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ダスティーシティー  作者: エイトシー
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シェルター

 太陽の光がオレンジ色になりだし、防護服の外側を撫でる風が、少しずつ冷たくなっていった。


 「…そろそろ日が暮れそうだね」


 シオリが少し心配そうに呟いた。


 「…大体あと百メートルも歩けば、目的のシェルターに辿りつけるはず…」


 ショウタは、端末を眺めながら呟いた。


 「え?…簡易シェルターの場所って分かってるの?」


 シオリが驚いたように聞いた。


 「当然…と言うか、むしろ無計画にここまで来てたの?」


 「…なにぶん地図が古いもんで…簡易シェルターの場所まで分からないんだよ…」


 シオリは、自分の端末の地図をショウタに見せた。


 「…じゃあ、下手をするとその山盛りの食料はほとんど食べないままに数日過ごすことに…」


 「無理、この場でマスクひん剥いてでもご飯にするつもりだった」


 シオリは悪戯っぽく返した。


 しばらく歩くと、目標の簡易シェルターに辿りついた。このシェルターは、かつて新政府が汚染地域の復興、除染の拠点にするために点々と設置した物だ。現在ではそんな計画はほとんど無いようなものになり、随所に置かれたシェルターは放置された。しかし、簡易式とはいえかなり頑丈に作ってあるようで、見てくれはむしろ普段住んでいるシェルターより新しく見えたほどだ。


 「先に入ってていい?実はフィルターの期限が近くて…」


 ショウタは、申し訳なさそうにシオリに言った。


 「うん。私まだ余裕あるから、ここで待ってます、よっと…」


 シオリはそう言うと、近くに転がっていたコンクリートの塊に腰を下ろした。


 ショウタは、シェルターの扉を開け、中に入った。玄関は二重になっており、この玄関で除染をして、居住スペースを清潔に保つのだ。ショウタが玄関の扉を閉めると、すぐさまシューという音とともに、全身を特殊な薬剤のシャワーが覆い、同時に空気の入れ替えが行われた。そして数秒後、除染の完了を知らせる緑色のランプがぼんやりと輝いた。


 ショウタはゆっくりと防護服を脱ぎ、顔に張り付いたガスマスクをひっぺがした。そしてすぐに居住スペースへの扉を開けた。顔や、素肌に直接当たる空気が、驚くほど懐かしく、心地よく感じられた。と、すぐにシオリのことを思い出し、居住区と玄関を隔てるドアを閉めた。


 ショウタは、まず水道設備を点検した。蛇口をゆっくり捻ると、キラキラと輝く水が流れ出てきた。タンクの水は完璧に保存されているようだ。ショウタはすぐに鞄を開け、水筒を取り出した。ふと玄関をみると、またシューという除染の音が聞こえた。どうやら、シオリも中に入ったようだ。ショウタは水筒の中に蛇口の水を注ぎ、その水を一気に喉に流し込んだ。ひんやりとした水がまるで喉に吸い付くように流れていき、そのまま体を内側から涼しく、冷やしていった。ショウタは、ボトルに水を入れ直した。そして口に運ぼうとした時、扉が音を立てて開いた。見ると、顔にガスマスクを貼り付けたままの少女が立っていた。


 「あの、ショウタ!…ちょっと…あの、ガスマスクが…うまく外れなくて…」


 シオリは、頭の後ろに手を伸ばして、ジタバタと慌ただしくしていた。ガスマスクをつけたまま大袈裟に動き回る姿は、とてもコミカルに見えた。


 「…このままほっとけば、あの鞄の山盛りの食料は全部俺の物かな…」


 ショウタは、飲みかけた水をテーブルに置き、シオリに近づきながら言った。


 「げ…外道めぇ…」


 「冗談だよ、ほらじっとして…」


 ショウタは、シオリの後ろに回り込むと、ガスマスクの留め金に手をかけた。


 「ほとんど新品だ…だからパーツが硬いんだな…」


 「…そういえば、水道は無事だった?」


 「うん」


 返答と同時に、マスクの留め金が外れた。そしてその瞬間、ショウタはシオリの髪に気がついた。シオリの髪は、バッサリと短めに切られていて、少しボサボサで、明るい色をしていた。


 「…あ…ありがとう…それじゃあ失礼して!」


 マスクが外れた瞬間、シオリはさらっと礼を言うと、蛇口に向かって走った。そしてシオリは、蛇口から直接ガブガブと、豪快に水を飲み出した。ショウタは、そこで初めてシオリの姿を見た。とても痩せた体型で、腕や足は防護服を着ていた時の半分ほどになっていた。シオリは、自分のタンクトップに水が飛び散るのもお構い無しに、ジャバジャバと水を飲んでいた。ショウタはテーブルに置いてある自分の水筒を手に取り、ゆっくり水を飲んだ。少しして、シオリは水を止め、顔をあげた。


 「……っはぁーーー……何リットル飲んだだろ…」


 ショウタは、シオリの顔を初めて見た。少しそばかすが散っていて、飾り気こそないが、とても整っていて、目が大きい、可愛らしい顔をしていた。シオリも、ショウタの顔を見た。直後、目を細めてショウタに近づいた。


 「ねぇ…ショウタ…」


 シオリは眉を潜め、ショウタの顔をじっくり観察した。ショウタは、疑問と恥ずかしさで、心臓が飛び出そうだった。


 「なっ……何っ……かなぁ?」


 ショウタは、シオリの大きく綺麗な目や、タンクトップの胸元に飛び散った水染みから必死に目を逸らそうとした。


 「…ハナクソ付いてる…」


 シオリはボソッと言った。瞬間、ショウタは顔をサッと下に向け、鼻のあたりに手を持って行った。全身から汗が吹き出しそうなほどの焦りを覚えながら、必死に鼻の周りを撫でまわした。しかし、手にはなんの感触も無い。ふとシオリの顔を見ると、歯を見せながらニヤニヤと、さも満足そうに笑っていた。


 「ひっひっひ…ガスマスクの時に私を脅した罰じゃ…」


 シオリはニヤニヤしたまま。鞄を取りに行った。ショウタは、どっと体の疲れを覚え、絞り出すように一言呟いた。


 「げ…外道めぇ…」

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