信じない人
私は、人を信じない。人なんて、平気で約束を破るし、何を考えているか分からないし、簡単に裏切る。
だから私は、人を信じない。
「アイネ、ロロと遊んで」
「嫌だ」
水色の短髪に、蜂蜜色の瞳をした小柄な少女が、いつものように誘ってくる。
「ねーねー、アイネ、ボクと遊ぼー」
「嫌」
黒色のツインテールに、緑の瞳をした小柄な少女が、これまた、いつものように誘ってくる。
「かまって」
「嫌だって言ってるでしょ」
「遊んでくれなきゃやだー」
左右から腕を引っ張られて、ゆらゆらと揺らされる。太陽を遮ってできた影も、三つそろってゆらゆらと揺れる。
「――だああ! もう、しつこい! 私、勉強してるの! 見て分からない!?」
「だいじょーぶ。アイネは馬鹿だから、勉強しなくていー」
「なるほど! お父さんに似て馬鹿だから、安心だね!」
「……ロロ、ベル。ちょっと、表に出なさい?」
「やっ」
「わーい! 逃げろー!」
「待ちなさい!!」
シャーペンを強く握り、二人の逃げる背中に向けて、思いきり、振り下ろし、斬り上げる。
――瞬間、太刀筋に沿って芝生がめくれ、大地が二分し、数キロ先の木が縦に割れ、その先にある囲いにヒビが入る。
ロロはそれを俊敏にかわし、ベルは後の攻撃を直に受けて、平然としている。
「全然ダメ。どこ狙ってるの? 運動音痴?」
「ね、ダメダメだよね。アイネ、今日のマッサージ、なんか弱いよ?」
「当たらないのはあんたが避けたからだし、当たった方もマッサージじゃないわよ!!」
私を馬鹿呼ばわりする二人を、一体どうしてやろうかと、思っていると――ふと、後ろから頭を片手で掴まれ、動きを封じられた。
「アイネさん? こんなところで、何をしているの?」
優しさを装った声だ。本当はその裏にどれほどの怒りが隠されているか、知らないわけではなかったが、私も頭に血が上っていたのだろう。
「はあ? ステアさんには関係ないでしょ」
「あらあら、アイネさん。――ママと呼びなさいと、いつも言っているでしょう!?」
「怒るとこが違ががががっ!!!!」
ギチギチと、頭を片手で締められ、体を持ち上げられる。どんな握力してるの、この人。
「楽しそうだね! 僕も混ぜておくれっ」
本当に楽しそうに、小躍りしながら混ざってくるのは、赤髪の男だ。こちらは本当に遊びに来たような、締まりのない顔をしている。
「楽しくない! ギルデ、邪魔!」
「娘の邪魔、は聞き慣れているから、ノーダメージだ。それよりも。いつも、パパと呼ぶよう言っているはずだけどね? ――罰として、一週間、課題を増やしてあげよう」
「それだけはあああっ!?」
突然やってきたギルデに、いつものごとく、課題を増やされた。なんと、理不尽な世の中だろうか。
***
ロロとベルに邪魔をされ、ステアとギルデに怒られ、制裁を下された挙げ句、課題まで増やされた。割れた大地やら木やら外壁やらは、直しておいてくれたらしい。魔法でやれば、一瞬だ。
「はあ。何か楽しいことないかなあ」
自室で、適当にスマホを見ながら、ぼーっと過ごす。増えた課題は、今はやる気にならない。
「――ルクスチャンネル、また上がってる」
見るか見ないか、悩みに悩んで、見ることにする。
「革命教のみなさん、および、このチャンネルをご覧になっている主神教のみなさん、こんにちは。それでは今日も、革命教の布教活動に取り組んでいきます」
出だしはいつも通り。本番はここからだ。
「みなさんご存知の通り、革命教では、この僕、ルクス・ロゼッシュを信仰しています。突然ですが、僕の最近の悩みは、高齢の方の信者が少ないこと、なんです。動画配信だと、どうしても、若い世代が集まりやすいようで。何か、いい案はありませんかね、ナーア?」
「ボランティアでもすれば?」
「それはやってますね」
