02 怪異
覆灭の結び神~ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?~
第2話目の投稿になります。
ここからこの物語は大きく展開していきます。
お付き合い頂けますと幸いです。
『ようこそ、千三高校の皆さん! 希望と魔法蔓延る理想の国【ログトリア】へ!』
手帳が喋っている……。
静謐な森の中。頭上に浮かぶ手帳を見上げながら、浮波城涼牙はそんなことを思った。
けれど、違う。そんな訳はない。
確かに手帳からは女性の声が聞こえてくる。まるで本当に喋っているかの様に、発声にあわせて表紙の開閉も行われているが、音声についてはボイスレコーダーを仕組んでおけば説明がつく話だ。
だから、別にコレは超常現象ではない。声が聞こえて来る理由以外は一切見当が付かないが、浮波城は自分にそう言い聞かせた。
『アレアレ~? 無反応ですかぁ? せっかく異世界に来たって言うのに、淡泊な若者達だねぇ』
まるでこちらの反応が分かっている様な音声が続けて発せられる。
おまけに『異世界』等という、ある意味で定番の文言が飛び出してきた。
だが偶然だ。
どちらも、こちらの心理状態を察して、予め録音していた台詞に違いない。
だと言うのに、後輩の出原羅亜土は泡を喰い始める。
「い、異世界……⁉ マジで⁉」
浮波城は即座に叱責を飛ばした。
「な訳ねぇだろ、真に受けんな!」
「で、でも喋ってんスよ⁉ しかも、浮いてるし!」
「釣ってんだよ! 上から糸で!」
怒鳴って、浮波城はその場でジャンプした。目に見えない細い糸を切るべく、手帳の頭上で右手を振るう。
しかし、右手には何の抵抗感も感じる事はなく……手帳自体も微動だにしていない。
『なになに? ナデナデ~? もっと優しくやってよぉ』
それどころか、そんな暢気な声が聞こえてくる始末である。
「せ、センパイ。コレ……」
「うるせぇ、黙ってろ……」
後輩の言葉を遮る浮波城だが、彼の言いたいことは分かっていた。
確かに、これでは意思の疎通が取れていると言わざるを得ない。まるで、手帳越しに人間と喋っている様な感覚だ。
そんな事を思っていると、ここまで無言を貫いていたジルバール・レスターが口を開いた。
「俄かには信じられないけど、これはもう『そういう事』だと思った方が良さそうだね」
「はぁ⁉ お前まで何言ってんだ⁉ なんだよ『そういう事』って……!」
「君だってもう分かっているんだろう? わざわざ僕の口から言われなくても」
「そ、それは……」
彼は確信を持っている様だった。
つまり、手帳の戯言が真実であるとジルバールが判断したということだ。
自分より遥かに賢い幼馴染がそう考えているのなら、浮波城は押し黙るしかない。
同時に、ジルバールが手帳との会話を開始した。
「友人が失礼しました。異世界と仰ってましたね。どうして僕らを?」
『そりゃ勿論、この世界を救ってもらう為だよ!』
何が勿論なんだとツッコミたくなったが、グッと堪える。
「救う……という事は、この世界に危機が迫っているということでしょうか?」
『うん! 魔神がね、調子乗っててヤバイの! 人喰いの魔物大量生産して危ないのなんの!』
「ひ、人喰い⁉」
不穏なワードに出原が悲鳴を上げる。が、それで話の腰が折れることはなく、滞りなく話しは続いた。
『【魔導騎士】が頑張ってはいるんだけどねぇ。回ってないわけよ、手が』
「成程。しかし、僕らが力になれる事はないと思いますが……」
ジルバールの言う通りだ。
現代日本に生まれ、魔法など一切使えない浮波城達に、魔物をどうこうできる訳がない。
そもそも、本職らしき者達が押されている状況で、ただの高校生に何を求めているというのか。
これが娯楽小説か何かであれば特別な力を授かっているのだろうが、彼らには、そんな物を貰った記憶など微塵もなかった。
だというのに、手帳はあっけらかんと言ってくる。
『あ~、大丈夫大丈夫。君達ちゃ~んとチート武器貰ってるから。その名も【神器】! いかすね!』
「は? いや、貰ってねぇって。適当コいてんじゃねぇぞ」
浮波城がそう指摘すると、手帳は無い口を尖らせる。
「貰ってますぅ! 後で手帳見てみな! ていうか、私? 超便利アイテムだからね!」
「自画自賛かよ」
『純然たる事実だもーん。実際問題、手帳は大事にした方が良いよ。失くしたら帰れなくなるから』
「―――⁉」
聞き捨てならない台詞に、浮波城は発声が追い付かなかった。出原は勿論として、ジルバールも目を見開いている。
『無事、魔神を斃せたらぁ、最終ページに帰還用の魔法陣が追加されるの。そういう契約結んじゃった』
