美しい声
「ご飯っ、ご飯っ、美味しいご飯っ」
和洋中。米、パン、麺。お肉にお魚、デザート。どれにしようかなっ。
「イヌパン!? 食パン一斤がイヌの形になってる! しかも吠えてる! 食べづら!」
「お山握り……? 何あれ、米がめちゃくちゃ緑なんだけど。しかも、無限に米咲いてるんだけど。ウケる」
「牙刺しっ。イノノンの牙にイノノンの肉がぶっ刺さってるっ。すっご」
「お魚パフェ、とは? おっ、なんか水色の魚がパフェの中で動いてる。美味しいのかな」
「おっとお、スニェゾーク・サルートじゃないですか。これ、食べきるのすっごく難しいんだよねえ」
よし、決めた。
「トンビアイスにしよう」
トンビアイスとは、トンビを象った、ただのアイスだ。ちなみに、完全食。その辺のコンビニならどこでも売っている。
外食店は、予算の都合により、入れなかった。トンビアイスなら三つも買えるし、お手頃だ。完全食だから、一個しかいらないけど。
「涼しい時期に食べるアイス、超美味しい」
なんて、虚しく、一人ごちてみる。
ところで、私は、このトンビアイスというのは、かなり頑張っていると思うのだ。
今から十六年前。世界の魔法植物の味を決める、三百年に一度の儀式が、失敗……とまでは言わないが、とにかく、上手くいかなかったために、魔法植物の味は大きく低下した。一方で、味の変わらなかった、魔法を使わない植物の値段が高騰した。
今や、魔法植物は調味料なしでは食べられないほど個性的な味になっている。当然、それを食べる動物たちの味にも影響が出た。つまり、アイスに使われている牛乳の味が、落ちたのだ。
そんな中でも、トンビアイスは当時から値段を変えずに、ほぼ同じクオリティのものを提供し続けているらしい。さすがに、最初のほうは味がブレたそうだが、すぐに立て直し、今では、魔法を使わない植物を食べた牛の乳だけを使っているのだとか。
「トンビアイス、様々だあ」
――あっという間に、なくなった。お腹はまだ少し空いているが、仕方ない。次に給料が出たら、通りにあるお店の料理を、端からすべて、食べ尽くしてやろう。
そう、密かに覚悟を決め、今は公園の水道で喉を潤す。
「はあ、生き返る……」
そのとき。背後に気配を感じて、反射的に受け止めると、飛んできたのはボールだった。
瞬間、冷や汗が背筋を伝う。なぜか、ロロに殴られたときのことが思い出され――。
「お姉ちゃん、ボールとってー!」
そんな、嫌な記憶を忘れてしまうほど、きれいな声だった。
声の持ち主が気になって、振り返りながら優しくボールを投げると――その先は、噴水だった。
焦点を合わせると、そこには、噴水から半分だけ体を出した少女がいた。くりっとした緑色のアーモンドアイに、桃色の艶やかな唇。筋のとおった鼻に、形のいい眉。髪は艶々の金髪で、色白の肌はぷるんとしており、お人形さんみたいだ。
「ありがとー!」
少女は私に手を振ると――桃色の鱗が輝く、魚の下半身を見せて、噴水の下へと潜っていった。
「――ちょっと待って。今の、人魚じゃなかった?」
慌てて、噴水を覗き込んだが、ただの噴水だ。一体、少女はどこに――。
「えいっ!」
「どぅはあっ!?」
突然、背中を押されて、噴水に落ちる。深さがあるため、怪我はしなかったが、全身、びしょ濡れだ。
「ざまあみろ!」
「おい、くそばばあ! 何やってんだよ!」
「ホームレスだー!」
子どもたちの声に、散々な言われようだ。だが、そう簡単に、挑発に乗ったりはしない。私は大人だ。――さて。
どんな顔をしているのやらと、クソガキ三人を振り返る。
「うわ、よく見たらこいつ、血で染まった桃髪だ!」
「しかも、邪悪な闇の目だぜ!」
「血の皇帝と偽勇者とおんなじだー!」
「ママとパパを悪く言うな!! このクソガキがあああ!!!!」
一瞬で全員取っつかまえて、お尻ペンペンしてやった。私に足で勝てる者など、そうはいない。おっと、言葉使いが荒くなってしまいましたわ、ごめんあそばせ。
「い、いてえ……」
「いい、クソガキども? この桃髪はママの色で、甘くて芳醇な果実の色なの。この黒い瞳はパパの色で、この世で最も高貴な黒なんだから。よく知りもしないくせに、適当なこと言わないで」
「だって、うちのママがそう言ってたんだ!」
「はんっ! なんでも自分の親が正しいと思ってるなんて、まだまだお子ちゃまね」
「なんだとー! うちのママはすごいんだぞ! 料理が上手で、めちゃくちゃ美人で……怒るとめちゃくちゃ怖いけど」
「私のママだって、すっごく美人なんだから! 怒るときも優しく叱ってくれたしー、料理は……分かんないけど」
そんなこんなで、三坊主対私の対決が始まった。そして、決着のつかないまま、終わった。
「ぜーはー……。そりゃ、誰だって、自分のママが一番に決まってるよね……。それはそれとして。噴水に人を落とすのは絶対ダメ。ビックリするし、危ないし。――なんであんなことしたの?」
なぜと問われて、坊主のうちの一人が答える。
「……そうすれば、噴水に近づかなくなると思ったんだ」
「噴水に近づいちゃダメなの?」
尋ねる私に、一人が決心した様子で答える。
「お前、エイミーに会ったんだろ?」
「エイミー?」
「人魚の女の子だよー」
「あー、あのめっちゃかわいい子ね。ま、私のママには及ばないけど」
「それは嘘だろ」
信じてもらえなかったことに不服しかないが、大人なので、ぐっとのみこむ。
「三人はあの子のこと、知ってるの?」
「知ってるに決まってるだろ。友だちなんだから」
「あの子はここによく来るの?」
「うん。でも、本当は人に見られちゃいけないんだってー」
「ここに来てることは誰にも内緒なんだ」
「大人は人魚を悪用するって言ってたぜ」
じとーっと、三人は私を見てくる。不快な視線だ。
「お前、大人なのか子どもなのか、どっちなんだよ」
「……子どもだけど」
認めたくはないが、私は立派な子どもだ。どこから大人なのかは分からないが、まだ、大人になるには足りないものが多すぎると、自覚している。
「ふーん。じゃあ、いいのか?」
「いいだろ、たぶん」
「いんじゃね?」
そうして、私は三人から、噴水に近づく許可をもらった。なんで公園の噴水に近づくのにあんたたちの許可がいるのよ、と言いかけて、のみこんでやった。