「じゃあ、高齢者向けの法律を出すとか――」
「それもやってますね」
「いっそ、高齢者を支援する企業を――」
「あー、三社起業して、子会社も増えつつありますね」
「……それなら、もう、脅すしかないんじゃない? もし、改宗してくれないなら、ボランティアも法案作成も会社経営もしないわよって」
「分かりました。僕が高齢の方に人気がないのは、ナーアのせいですね」
「は? なんであたしなのよ」
「次回の放送までに、反省文を五枚、提出してください」
「……え、マジのやつ?」
「はい。マジのやつです」
――まだまだ動画は続きそうだったが、飽きたので、ここでやめる。
「はあ、つまんない」
再生数と評価を見て、私はため息をつく。なぜこんなものが人気なのか、よく分からない。何が面白いのやら。
「……勉強しよう」
スマホを充電器に繋ぎ、ワイヤレスイヤホンをつけ、好きな音楽を聞きながら、ギルデから言い渡された課題を着々とこなしていく。
「よし、基本課題はこれで全部。あとは、日記と、読書感想文、写真撮影、国の改善案を三つ、それから自由研究と――はあ。こんなのやって、何になるんだろう」
でも、課題だから、やるしかない。
それから、私は二階にある図書室へと向かう。読書感想文用の本を探すためだ。
課題は二週間おきに出される。計画的に進めていたのだが、残りの一週間で三冊読めばいいところを、先ほどの一件で六冊に増やされてしまったため、一日一冊は読まなくてはならなくなった。
「どの本にしよう」
感想文は一冊につき、最低五枚。選ぶ本はどれでもいいが、ただのあらすじになってはいけない。採点者がギルデならまだ救いはあったが、残念ながら握力お化けのステアなので厳しい。
その上、選ぶ本の分野も偏らないようにしなくてはならない。となると、先に六冊選ぶ方が懸命だろうか。
「産業にも興味を持ちましょうって言ってたっけ。うへぇ、頭が痛い……」
とは言いつつ、比較的好きな、文学や歴史の本から探すことに決める。分類番号を見ながら、本を探し歩き――本棚の中の一冊に目をとめる。
「『血の皇帝 ~彼女の罪~』。……新しい本、入れてくれたんだ」
ステアが購入してくれたのだろう。分類は歴史となっていた。一冊はこれにしよう。
――そうして、六冊、本を選び終え、ふと、窓の外を見ると、いつしか、夜が明ける時間になっていた。
私は一度、外に出て、新鮮な朝の空気を肺一杯に吸い込む。それから、チェケという、写真をその場で現像してくれるカメラで、夜明けの空を撮影する。
「今日の写真、すっごく綺麗に撮れた……!」
夜明けの空は、この時間にしか見られない。なんだか、得した気分だ。
「綺麗な空――」
まだ星の残る空に、白い手を伸ばす。
「まだ全然、足りないなあ……」
私には、目指すべき目標がある。それは、あの星に手を届かせるよりも、はるかに遠い。
――曰く。歴史上、最も平和とされる王国、ルスファを、一夜にして一人で滅ぼした。
――曰く。世界のすべてを見通し、自身に仇なす者を、一人残らず粛清した。
――曰く。ミニチュアのごとく、世界の配置を弄び、地図を変えた。
それが、かつて、この国、メリーテルツェットを立ち上げた、『血の皇帝』。
彼女が、私の目指すべき目標だ。
「――いつか必ず、追い越してみせる」
読書感想文を一つ書き終え、今日の――正確には、昨日の日記をつける。
「よし、日記終わり。ギルデ、そろそろ起きてるかな?」
日記等の課題は、その日やった分だけ、毎日、ギルデこと、ギルデルドに提出することになっている。とはいえ、今日のように徹夜することも少なくない。そのせいで、授業中に寝てしまうのだが、それはともかく。
朝の訓練に取り組んでいるであろうギルデのもとへと、私は眠い目をこすりながら、足を進めた。