03 初戦
覆灭の結び神~ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?~
第3話の投稿になります。
わかりずらいシーンや設定が御座いましたらご指摘いただけます幸いです。
よろしくお願いいたします。
『魔物』。
その単語を知らぬ者は、多感な時期である高校生はいないだろうが、どの様なモノを想像するかは意外と千差万別なのではないだろうか。
狼やトカゲに近い姿の動物型だったり、スライムや大岩等の無機物だったり、ド直球にドラゴンを思い浮かべる者もいるかも知れない。
とにかく、人外ならその分類に入れてしまって良いと言うのが、現代日本人の一般的な認識である筈だ。
ならば、やはりこの黒い人型も、『魔物』と呼ぶべきなのだろう。
浮波城は、ジルバールや出原と背中合わせになりながら、自分達を取り囲む化物共を見渡した。まるで人間の影が実体を得て蠢いているかの様だ。
ハッキリ言って不気味でしかない。
浮波城は嫌な汗をかき、奴らを刺激しない様に呟いた。
「オイオイオイ、何だよ……こいつら」
「お出ましのようだね……。それにしても、アレが『魔物』か。現物はああいう感じなんだね」
ジルバールは、妙に暢気な感想を述べた。
いや、そう感じてしまうのは、既に彼が『神器』の力を開放しているからだろう。
もう少しお前等の登場が遅ければ、俺達も神器の力を試す事が出来たのに……。
と、そんな感情を視線に乗せながら、浮波城は化物共を睨みつけた。
次の瞬間―――ガパッと、魔物共が大口を開ける。
「―――!!」
瞬間、背筋が凍った。
のっぺらぼうな黒い顔の中に不意に出現した、生々しい赤。
そして、淵に生え並ぶ鋭い歯の群れ。
それらが、口しか持たないと言う事の意味を、如実に知らしめてきのだ。
浮波城は、手帳の言葉を思い出す。
「人を喰う化物か……。だから口以外は要らねぇって? ストイック過ぎんだろ……」
まるで人を喰う為だけに生を受けたかの様な存在。
そんな相手に取り囲まれているのだから、恐怖以外の感情を抱く訳がなかった。
だというのに、幼馴染は冷静にこんな提案をしてくる。
「……選択肢は二つだね。『全て倒す』か、『一体だけ倒して逃げる』か……」
「た、『戦わずに逃げる』てのは……?」
「囲まれてんだぞ? 無理に決まってんだろ」
震え声で第三案を口にした出原に、浮波城は渋々現実を突きつけた。
正直魅力的な提案ではあるが、現状では机上の空論だと言わざるを得ない。
彼等が生き残るには、敵を全滅させるか、最低限倒して逃走経路を確保するしか道はないのだ。
「たく、狂ってんな……。最悪の二択だぜ。いや、実質一択か……」
クリャリと、浮波城は頭を掻き毟る。
結局、戦闘が避けられないのなら、より戦わなくて良い方を選ぶべきだ。しかし、理屈では分かっていても、受け入れられるかどうかは別問題だった。
「……僕が仕掛けるから、君達は全力で走ってくれ。僕も直ぐに走る」
「ジ、ジル……」
浮波城は、幼馴染の胆力に唖然とする。
どうして、お前はそんなにも早く判断を下せるんだと。
確かに彼は頼りになる男ではあったが、これはいくら何でも度を越している。
「代案がないならこの作戦でいくよ。いいね……?」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ……! 展開が早ぇんだよ! 心の準備が……」
「そうッスよ! 怖くないんスか、ジルさん!?」
もういっそ実行してしまいそうな勢いの彼の腕を、出原と共に必死に掴む。
しかし、途端に振り払われてしまった。
思いがけぬ反撃に、浮波城は目を見開く。そして、見る。彼の顔を。その慟哭を。
「怖いよ……! 怖いに決まってる! でも、そんな事言ってる場合じゃないだろう! 怖がったら、奴らは消えてくれるのかい!?」
