09 鬼一口
覆灭の結び神~ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?~
第9話になります。
動きを見せた謎の少女…
どうぞ宜しくお願い致します。
周囲の明かりが消え、闇が視界をジャックする。
それと同時に脳裏を過ったのは、あの少女の顔だった。
「くそ……ッ!」
浮波城は、毒づきながら大地を蹴る。
地を這う巨木の根に足を取られそうになりながら、薄暗い森の中を彼は一心不乱に走った。
「せ、センパイ!?」
後輩の声が背中を叩くが、当然無視する。
今は、立ち止まって説明している場合ではない。
ジルバールの読みがもし当たってしまっていたら……、この暗闇に乗じて『裏切り者』たる少女が、彼を始末しようとするかも知れないのだ。
その最悪な予想は、やがて現実として暗順応を終えた浮波城の双眸に飛び込んで来た。
少女がジルバールの首筋に刃を向けている―――。
「……ッ!」
幸い、向こうはまだ此方の存在に気付いていない。浮波城は脇目も振らずに加速した。
そして、あっという間に二人に接近する。
少女も此方の存在には気づいた様だが、一歩遅い。
僅かに目を見開く少女に構わず、浮波城は『神器』を振るって彼女の手から武器を叩き落した。
地面に落ちたそれは、出原の『神器』である。奴が横着して置いて行った為、凶器に利用されたという事だ。
「あのデブあとで説教だな」
「え、なんで!?」
毒づくと、追いついて来たらしい出原の焦り声が聞こえて来る。
しかし、説明している時間はない。
浮波城は、拾い上げた短剣を後輩へ放り投げると、ジルバールに声をかけた。
「無事かジル? 正直半信半疑だったが、お前の予想当たったみたいじゃねぇか」
「そうみたいだね……」
「どうするのが正解だ? クソ手帳は『見つけたら良い事ある』つってたが……」
剣を構えたまま、ジルバールに問う。勿論、少女からは目を離さない。
彼女は右手首を抑えながら無表情で此方を見つめていた。
敵対勢力と相対しているというのに、彼女の瞳からは『怒り』も『怯え』も何も感じ取れない。まるで人形と睨めっこをしているかのようだ。
深海のように碧く綺麗な瞳。
気を抜くと、視線をそこに吸い寄せられてしまう。どころか、意識すら引きずり込まれる様な錯覚を覚える。
空恐ろしい感覚に生唾を飲んでいると、ジルバールの見解が鼓膜に届く。
「裏切り者だと発覚した時点でOKならこの時点で何かしらの『利』が僕らに発生している筈だけど……。そんな様子はないしね。あと考えられるのは、『拘束する』、『どこかにつき出す』、『殺す』辺りかな?」
「殺すてお前」
「元々、ヤバくなったら見捨てる手筈だったろう?」
「……とにかく『拘束する』か、無理なら逃げんぞ」
「だね。そして、そうするなら……」
ジルバールの意図を察し、浮波城は出原へと声を張り上げた。
「出原! 『神器』使え! 思い切りだ!」
「へ?」
「いいから!」
「は、はい!」
彼は此方の思惑を理解していない様子だが、構わず急かす。
出原は慌てて『神器』を構え直した。
今のやり取りで、少女の出原に対する警戒心は上がってしまっただろうが、あれは非常に避けるのが難しい『能力』だ。
まさに所見殺し。発動さえすれば、その場で片が付く。
故に浮波城は露骨に少女との距離を詰めた。出原へ接近させない為にだ。
逆に、ジルバールは大きく距離を取り、出原の能力適応範囲外まで後退する。
この独特な陣形に嫌なものを感じ取ったのか、少女は浮波城から離れようとしたが、それは逆に好都合だった。
出原との距離が離れるのであれば、作戦の成功率が跳ね上がる。
「よ、良く分かんないけど、やっちゃいますよぉ?」
力を溜め終わったらしい出原の発言―――。
浮波城達は勝ちを確信する。
直後だった。
ドオォォォォォオオオン!!
