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子どもだけの秘密

 びちょびちょの服を外に干し、着替える。まだそんなに寒くなくてよかった。とはいえ、今の時間からでは自然には乾きそうになかったため、物干し竿をヘアゴムで頭に固定し、走り回って急速乾燥した。


 その後、晩ご飯を作る時間に帰ってきたクレイアを手伝いながら、私は考えごとをしていた。


 子どもたちから聞いた話を、クレイアに話していいのかどうか。


「いただきます」

「いただきまーす」


 私はれっきとした子どもだ。だが、クレイアは、大人だ。見た目はともかく。


「どうかした?」

「うーん」


 クレイアは首を傾げつつも、箸を進める。米、味噌汁、米、肉、野菜、味噌汁、肉肉肉――あかん、ついつい見てしまう。


「ん?」


 頬袋を一杯にして、クレイアは首を傾げる。彼女はなんでも、すごく美味しそうに食べるのだ。


「お米、上手に炊けててよかったね」

「うんっ」


 かわええ……いや、変態か私。


 ちなみに、米は飯盒炊はんごうすいさんで炊いている。別に、屋外だから電気が使えないとか、そういうことではない。


 科学の進歩により、電気は空間を巡るようになり、そこに魔法も組み合わさって、今では「コード」が死語になっているくらいだ。


 ただ、クレイアの意向で、今は科学と魔法を使わないことになっている。もともと魔法は使えないのだが、一番の理由は、クレイアがサバイバル気分を楽しみたいからだそうだ。変な人。


「そういえばクレイアさんって、なんで魔法が使えないの?」

「なんでって、そりゃあ、八歳のときに、魔法を使いたいって願わなかったからよ」


 この世界には、「願いの魔法」と呼ばれるものがある。八歳になれば、なんでも一つ願いが叶うその力は、この世に生きる人々すべてに、等しく与えられている。


 だが、その願いが魔法で叶うものであった場合、あるいは、それほど強い願いでなかった場合、または、叶えられると本気で信じていなかった場合。願いは自動的に魔法へと還元されると言われている。


 昔は、「魔法を知っている者の願いは、必ず魔法になる」とまで言われていたそうだが、最近の流行は前者だ。


 ともあれ、ほとんどの人は魔法を使えるし、魔法を使えない世界の数人は、たいてい、それ以外の願いを叶えているものなのだ。


「クレイアさんの願いは、叶った?」


 私の問いかけに、彼女は箸を止める。大好きなご飯を後回しにする彼女の姿勢に、ただならぬものを感じ、生唾を飲みこむ。


「――いいえ。願いごとは、たくさんあったけれど、一つも。何一つ、叶えられなかったわ」


 隠す気がないのか、隠すことすら忘れてしまったのか。寂しさで満たされたその顔に、なんと返事をすればいいのか、分からない。分からないなりに、口は勝手に、当たり障りのない返答を紡ぐ。


「そう、なんだ。それで結局、何を願ったの?」


 彼女は私の顔を一瞥して、答える。


「まだ、何も」


 伏せられた真っ白なまつ毛。悲しげな息づかい。小さな体が、さらに小さく見える。そのさらさらな髪に、手を伸ばしかけて――。


「アイネは?」


 顔を上げた彼女と、視線が交錯する。伸ばしかけた手で、自分の頬をかき、


「私も、まだ」


 と答える。


「そ。あたしに言われなくても分かってるでしょうけど、大切に使いなさいよ」


 そう言い置いて、クレイアは味噌汁をすすった。だから私も、いつか彼女から話が聞けるその日まで、自分の願いについては伝えないことにした。


「私、願いごとがたくさんありすぎて、一つに決められないんだよねえ」


 それは、私が願いを使わない本当の理由ではなかったが、完全な嘘、というわけでもなかった。美味しいものをたくさん食べたいし、かわいいものに囲まれていたいし、皇帝にもなりたいし、ママにも、会いたいし。