「そ、それは……」
「奴らは今も近づいて来ている! これ以上接近されたら、乱戦に成らざるを得ない!」
「……ッ!」
確かに、魔物達の距離が縮まる程、遁走を図る為の抜け道が狭くなる。
動くなら絶対に早い方が良い。
嫌でも何でも、覚悟を決めるしかなかった。
「クソが……ッ! やるぞ、出原!」
「えぇぇええぇええ!?」
「えええ、じゃねぇ!」
半ば八つ当たりをする様に後輩を怒鳴り散らした後、浮波城はジルバールに目配せをした。
彼は、さっそく細剣を一体の敵に向ける。
挑発とも取れる行動ではあるが、その個体の進行スピードに変化は見られなかった。目がないことが幸いしたか、それともその様に解釈する脳がないのか……。
どちらにしても都合が良い。
浮波城は、息を呑みながらその瞬間を待った。心臓の音が、ドクンドクンと、秒針を刻んでいる。
そして―――。
「いくよ……。走れ!」
ジルバールの鋭い声が空を切った。
駆け出すと同時に、刀身からビーム状の水が発射される。
それは恐ろしい速度で浮波城達を追い抜き、あっという間に魔物の胸に吸い込まれていった。
ドスッという快音が鳴り響く。
「ギギ……ッ」
そんな音が聞こえる。いや、恐らくは声。胸を貫かれた個体の断末魔。
そうであれと願いながら、浮波城達は包囲網に突っ込んでいった。
同時に、穴あき個体が倒れる。
「お、おお! 倒してる!」
「よっしゃ! ジル、早く来い!」
それを見て、二人はつい足を止めてしまった。
瞬間、ジルバールの焦り声が飛んでくる。
「止まるな! 早く行くんだ!」
「へ?」
間抜けな声を出す出原より一瞬早く、浮波城はその存在に気が付いた。
「出原!」
叫んで、慌てて後輩を突き飛ばす。
そして、迫って来た長細い何かを、寸での所で受け止めた。
それは、爛々と輝く牙だった。
涎まみれの舌だった。
此方を喰おうと躍起になっている魔物の口が、そこにはあった。
「……ッ!」
『神器』に顔面を裂かれながらも、魔物は牙を剥いて来る。
何度も、何度も何度も何度も、どれだけ自分の血が流れようと、怪物は舌なめずりをやめようとはしなかった。
「セ、センパイ!?」
「立て出原! 他の奴も来るぞ!」
その予想は当然的中する。側面にいたもう一体が、出原目掛けて飛びかかったのだ。
だが彼は尻餅を付いたまま動かない。青い顔で「ヒィィイ」と悲鳴を上げるのみだった。
「チィィッ!」
舌打ちをしながら、浮波城は力を振り絞る。
眼前にいる個体の顔面を無理やり押し返し、乱雑に太刀を振り抜いた。鋭い刃が、汚らしく魔物の頭部を喰い破る。
そして、碌に生死も確認せぬ内に、思い切り『神器』を投擲した。
一直線に飛んで行ったそれは、出原を襲う個体の頭部に突き刺さった。
ドサリと、魔物が倒れる。
「ゼ、ゼンバァァァアアァァイ‼」
「ウゼェ、引っ付くな!」
浮波城は、泣きついて来る100キロの巨体を振り払いながら、辺りを見渡した。
どうやら、残る敵は三体の様だ。
その内の一体と、ジルバールは交戦している。
しかし、少し様子がおかしい……。
何故か、他二体は戦闘には参加せず一定の距離を保っているのだ。
接近しても無反応で、加勢すべく走り出した浮波城は、遂にその個体を素通りした。
「来るな!」
瞬間、ジルバールから制止の声が飛んで来る。
「コイツは他とは違う……! 僕が相手をしている内に逃げるんだ……!」
「あん!?」
確かに、その個体は、これまでとは少し規格が異なるようだ。
まず、背丈が少し大きい。他が大体160㎝前後だったのに対し、165㎝はあるだろう。そして、手足が若干筋肉質だ。何よりの相違点が体表の色で、漆黒に近い灰色をしている。
実際ジルバールが苦戦している事からも、他より強力な存在である事は明らかだ。恐らくは、リーダー格の個体だろう。