凄まじい爆発音と衝撃が巻き起こったのは。
「……!?」
一瞬何事かと思ったが、直ぐにその答えは視界に移り込んで来た。
状況を正しく認識して、浮波城達は思考が止まる。
御神木が……その巨大な幹が、此方に倒れて来ているのだ。
これまで魔物から守って来てくれた神の守り木が、今度は自分達の命を脅かしている……。
この質量の下敷きになれば命はないだろう。
そんな事は、流石に浮波城にも分かった。
十中八九、少女の仕業だ。
この位置では彼女自身も巻き込まれてしまうが、それを承知で捨て身の攻撃に出たという事なのだろう。
「くそ……ッ!」
毒づきがら、浮波城は少女の方を見た。
―――そして、丸く見開かれた碧色の双眸に瞠目する事になる。
「は……?」
訳が分からなかった。
何故少女が驚いている……?
大木で自分ごと圧し潰そうとしているのではなかったのか。
見当違い?
さきの爆発と彼女は無関係……?
極限状態故なのか、活性化した脳がいくつもの疑問を上げ連ねる。
しかし、脳は可能性を列挙するだけで、身体への信号を放棄していた。
そんな浮波城の耳に、親友達の絶叫が届く。
「浮波城―――!!」
「センパイ、逃げて!」
「……! おおっ!」
瞬間、浮波城の意識が肉体に戻る。
まず何より先に、放心している少女を突き飛ばしていた。
そして、自身もまた土を蹴り、前方に飛び込む様に倒れ込む。
途端に、つま先のすぐ先に、暴力的なエネルギーを感じた。
その正体が御神木の幹である事は、見ずとも分かる。
ギリギリのところで直撃を回避できた……。
そう理解した直後、地響きが発生。爆発染みた衝撃が、腹から身体を突き上げた。
まだ、身体が地面に触れてもいないのにだ。
浮波城達は直後発生した突風に、まるで風船のように吹き飛ばされてしまった。
身体に凄まじい風圧と、轟音が襲い掛かる。
無理矢理風を突っ切っているのだから当たり前。
最早絶叫さえその轟音に掻き消され、叫べているかどうかも分からなかった。
そんな馬鹿げた勢いでの空中旅行は、やがて終焉を迎える。
何度か茂みに突っ込み、土の地面に落下する。
ゴロゴロと転がり、漸く静止した所で遅まきながら痛覚が追い付いて来た。
「~~~! ッテェ……」
浮波城は、呻きながら頭を抱えて起き上った。
自身の状態を確認し始める。
一応体は動く様だ。
勿論、痛くて動かしづらくはあるが、物理的に動かせない様な箇所はない。打撲や切り傷程度で、骨折などはしていないのだろう。
『神器』も手元にある。
よく手放さなかったものだと感心するが、今はそれどころではないと、周囲を見渡した。
ここに御神木の光はない。いつ、魔物が血肉を求めて襲ってきても不思議ではないのだ。
そして、何より―――。
浮波城は、視線の先に目的の人物を捉える。
自分と同じように吹き飛ばされて来たであろう、黒髪少女だ。
恐らく『裏切り者』であり、実際暗闇に乗じてジルバールを手にかけようとした危険人物。
彼女の目的が『異界人の始末』であるなら、この場で浮波城にも襲い掛かるだろう。
故に、一刻も早く彼女の状況を確認しておく必要があった。
少女は、前方の茂み付近で、うつ伏せになって倒れている。
動く気配はない。
気を失っているのか……。
あの衝撃に巻き込まれたのだから無理はないが、油断は出来ない。そもそも、彼女は意識が戻らないフリをしていた可能性が高いのだ。
浮波城は、警戒しながら少女の元へと近づいて行った。
そして見下ろす。
眉毛をハの字にしながら瞳を瞑る少女の顔が目に入る。表情が確認できるほど近づいても、彼女は瞼を上げなかった。
これで『演技です』はかなり非合理的だ。気絶したフリで接近を許すより、相対して睨みを利かせた方が遥かに旗色が良いだろう。
だから、多分、きっと、彼女は本当に気絶している。
「チャンス……だよな。これ……」
頬に汗がつたう。
今、始末してしまえば『脅威』を一つ排除できる。
先程とは状況が真逆だ。狙われる側から、狙う側へと転じている。
無意識に、大量の唾を喉の下に送り込んでいた。
この場に出原はいない。確実な拘束は不可能。
浮波城は、その白い首に視線を固定し、右手に握った『太刀』を天に掲げた―――。
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