのだが、お腹は――ぐうきううぅ。……正直なお腹だ。
「……」
「今日の給料から前借りで食べる?」
「食べるっ」
お茶とお弁当を購入したあとで、私はそのAIが立ち去るのをじっと眺める。
「――あのAI、マナがモデルなのね。あたしの知ってるマナに、よく似てたわ」
「ね。声も、ママの声だった」
ママが戻ってきてくれたのではないかと、一瞬でも期待してしまった自分を恨む。ママの声は至るところで使われている。それほどまでに、象徴的な存在なのだ。
「あんなに恨まれてるのに、すごいよね、ママって」
「ええ、本当にね」
それはそれとして、お腹は空いているので、お弁当にがっつく。相変わらず、クレイアは美味しそうに食べていた。
ああ、本当に、かわいい――なんて思いながら、私は彼女を盗み見ていた。




