ダイイング・シングス
どうもやたらに足が重い。右足を引き上げるのも、左足を踏み締めるのも、どうにもいつもより気怠さが伴っていた。ショウタは、昨夜見た悪夢をぼんやりと思い出していた。
「……よー!……よー!ってば!!」
ふと顔を上げると、シオリがこちらを向きながら後ろ向きに歩いていた。ショウタは咄嗟に、昨晩の悪夢で見たシオリの顔と見比べようとしたが、ガスマスクに阻まれてその表情は見えなかった。
「……そんなあからさまに落ち込まないでよ……別に何か無くした訳じゃなし……」
少なくとも、声はいつも通りの明るい声だった。
「……別に落ち込んでる訳じゃない……ただ、無性に胸の奥が痛くてねぇ…」
ショウタは少し強がりを言った。
「か……帰ったら湿布か何かを…」
シオリの申し訳なさそうな声色に、ショウタはほんの少しだけ笑った。
二人は再び、日が西に傾き出した旧都を、シェルターに向けて歩き出した。行く時と同じように、帰り道も二人は会話を続けながら、廃墟と廃墟の間を縫うように歩いていた。しかしショウタだけは、東京タワーへ向かうときには感じなかった気まずさをぼんやりと感じていた。そして、その気まずさをシオリに悟られないよう、努めて明るい口調で話し続けていた。
「…うーん……でもやっぱり邪道感が拭えないんだよね…リアルロボット的じゃない…」
ショウタの発言に、シオリがあからさまにムッとした。
「それは”リアル”をどの程度と置くかの問題に過ぎないと思うけどなぁ…極端に言うなら、巨大二足歩行ロボットも、サイコフレームと同じようにフィクションの産物に過ぎないんだから…」
語気を強めてシオリが反論した。ショウタは、低く唸りながら迎撃の言葉を考えていた。が、間髪入れずにシオリの追撃が飛んできた。
「何よりッ!、変形して等身が伸びて、おまけにキラキラ発光するロボットは総じてかっこいいでしょッ!」
シオリの声が廃墟にこだまするのを聞きながら、ショウタは自分の敗北を悟っていた。
その時だった。シオリの残響の向こう側で、何かがぶつかり合うような、低く小さな衝撃音が断続的に続いているのを、ショウタは感じとった。ショウタは、その音の正体を確かめようと、じっと耳をすませた。
「おやおや〜?…ショウタく〜ん、認めたらどうだい?…自分自身の、若さ故のあやま…」
「しっ!、静かに…何か聞こえない?」
ショウタは、シオリが茶化すのを遮った。しばらく、聞き馴染みの静寂が訪れた後、聞きなれない不可解なドン…ドドン…という音を、二人とも確かに感じとった。
「……機械にしては規則性が無さすぎるよね?」
「まさか、私たち以外にも人間がいるとか?」
「……そんな…」
自分達のことを考えると、あり得ない話ではなかった。ショウタは、道を外れて音のする方へと進んでいった。
「ちょっと!…探しに行ってどうするの?」
「もしかしたら人間で、助けが必要かもしれないだろ!…倒壊寸前のビルに鞄を引っ掛けてるかも…」
「……うー…」
シオリが不服そうに唸ると、ショウタのあとをついていった。
かつて家だったであろう瓦礫の山を、二人は縫うように進んでいった。音は、少しずつ大きく、不気味になっていった。二人が、粉々になったアパートから路地に入ろうとすると、一際大きくドシン…という音が響いた。どうやら、音の主はこの路地にいるようだ。二人はそっと、瓦礫の影から路地を覗いた。すると、その向こう側に、痩せ細り、まるでボロ雑巾のようになった四つ足の生き物の姿が、2つあった。二匹とも、どす黒く赤い血に染まっており、片方は地べたにその体を横たえていた。どうやら、音の正体はこの二匹がぶつかり合う音だったらしい。
「…犬……かな?」
シオリが、ショウタにそっと囁いた。ショウタは、目を細めてその生き物を凝視した。ズタズタになっているが、確かにその二匹は犬だった。
「…昔飼い犬だったのが、生き残ったのか…」
ショウタがそう呟いた時、立ち上がっている方の犬が横たわっている犬に近づき、その腹を噛みちぎった。そして、そのままバクバクと、噛み切りにくそうに咀嚼を始めた。食われている方の犬からは、ここからでもわかるくらいにどす黒く、光沢を帯びた臓物がドロドロと溢れ出していた。シオリは低く呻くと、さっと顔を引っ込めた。少し遅れて、ショウタもそっと顔を引っ込めた。
「大丈夫?」
ショウタが、シオリを気遣った。
「…これ以上は吐きそう……」
唸るように小さな声で、シオリは言った。二人は、足早にその場を後にした。
「…こんな場所でも、まだ生きていける生き物がいるんだね…」
まだ気持ち悪そうに、シオリが言った。
「…まぁ、どんな毒素のある場所でも、適応できる生き物は存在するからね…」
「……でも、あれじゃ”生き残った”とは言えないかもね…」
「……どういうこと?」
「あの二匹は、共食いをしなきゃいけないほどガリガリだった……例えあれが順応した結果だとしても、他の生き物のいない場所では、もう生きられない……」
シオリの言葉が、少しずつ強くなっていった。
「でも、もしかしたら他にも順応できる生き物がいて、そこで食物連鎖が成り立つかも…」
「……あんな風になりながら、それでも生き延びたいと思う?」
ショウタは、言葉に詰まってしまった。あの二匹の犬は、もうおおよそ生き物と呼べるものではなく、怪物や化物に近いように感じられた。
「……その意味では、もはや適応不可能な私達は、幸せだったと言えるのかも……」
シオリの声が、また段々と小さくなっていった。しかし、ショウタはその声に、諦めにも似た清々しさを感じていた。ショウタはなんとかして反論しようと試みたが、どうしても言葉は出てこなかった。
「……ダイイング・シングス…」
シオリは、小声でボソリとつぶやいた。
「ん?……なんて言ったの?」
「…ほら、”生き物”のことを英語で”リビング・シングス”って言うじゃん…」
ショウタは、なんとなくシオリの意図を読んだ。
「でも、私たち人類は、もはや『生きていく者』っていう感じじゃなくて、むしろ」
「『死に行く者』…」
シオリの言葉に続けるように、ショウタはボソリと呟いた。
ようやく二人は、道を外れる前の場所まで戻ってきた。そこには、数十分前に聞こえていた不気味な音はなく、また聞き馴染みの静寂だけが広がっていた。




