04 少女
覆灭の結び神~ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?~ 第4話です。
お時間ある際にご一読いただけますと幸いです!
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ドクン、ドクン。
と、心臓が大きな音を立てている。
自分が緊張しているのを自覚しながら、浮波城は大きく空気を吸い込んだ。
脳に酸素がいきわたり、狭窄気味だった視界がクリアになる。
ついさっきまで、高揚感すら覚えていた筈なのにこのザマだ。
肝っ玉の小さい出原や、最初に『奴』と会敵するジルバールの緊張はひとしおだろう。
現在、浮波城達は、奴……黒い魔物の『ボス』を迎撃する為の陣を敷いている。
ネタの割れているジルバールが正面に立って気を引き、少し離れた場所で待機している浮波城と出原が『神器』の攻撃を叩き込むという作戦だ。
仕留めの能力がまだ未確認という不安材料はあるが、試している時間はない。今は不透明なソレに賭けるしかない。
「……来たようだね」
閑散とした空気の中、ジルバールが、静かに呟く。
瞬間、場の空気がひりついた。
彼の宣言通り、茂みから物音が聞こえ始める。明らかに風の仕業ではない。意志を持った生物が、草木に身体を突っ込んでいる音……。
そして―――。
ヌッと、黒い『何か』が木陰から飛び出した。
一目散に飛んで来たソレを、ジルバールは受け止める。あからさまに水を纏わせた『神器』から激しく水飛沫が舞い―――。
ようやく視界に収まった襲撃者は、やはり『ボス個体』だった。
どうやら、流された事を相当根に持っているらしく、見るからに獰猛さが増している。
鋭い牙からは絶え間なく涎が滴っており、そんな相手と、ジルバールは必至に斬り結ぶ。
少々押され気味ではあるが、十分互角の戦いを繰り広げている様だ。
少なくとも、浮波城の目にはそう見える。
しかし均衡は、そう長くは続かなかった。次第に奴の黒腕が、ジルバールの身体を掠め始めたのだ。
そして、遂に黒い刺突が、彼の脇腹を喰い破る。
「ジルさん!」
「動くな出原! 力溜めてろ!」
駆け出しそうになった出原を、浮波城は制した。
「なんで!?」と目で訴えて来る後輩に、眼力で「いいから!」と告げる。
気持ちは分かる。
だが、アレは掠り傷だ。その証拠に、ジルバールからヘルプの声は飛んでこない。作戦を中断する程の怪我ではないのだろう。だから、彼は痛みに耐えて戦い続けている。
ここで駆け寄るのは、それこそ、ジルバールの苦労を無に帰す行為だ。
そう自分に言い聞かせながら、浮波城は今にも地を蹴りそうな足を必死に押さえつけた。
そして、平常心を保つために『神器』に意識を集中させる。
『ゴゴゴゴ』。
そんな抽象的な表現しか出来なかった『何か』が、どんどん具体的になっていくのを感じる。
恐らく、これは熱い物体だ。そして、手で掴めるようなものでもないだろう。
触れた者を例外なく食い破り消し炭にする、まるで溶岩のような暴力的なエネルギー。
そんな物が、この剣の中では蠢いている。
これをぶつければ、奴も―――。
そんな事を考えていた時だ。
渦巻く特大の水球が、天を向いた細剣の先から解き放たれた―――。
今まで目にしたジルバールの攻撃の中でも格段に大きい。いや、横の範囲だけで言えば先程の水流の方が広かったが、今回は圧縮した上でこれである。
間違いなく、攻撃開始の合図だろう。
「セ、センパイ……!」
「ああ、準備しろ、出原!」
浮波城は、視線をボス個体へと向ける。
次の瞬間、水球が放たれ、魔物と激突―――。
凄まじい衝撃が場に轟く。
だが、ギリギリで此方が優勢の様だ。魔物はジルバールの攻撃を受け止め切れず、押し出される形で後退していく。しかし、ある程度の所でピタリと停止。
奴はクロスしていた両腕を思い切り広げ、その衝撃で水を霧散させた。
四方八方に雫の弾丸が乱射され、敵味方構わず飛来する。
そんな中で、浮波城は見た。
まだ昼間だというのに、乱舞する水飛沫の隙間から、不気味に歪む三日月を。
それは両端が異様に吊り上がっており、内側には無数のギザギザが付いている。そのギザギザからは、絶え間なく粘り気のある液体が垂れていて―――。
―――邪悪な笑みが、魔物の顔面に張り付いていた。
そのマヌケな顔を、驚愕と後悔に変えてやる。
心の中でそう叫びながら、浮波城は駆け出した。
「うおぉぉおぉぉおおぉぉお!」
はち切れんばかりに雄叫びを上げ、全速力で距離を詰める。
ギョッと、奴が此方を振り向いたが、もう遅い。既にジルバールの横まで到達した。
