私を見ていてくれる人
クレイアは、火おこしをしていた。周囲には草地も残ってはいるが、クレイアの周りだけは全部抜いてしまったのか、燃え広がる危険もなさそうだ。おそらく、許可も取っているのだろう。
ちなみに、火をおこすのに必要な細い枝や薪も、許可を取っている近くの森林から拾ってくるらしい。また、使っているかなり原始的な道具も手作りらしく、いつも枯れ草を着火剤にして、火種をふーふーしている。
私も一度だけやらせてもらったが、「アイネがやると、道具が壊れそうだから、今回限りにしてくれる?」と言われてしまった。ただ、いつもと違い、今日用意されているのは薪ではなく、備長炭だ。
「話があるなら聞くわよ」
火種を枯れ草に包み、火を大きく育てるべく、息を送り込みながらも、クレイアは私を気遣ってくれる。
「私、ロロに酷いこと言っちゃった」
「酷いこと?」
「ロロのこと、信じられないって」
私だって、ロロを信じたい。だから、信じようとしている。なのに、話せば話すほど、信じられなくなっていく。信じてはいけないと、そう思ってしまう。
やはり、私は、おかしいのだろうか。
「――ねえ、クレイアさんは、身近な人が急に信じられなくなったことって、ある?」
「急に、って言うより、端から誰も信じてなかったことならあるわ」
「ハナから。じゃあ、今もそうなの?」
「今? 信じてる人もいるわよ」
「それって……私は?」
「疑う必要がないわね。全部顔に出てるから」
「うげっ……」
しかし、クレイアは、信じている、とは言わなかった。
「アイネのことは大好きだけれど、何をするか分からないから。信じてる、なんて安易に言って、何かあったら困るし」
「……」
「照れてるの?」
「て、照れてないし!」
彼女はこういうことをサラっと言ってしまうのが、恐ろしい。
「大好きよ、アイネ」
「うう……」
「あははっ、恥ずかしいからって、そんな顔しなくてもいいじゃない」
照れが顔に出ないよう、思い切り力を込めたのだが、変な顔になっているらしい。彼女の好きは、温度が高すぎる。
「大丈夫。あたしがちゃんと、アイネを見てるから。アイネは、自分を信じていいのよ」
……ああ、なんと、頼もしい言葉だろうか。
家族もそれ以外も、殺人に変わりはないとか。
ロロのときだけ許してやらないのはおかしいとか。
助けに来てくれたのに、どうして信じてやらないんだとか。
私は自分で、私を責めていた。私自身が、一番、私を疑っていて、信じられなくて、嫌いだった。
「まあ、信じろって言って、信じられるようなものじゃないと思うけれど」
「ううん。私、クレイアさんのことだけは、信じてるから」
「あら、どうして? すっごく悪い人かもしれないわよ」
「どうしてって言われると、私、すっごく困るよ?」
「かわいい脅しね」
そんなことを言いながら、クレイアはやっと火がついた備長炭の上に、網を置き、クーラーボックスを開ける。
「今からお肉焼くけど。よかったら召し上がりなさい」
「……別料金?」
「サービスよ」
「やったあっ!」
どうやって信じたのかは、分からない。けれど、彼女のことだけは、心の底から、信じていた。
「――本当に、ありがとう。クレイアさん」
「どういたしまして」
きっと、今の言葉だけじゃ、伝わりきらなかっただろうな、なんて思いながら、クレイアと一緒に、肉を並べていった。
それは、スーパーで売られている肉で、これまで何度も、口にしたことのあるものだったけれど、そのときだけは、とびきり美味しく感じられた。
***
私は人魚の話をクレイアにすることにした。あんなことがあったのだ。相談した方がいいだろう。
「へえ」
しかし、クレイアの反応は、想像よりずっと、薄いものだった。
「へえって……それだけ?」
「ええ。人魚に効かない毒なら、見当はつくし。アイネに関しては、ただ追いかけられたってだけの話でしょ。その目的や理由も分からないんだから、あたしからはこれ以上、何も言うことはないわ」
「ええー。私、めっちゃ、怖かったんだよ?」
「大丈夫よ。アイネが負けるはずないから。毒の方も心配ないわ」
「ほんとかなあ……」
確かに、エイミーには余裕で勝てたが、実際、彼女だけでも、かなり強かった。あれだけの人魚が一度に襲ってきて勝てる確証は、ない。
それに、もし、毒に対抗できなければ、人類が滅びる可能性だってある――クレイアを頼ったのは私だけど。
「大丈夫大丈夫なんとかなるわ」
「適当だな!」
それから私は居ずまいを正して、クレイアに向き直る。
「……人魚の声、手に入れられなくて、ごめんなさい」
「なんで謝るの? あたしはこれでも感謝してるのよ。――無事に帰ってきてくれて、ありがと」
私は顔を伏せて、前髪で隠す。
「別に、泣いてないから」
「――あはは」
「ちょっ、なんで笑うのっ」
「本当に、ぱあぱとまあまにそっくりね」
「どこが?」
「よく泣くところと、強がりなところが」
クレイアは、小さな手でぽすっと、私の前髪を撫でた。
「そんなに悔しかったのね」
「……だって。私だけで、なんとかして、クレイアさんに、褒めてほしかった。でも、進んじゃダメだって、そう言われたから」
「まったく、かわいいこと言うわね」
そう打ち明けても、クレイアは褒めてはくれなかった。甘やかしているようで、その実、思ってもいないことは言わないのが、彼女なのだ。
「あたしのために、頑張ろうとしてくれて、ありがと」
だから、その一言が、すごく嬉しくて、すごく、悔しかった。
***
今日は、バイトの日だった。白い作業服に着替えさせられ、また、キャロ子ちゃんでも収穫するのだろうかと思っていると、
「キャロ子ちゃんは相当市場に出回ってるから、しばらくはいらないわね」
とのこと。
「じゃあ、何するの?」
「ハニーナに会いに行くの」
「ハニーナって、あの、ハチプーたちを統括してるモンスターのこと?」
「そう、正解」
ハニーナといえば、蜂歌祭だ。蜂歌祭とは、女王の歌によって世界中の植物の味を決める、三百年に一度の行事。前回は、私が産まれる前に、私のおばあちゃんが歌ったそうだ。
「でも、なんでハニーナに会いに行くの?」
「アイネが一緒の方がいいと思うから」
「それって、答えになってる?」
「なってるわよ」
……なってないと思うんだけどなあ。