しかし―――。
浮波城は彼の言葉を無視して、『ボス個体』へ斬りかかった。
瞬間、カキィィインという音が空気を震わす。
「かってぇ!?」
鋼鉄じみた硬度の皮膚に、浮波城は思わず苦悶の声を上げた。弾かれた刀身も小刻みに振動している。それだけの激突だったにも関わらず、奴の身体は大して斬れていない。
その事実に汗を滲ませていると、隣から|水流弾の牽制と共に、叱咤の声が飛んで来た。
「バカ! 逃げろって言っただろ!」
「アホ! 俺らだけ逃げても直ぐ詰むだろうが!」
らしくない口調の幼馴染にそう言い返して、浮波城は距離のできた敵を睨みつける。
「俺らが生き残るにゃ、絶対お前が必要なんだよ! もうちっと自覚持ちやがれ!」
「……な!?」
無茶苦茶な理論を展開されたからか、ジルバールは目を見開いた。しかし、お陰で少しは頭が冷えたらしい。普段通りの声音が紡がれる。
「……自覚云々を、君に諭される日が来るとは思わなかったよ」
「そうかよ。で、実際その日が来た感想は?」
「この状況を切り抜けられたら『悪くない』って言えるかな」
「そうかよ!」
浮波城は、もう一度リーダー個体に斬りかかった。
奴の固さは覚えた。もう、簡単に弾かれたりはしない。
しかし、何度斬撃を叩き込んでも、斬り裂ける深度は変わらなかった。流石に、出血はしているが、攻撃回数を考えれば割に合っていないだろう。
「とに、固ェな!」
そう愚痴を零したタイミングで、奴の反撃が始まる。
口を大きく開け、顔面に一直線……と見せかけ、『神器』を握る利き手を握り込んで来たのだ。
これまで倒した個体とは明らかに違う行動パターン。
喰うではなく、喰う為に敵を拘束する動き。
そして、次の瞬間―――改めて、獰猛な牙が浮波城の顔面に迫った。
「くッそ……!」
身体を捻り、間一髪で口撃を躱す。
頬に生暖かい唾液が付着したのを感じながら、浮波城はガラ空きになった黒い背中に肘を叩きつけた。
「ギギ⁉」
拘束が緩む。
瞬間、思い切り腕を振り抜き、刃を奴の腹部に滑らせた。
無論、腹を斬り裂くことは叶わなかったが、素手の攻撃よりは効いていると思いたい。
「浮波城!」
ジルバールに名を呼ばれ、彼はその場を退く。
と、同時に、場に水流が雪崩れ込んだ。
その質量はかなりのモノで、ボスの足を攫って後退させるには十分過ぎるものだった。黒々とした姿が薄暗い木陰へと消えて行く。
「おお! スゲェ! 波みてぇ!」
感嘆の声を漏らしたのは、浮波城ではなく出原だ。ようやくここまで追いついて来たらしい。
「喜ぶのはまだ早いよ。浮波城のお陰で水量は確保できたけど、攻撃力はお察しだ。直ぐに戻って来る」
「じゃ、じゃあ今の内に逃げましょうよ!」
当然、出原の意見に賛成だ。
もう先程とは状況が違う。ボスを大きく吹き飛ばし、この場にいるのは通常個体が二匹。
遁走を図るには今しかないだろう。
しかし、ジルバールは残念そうに首を横に振った。そして、通常個体を指し示す。
「そういやコイツらはなんで襲ってこねぇんだ?」
「……多分だけど、追い打ち・追跡要員なんだろう。逃げ出せば追って来るし、ボスがピンチになれば助太刀に入る」
「だったら、コイツら倒してから逃げれば……」
「出原くん。気持ちはわかるけど、恐らく相手をしている間に奴が戻ってきてしまうよ。そして、ボスから奇襲を受ける確率も上がってしまう」
「んだよ、用意周到だな。人間かよ」
浮波城が率直な感想を漏らすと、ジルバールが頷いた。
「実際、ボスの知能は僕等に近いだろうね。僕の水流攻撃も常に警戒していた様だったし……学習能力が高いんだろう」
「マジかよ……。でもお前じゃなきゃアイツは倒せねぇぞ?」
現状、浮波城の攻撃は決定打になっていない。
同じ『神器』で露骨に切れ味が違うとも思えないので、斬り合いでは他二人も似たような結果になるだろう。