感覚的に、この距離で開放するのが最適解だ。
「喰らえぇぇぇええぇえ!」
『神器』に内包されている力。
それをぶつけるべく、浮波城は剣を振り抜いた。
次の瞬間、黒々とした魔物が、紅い『何か』に包まれた……気がした――――。
しかし、実際はそんな物が飛び出す事はなく……。
「―――⁉」
次の瞬間、この場を蹂躙したのは大きな『重み』だった。
浮波城は、四つん這いになりながら呻き声を上げる。
「な、なんじゃこりゃ……⁉」
背中に物体が乗っている訳ではない。まるで、空気そのものが重くなったかの様な……。
「これは……重力……⁉」
「そ、それだ……!」
「で、でも、一体誰が……?」
そ辺りを見渡すジルバールに倣い、浮波城もどうにか首を巡らせる。
見た所、出原も含め、この場にいる全員が重力の餌食になっているらしい。
となると、第三者の介入の線が濃厚か。漁夫の利を狙って、自分達が潰し合い、消耗した所で重力を……。
そんなふうに考えたタイミングで……。
「す、すんません。多分、俺ッス……」
出原が地面に顔を擦りつけながらおずおずと白状した。
その告白に、浮波城は素で驚く。
「はぁ!? じゃあ、なんで俺らも巻き込んでんだよ! てかお前も!」
「し、知らねッスよ! 全力ぶっぱしたらこんな感じに……!」
「まあ、初めてじゃコントロールがつかなくて当然だよね」
「お前は即効使い熟してただろうが……!」
諫める幼馴染に噛みつくと、彼は真剣な表情で次の様に続けた。
「話は変わるけど、コレはチャンスだ」
「なんで!?」
「奴らは出原君の重力のお陰で動けない」
「そりゃ、俺達も同じ事だろ!」
いったい何を言っているんだと、浮波城はジルバールを睨みつける。けれど、彼は落ち着いた様子で、どうにか魔物達を指差した。
「見てくれ。どう見ても、僕らと魔物では重力のかかり方が違うだろう?」
「……!」
言われて、ようやく浮波城は気が付く。
確かにそうだ。自分達は四つん這いになっている程度だが、三体の魔物達は、四つん這いになった上で手足が地面にめり込んでいる。
それどころかたった今、待機していた二体が、重圧に耐えきれずに潰れて死んだ。
浮波城は出原に尋ねる。
「お前、そんな細かく調整できんなら、俺ら巻き込まずに済んだんじゃねぇのか……?」
「いや、んな器用な事してるつもりないんスけど……」
「なら無意識か、そもそも『神器』が魔物に効きやすく出来ているかだ。どちらにしても、好都合だよ」
ジルバールの言葉の意図を、浮波城は汲み取った。
「確かに、向こうが動けねぇ状態で俺らが動けりゃ、一方的にリンチできんな」
「うん。出原君にはこのまま重力をかけ続けて貰って、僕と君でどうにか接近するのが良いと思うけど……」
ジルバールは、ここで歯切れ悪く言葉を詰まらせた。その作戦のどこに不都合があると言うのか。そんな疑問を呈する前に、彼は答えを口にする。
「生憎、僕は『神器』を使い過ぎてしまったみたいでね。とても、この重圧中を動けそうにない」
確かに、ジルバールはかなり水の力を行使している。
彼や出原とは違い『神器』の力を発動させた事のない浮波城には、具体的にどのくらい疲れるものなのか見当も付かないが、幼馴染が人一倍疲労を貯め込んでいる事くらいは想像できる。
「だから、君に頼んでいいかい? あの魔物の討伐を」
「はっ、訊くまでもねぇだろうが、そんな事」
どちらにせよ、ここまで来てアレを倒さない選択肢はない。
勿論、『神器』の使い過ぎで疲れているのもそうだろうが、そもそもジルバールは負傷し、血を流しているのだ。
ならばここは、一番動ける浮波城が行くべきだろう。
浮波城は早速、地面を這いずり始める。
一応、前進することは出来ているようで、遅々とした速度ではあるが奴との距離が縮んでいく。たまに落ちている大きめの石に皮膚を傷つけられるが、コンクリートでないだけまだマシだ。そう思いながら、彼は草むらに長細い跡を付けて行った。
そして、ようやく『ボス個体』が陥没しかけている地点までたどり着く。
奴は浮波城の気配に、ゆっくりと頭部を持ち上げた。
先程迄吊り上がっていた口先は見る影もなく垂れ下がっており、必死に重力に耐えているのが伺える。
「へ、ようやくテメェの良い表情が拝めたじゃねぇか」
その言葉を、奴が理解できたのかは分からない。
しかし、ニュアンスは伝わったらしく、猛々しく吠えようとしてくる。
だが、魔物の口から漏れ出たのは「グルㇽル」という呻き声だけだった。
「大口のテメェが碌に口を開けられねぇってのも、皮肉な話だなぁ」