「それなら、ランプの魔人を探すといいわ」

「ランプの魔人って、願いを三つ叶えてくれるってやつ?」

「ええ」

「それ、おとぎ話じゃん……」


 作り話だと分かっているのだろうか。クレイアの言うことは、嘘か本気かわからないことがよくある。


「いると思ってたほうが、人生楽しいわよ」


 だそうだ。それは、そうかもしれない。


「それよりアイネ。今日一日、何してたの?」


 ふと、人魚の一件が思い出される。


「な、なんにも? ずっとテントにいたけど?」

「出かけるなら、言ってくれればよかったのに。お金、足りなかったでしょ」

「……うん」


 なぜ分かるのだろうか。そんな視線を向けていると、ご飯を飲み込んだクレイアは、


「アイネがじっとしてられるわけないもの。どうせ、その辺の図書館にでも行ってたんでしょ」


 図星をついてきた。さすが、よく分かっている。分かっているのにしぼり取っていったことに関しては、異義を唱えたいところ。


「それで、何か収穫はあった?」


 結局、この話題に戻ってきた。どうしよう。


「この間も言ったけれど、話したくないならそう言ってくれればいいから。そんなことであたしは傷ついたりしないわよ」

「うん、分かってる。……分かってるけど、話していいのかどうか、分からなくて」

「どういうこと?」

「なんかね、子どもだけの秘密なんだって」

「そう。それなら、あたしに話す必要はないわ」


 野菜をおかずに米を食らい、続けて牛乳を飲むクレイア。これでも美味しそうに見えるのだから、彼女の魅力は相当なものだ。いつまでも見ていられそう。


「でも、危ないことは、子どもだけではやらないこと。少しでも危険だって思ったら、先に進まない。分かった?」

「うん。分かった」


 全部食べ終わる頃、やっと、クレイアが尋ねてきた。


「結局、お昼は何を食べたの?」

「トンビアイス」

「それは可哀想ね」

「分かっててお金取り上げたくせに」

「あら、かわいくない子。どうせ、スニェゾーク・サルートでも食べるつもりだったんでしょ」

「げっ、バレてる」

「あんなの絶対、一人じゃ食べられないんだから。よく考えなきゃダメよ」

「はーい……」


***


 翌日。私は三坊主の溜まり場である噴水へと来ていた。まだ夜も明けていないほどの早い時間だからか、三人の姿はない。


「エイミーちゃん、いる?」


 水面は静止している。


 周囲に人がいないとはいえ、誰もいない噴水に向かって話しかけるのは、いささか抵抗がある。


「エイミーちゃん?」


 改めて、噴水を覗き込むと、静止した水面が鏡のように見えた。噴水なのに、水が出ていないのだ。


「そう言えば、どうやって呼ぶか聞かなかったな」


 水面に映る自分の姿に、思わず見とれて、櫛でといただけの前髪を軽く手で整える。


「うーん、今日もかわいい、私」


 なんて自分に見とれていると、急に、水面が光った。


 ものすごい勢いで、水中から飛び出してきた何かに、身を乗り出していた私は――ごちーんと、頭突きされた。


「みいっ」


 かわいらしい苦鳴が聞こえて、私はその軽い体を半ば無意識に受け止め、背中から地面に倒れる。


「お姉ちゃん、大丈夫? 呼ばれたから来たんだけど――」

「うん、大丈夫。いてて……」


 金髪緑眼桃ヒレ人魚、エイミーだった。少し、時間がかかっていたみたいだが、ともかく、来てくれてよかった。


「お姉ちゃん、昨日の素敵な声の人間さんだよね。また会いに来てくれたんだ!」


 素敵な声とは、なかなか嬉しいことを言ってくれる。


「昨日、男の子たち三人から、あなたのことを聞いて、会いに来たんだ」

「そうなんだ!」


 エイミースマイル、めちゃかわだああはあはああ……。


「お姉ちゃん、わたしと遊んでくれる?」

「うん、いいよ。私はアイネ。エイミーちゃん、何して遊ぶ?」

「ボール遊び!」


 あれ、何しに来たんだっけ? ま、いっか!

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