故に、唯一の希望となるのが水流攻撃だったのだが……。
しかし、ジルバールはそれを否定する。
「いや、まだ、可能性はある。君や出原君が『神器』を開放すればね―――」
「そりゃあ、警戒されてねぇ俺らなら不意も突けるだろうけど……ぶっつけ本番かよ」
「でも、やらなければジ・エンドだよ」
「……」
浮波城は、自身の『神器』を見る。
反りのない、スラッと伸びた刀身。素人がこれだけ乱暴に振り回しても、刃毀れ一つしない刃。
そして、柄から伝わる『何か』は、今も健在だ。
その『何か』を放出できる自信も、多分ある。
必要なのは、刀身から外部に押し出すイメージ。そして、集中する時間。
だが、確実ではない。万が一失敗すれば、その場で三人ともお陀仏だろう。
逃げて奴らの追跡を振り切るか、勝負に出て完全勝利を掴むか……。
「勿論、僕があの二体ごと奴を抑えて、君達は逃げるって選択肢もあるけどね」
「馬鹿野郎。何が勿論だ、何が」
妙に自分を犠牲にしたがる幼馴染に、浮波城はジト目を向けた。確かに囮役がいれば自分達は比較的安全に逃げ切れるだろう。だが、論外だ。
バンッ!
浮波城は思い切り自分の頬を叩いた。
そして、大きく息を吐く。
「はっ、お前が珍しく博打しようってんだ。乗ってやるよ、テメェの策にな」
「……浮波城」
ジルバールが呟いたタイミングで、出原も震えながら宣言した。
「お、おおお、俺もやるッスよ! センパイにさっきの借り返さないと、何日奴隷にされるか分かったもんじゃ―――ブホッ⁉」
勇気を振り絞った彼に、浮波城は無慈悲に拳骨を落とした。
瞬間、「はは」と短い幼馴染の笑い声が聞こえて来て……。
浮波城達は、顔を見合わせ、微笑んだまま頷き合った。
「君達は、少し離れた位置にいてくれ。あからさまに三人固まっていたら、作戦会議をしていたと奴に伝わる」
「おう」
「りょ、了解ッス」
出原と共に返事をすると、ジルバールの作戦説明が続いた。
「奴が戻ってきたら、僕がまず先陣を切る。二人はそのまま力を溜めていてくれ」
「また、お前からかよ」
「どっちにしても、奴は僕を最優先で潰しに来るだろうから変わらないよ」
嫌な顔をする浮波城だが、秒で論破されてしまった。
「チッ、撃つタイミングは?」
「僕が大技を放ち、奴がソレを凌いだ後だ。単純だけど、一番効果的なタイミングだと思う」
確かに、大技を切り抜けた瞬間は気が緩むだろう。何より、水飛沫そのものが奴の視界を遮るブラインドの効果を果たす。
作戦会議を終えた彼等はジッと魔物の消えた木陰を注視する。
恐らくは、ここが正念場だ。
生きるか死ぬかの分水嶺。
誰かが失敗したらその時点でアウトだ。
途轍もないプレッシャーが各人を襲っている。
だと言うのに浮波城は、一周回って高揚感のようなものを覚えていた。それは、自身の持つ力の大きさを無意識に理解していたからなのかも知れない。
不安と期待を一手に抱きながら、彼はその瞬間が訪れるのを待つのだった―――。
ご一読いただきましてありがとう御座いました。
一言でもいいのでご意見・ご感想いただけますと非常にうれしいです。
よろしくお願いいたします。
また、今回は登場人物達の弱点をご紹介いたします。
ちょっとした小話ですが、楽しんで頂けると幸いです。
【浮波城】
幽霊が怖い。学園祭のお化け屋敷で昏倒してしまい、その事を自覚する。
本人は頑なに認めないが、その場にいた出原・ジルにはバレバレ。
因みに幽霊の事は信じないことにしている。
【ジル】
食べ物の好き嫌いは無かったが、以前、出原と早食い勝負を行った結果『かき氷』が苦手になる。
アイスクリーム現象に極端に弱いことが発覚。
【出原】
大体すべてが弱点。
例:顔面、性格、学力、スタミナ、集中力etc。
最近は残尿感に悩んでいる。