言いながら、浮波城はどうにか片膝を立てて、上半身を最低限起こした。
そして、プルプル震えながら、ゆっくり時間をかけて『神器』を頭上に構える。とても片腕では持ち上げられなかったので、両手でだ。
「ガウ……! ギギギ!」
途端に魔物が暴れ出す。
いや、暴れられてはいない。ただその場で、ジタバタと身体を捻らせるのみ。
それは正しく、死を恐れる根源的行動だ。
どうやら、本当に、自分達はこの魔物を追い詰めているらしい。このまま剣を振り下ろせば致命傷を与えられる。その事を、他でもない、奴自身が証明したのだ。
浮波城は、安堵しながら呟いた。
「正直、泥だらけだし、むちゃくちゃ不細工な格好だけどよ……」
「ギ……、ギギ」
最後に聴いた魔物の声は、まるで命乞いをしているかの様だった。
「終わりだぜ、バケモン―――」
だが、そんなものに耳を貸す余裕はない。
浮波城は生き残る為に、目の前の生物へ刃を振り下ろした。
ドスン。
………斬撃とは思えない音が轟く。
出原の重力により、斬撃が加速した結果だろう。あれだけ硬かった魔物の身体を強引に斬り裂いた上で、刀身が地面に埋まっている。
断末魔は聞こえなかった。それを発する余裕もなく、絶命したからだろう。
重力への抵抗を完全に忘れた亡骸が、血の海に沈んでいる。
「ハァ……ハァ……」
浮波城は肩で息をしながら『神器』を手放す。
そして仰向けに、大の字に倒れた。
その時には既に重力は解除されており、ジルバールと出原が慌てた様子で駆け寄って来る。
「浮波城!」
「センパイ!」
しかし、彼等の心配をよそに、浮波城は右手を空高く持ち上げた。そして、感慨深そうに呟く。
「生き残ったな。俺ら……」
その一言に、ジルバールらも実感が立ち込めて来たらしい。顔を見合わせ、気の抜けた笑みを浮かべる。
「そうだね。お疲れ様」
「今日のMVPは俺ッスねぇ!」
「バカ。とどめ刺した俺に決まってんだろ」
「俺の重力ありきでしょ! てか、重力って良くね? カッコよくね?」
なんて言い合っていると、話しを切り替える様に、ジルバールが手を叩いた。
「さてと、身体に鞭を打って移動しようか。流石にここに留まるのはマズイ」
「確かに、別の群れに襲われたらアホだしな」
「大丈夫ッスよ! 俺の重力で一網打尽ッス!」
「ちゃんと敵だけに当てられたらな! てか、それフラグだからやめろ」
完全に浮かれた様子の出原に、浮波城がツッコミを入れた瞬間だ。
パリィィィィィイイイン―――!
不意に背後で大きな音が鳴った。ガラスが割れるような音だった。
「な、なんだ!?」
振り返ると、空間の一部が歪んでいるかの様な……。そうとしか表現できない、光景が広がっていた。
そこを起点に、周囲の空間が割れていく。
まるで、何かが出て来ようとしているかの様だ。
「お、俺、こんなんアニメで観たことある……」
青い顔をする後輩を、浮波城は責め立てる。
「だから言ったろ馬鹿出原! 綺麗にフラグ回収しやがって! 絶対、アレ魔物出て来るからな!?」
「いや、今のはどっちかっつーとアンタじゃね!? アンタのメタ発言の所為じゃね!?」
「いいから! 二人共『神器』を―――」
ジルバールが言い切るより先に、ソレは姿を現した。
ボトリと、人影が空間の歪みから落ちて来る。大した高さからの落下ではなかったが、地面に転がったソレは、ピクリとも動かない。
「なんだ……? アイツ。魔物じゃねぇのか?」
人型という事で一瞬嫌な記憶が蘇ったが、ソレは本当に人間であるようだった。
先程のシルエットだけ模した紛い物とは訳が違う。
完璧に同年代の女の子に見える。
正直、拍子抜けではあるが、まだ油断はできない。
浮波城達は互いに頷き合って、倒れている少女に近付いていった。
無論、『神器』を手にした状態でだ。
何事もなく、少女の元までたどり着く。
そして、三人してある違和感に気が付いた。
「え、あれ?」
「おい、こいつは……」
彼女の服装に、異常なまでの既視感を覚えたのだ。
それが正しいと証明するかのように、ジルバールはゆっくりと頷き、告げた。
「この制服……、間違いない。彼女は僕等と同じ『千三高校』の生徒だよ―――」
お読みいただきありがとうございました!
ようやく女の子の登場です……。次回より、物語がまた進みますので、よろしくお願い致します。
今回は3人のスペックの優劣を書きます!
成績
ジル>>>浮波城、出原
体力
浮波城>>ジル>出原
腕力
出原>>浮波城>ジル
足の速さ
浮波城>ジル>>出原
図太さ
出原>浮波城>ジル
モテ度
ジル>>>浮波城>>>>>>>>出原
人望
ジル>>>>>>>>>>浮波城、出原