エリザクラの国
それから私とエイミーは、キャッチボールをした。ピンクのボールがぽーんぽーんと宙を舞う。
そのうちに、朝を告げる鐘が鳴り、私とエイミーは夢中になりすぎていたことに気がつく。
「はー、楽しかった! お姉ちゃん、ありがとー!」
「私も楽しかったよ」
「また遊ぼうねー」
エイミーが姿を消す直前、ギリギリのところで当初の目的を思い出す。
「あ、待って、エイミーちゃん!」
引き留められた彼女が緑のまあるい瞳で、不思議そうに私を見る。
「エイミーちゃんは、人魚、なんだよね」
「うん、そうだよ」
「私、ちょっと欲しいものがあるんだけど」
「うん、なあに?」
「人魚の声? が欲しいんだけど、何か知らない?」
「声?」
うーんと、唸ってから、エイミーは、
「わたしは子どもだから分からないけど、お母さんなら知ってるかも!」
と、言うやいなや、私の手をつかんで引っ張った。
ぐいぐいと引っ張られる先は、当然、噴水の中だ。
「え、ちょ、まっ」
「行こー!」
「うわああっ!?!?」
昨日浸かった噴水に、今日も浸かった。底にぶつかるっ――と、反射的に目をつぶるが、痛みは来ない。
ゆっくりと目を開けると、目の前を、一匹の魚が横切っていった。それを追うようにして、小魚の群れが泳いでいく。自分が群れの進行を妨げる場所にいるのだと気がつくと同時に、ここが海の中だということを知る。
辺りは青一色で、遠くの方は暗く、見えない。足の置き場を求めれば、底が見えないことに気がつく。ふと、水面を見上げると、丸い何かがたくさん浮いていて、やわらかく変えた光を、海の深いところまで届かせていた。
はっと、呼吸を忘れていることに気がつき、慌てて再開する。直後、ここが海の中であることを思いだし、さらに慌てて呼吸が変になり、むせた。――が、結果、ちゃんと息ができることに気がつく。
「ここはね、エリザクラ様の国だから、人魚じゃなくても、息ができるんだよ」
「エリザクラ様……?」
「早く行こう!」
エイミーに手を引かれつつ、私は泳いでいく。やはり、人魚というだけあって、泳ぎは速い。
「お姉ちゃん、ニンゲンさんなのに、ヒレ速いんだね!」
「そうかな? ありがとう」
いや、ヒレ速いて。足速いみたいに言ったな。私、ヒレないのに。
しばらく泳ぐと、いくつか、大きな家のようなものが見えてきた。石や貝殻、甲羅、何かの脱け殻のようなものなどで作られているようだ。
「ここが私の家だよ! ちょっと待ってて」
そこは、桃色や水色の貝殻の中でも、形のいいものだけを厳選して貼りつけた、他のどれよりもかわいらしい家だった。
「お母さん! お友だち連れてきたよ! なんかね、人魚の声が欲しいんだって!」
それから少しして、エイミーだけが出てきた。
「お母さんが、お外で遊んできなさいって」
「そっか。ありがとうね、エイミーちゃん」
「うん! またね、お姉ちゃん!」
ものすごい速さで去っていくエイミーを見送り、再び、私は石の家を見つめる。――なんとなく、嫌な予感がする。
「セーブした方がいいかなあ……」
なんて、ゲームみたいなことを呟きながらも、真面目に考える。危険を感じたらその先に進むなとクレイアは言った。
他の誰でもなく、クレイアにだけは心配をかけたくない。ギルデとステアは――まあ、今さらだから。
「でも、戻るにしても、帰り方が分からないし……」
今すぐにエイミーを追いかければ、追いつけるかもしれない。だが、悩んでいるうちにも、距離は開いていく一方だ。やはり一度、戻るべきだろう。
「すみませーん、話が長くなりそうなので、一度、地上に戻らせてもらってもいいですか?」
入口から大声で話しかけてみるが、いくら待っても返事が来ない。
聞こえていないのだろうかと、少し中に入ったとき――音がした。言葉では例えづらい、魔法の音だ。私以外に、聞こえる人を見たことがないし、理解されたこともない。
振り返ると、入口は透明な壁で覆われているようだった。
間違いない。これは、結界だ。おそらく、私をこの家に閉じ込めようとしているのだ。
――すぐさま、触れることで結界を解き、全力でその場から泳いで逃げる。魔法を無効化できてよかった、なんて言っている場合じゃない。
「なんで追いかけて来るのおおお!?!?」
大勢の人魚たちが、泳いで追いかけてきていた。速いなんてものじゃない。私は泳ぐのも速いほうだが、本業に敵うはずがない。
――だが、それは、水泳であった場合の話だ。
これは、鬼ごっこ。鬼ごっこで一番大事なのは、速さではない。戦略だ。
普段から、ベルとロロを相手にしている私なら、この数から逃げ切ることもできる、はずだ。少なくとも城内なら、二人に捕まったことは、ほぼない。
音を聞いて、逃げる。避ける。かわす。振り切る。
しかし、考えるのは、よくない。私は馬鹿だ。戦闘訓練でも、余計なことを考えないようにと、ギルデから散々、教え込まれている。
一番威力の出る体の使い方、そのときの最善手、効率のいい動き方などは、すべて、本能が記憶している。私が考えなくても、身体が勝手に動いてくれる。私はそれについていくだけでいい。
だから、今の、この、雑念にまみれた状況は、ひじょーうに、よくない。
「助けてママぁー!!」
――ママ、パパ、お元気ですか? アイネはとっても元気です。人魚さんたちと、元気に泳ぎ回っています。最近、こんな目にばかり遭っている気がするので、そろそろ、ママの手が借りたいです。体より先に、気持ちがやられちゃってます。もう泣きたい。
昔は、呼べば、いつでもどこでも来てくれたママだけど、今は呼んでも来ないのは知ってる。――だから、呼ぶのだけは、許してね。
「ママー! って、叫びながら逃げれば、上手く逃げられる! はず! 私、めちゃくちゃ冴えてない!?」
そんなことを考えながら逃げていると、視界に、桃色の鱗が映った。――間違いない、エイミーだ。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
次回から、火木日更新となります。