「……つまり、魔神を倒さない限り、僕らは元の世界に帰れないと?」
『そういう訳じゃないよぉ。帰る方法は他にもある。でも、教えな~い』
「はぁあ⁉」
『当然でしょ~? 魔神ぶっ殺す前に帰られたら困るも~ん』
「……ッ」
浮波城は歯噛みする。
確かにその通りなのだが、なんて自分勝手な奴なのだろう。
『ていうか君達めずらしいねぇ。全然異世界嫌がるじゃん。別に、永住しちゃっても良いのにさ』
「冗談だろ? つーか、なんでお前、俺らが異世界好きって前提で話進めてんだよ?」
『え? 若い子ってみんな異世界行きたがってるんじゃないの? 他の子たちは喜んでたって聞いてるけど……』
キョトンとした声で、そんなことを言ってくる手帳に、浮波城は目ざとく反応した。
「オイ、待て? 他の子って、俺ら以外も連れて来られてんのか⁉」
『さあね~』
ここまできて言葉を濁すことになんの意味があるのか……。
苛立つ浮波城を面白がるように、奴は更なる爆弾を投下した。
『あ、それと最後に一つ。皆の中に、一人以上、裏切り者がいるから気を付けてね!』
「は―――⁉」
『でも、見つけ出したら良いことあるよ! ガンバ!』
まるで手を振るように手帳そのものが左右に揺れる。
次の瞬間、生命力を失ったかのように、二冊の冊子が地面に落果した。
随分とみすぼらしくなったソレを拾い上げ、浮波城は二人に向き直った。
「……嵐みたいな野郎だったな」
「……そうだね」
物の見事に場を引っ掻き回してくれたものだ。表立って対応していたジルバールの疲労は一塩だろう。
浮波城が労いの視線を送ると、最も会話に参加しなかった男が口を開いた。
「えーっと、結局どうなんスか? 異世界なんスか? 違うんスか?」
「お前ようやく喋ったな」
「だって難しい話だったスもん。で?」
「でって、そりゃお前……」
浮波城は歯切れ悪く呟く。
勿論、彼にもまだ、『異世界なんて有り得ない』と、そう宣言したい気持ちはある。
しかし、これまでの出来事を鑑みると……。
「僕は異世界だと考えて良いと思う」
ピシャリと、ジルバールが言い放った。反射的に振り返ると、彼は一切視線を逸らさずに断言してくる。
「『生徒会室から出たら森の中』、『光り、宙に浮き、形を変える生徒手帳』。そして『明らかに会話が成立した手帳からの声』……。これだけの事が立て続けに起こったんだ。認めない方が、不合理だと僕は思う」
「そりゃ、まあ……そうだな」
遂に、浮波城は観念したように呟いた。
正直まだ否定したい気持ちは拭えていないが、状況証拠が揃いすぎている。
ここは異世界であると、そう頭を切り替える方が賢明だろう。
「差し当たっての問題は『神器』……? という武器だね。人喰いが出る世界で、いつまでも丸腰でいるのはマズイ」
「あの野郎は、手帳見ろっつってたな」
三人は改めて生徒手帳を開く。すると、掌サイズから文庫本程度の大きさに変貌を遂げた。まあ、光って浮いて合体して巨大化した手帳だ。最早このくらいの変化では驚けない。
パラパラとページを捲り、目ぼしいページを見つけ出す。
奇しくもジルバールと同じタイミングで発見したようで……。
「『神器召喚魔法陣』……。多分これだね」
「みたいだな」
「え、どこどこ?」
「7ページ」
「ん、あった」
出原も目的のページに辿り着いたようだ。
隣のページの説明文によれば、魔法陣に手を翳し『出ろ』と心の中で唱えるだけで良いらしい。それだけで『神の武器』が召喚される。
「めっちゃ簡単だな」
「だね。まあ、魔法陣に魔力を込めろ、なんて言われても困るけど」
そう言いながら、ジルバールは早速実践して見せた。不意に身体が発光したかと思うと、『刀身の異常に長い細剣』が右手に収まっていたのだ。
彼らしくない無鉄砲な行動だ。
浮波城は、冷や汗を流しながら幼馴染をなじった。
「……マジで躊躇わねぇなお前。向こうに慎重さ置いてきたか?」
「そうかもね。ほら、君達も」
「わーってるよ。やるぞ、出原」
「う、ウッス」
おっかなびっくり頷く出原と共に、浮波城は『神器』の召喚を開始する。
魔法陣に手を翳し、前ページの書いてある通り、心の中で『出ろ』と念じた。
途端に魔法陣が発光―――。
反射的に目を閉じると、掌に硬い『何か』が触れた。
握ると、細長い何かだということが分かる。そして、ズッシリとした重みが利き手を襲った。
瞳をゆっくりと開ける。
まず目についたのは『赤』だった。
炎を連想させる煌々とした緋色。それが、スラッと一直線に伸びている。
手元には鴉と思しき紋様の掘られた時計鍔が付いており、握っている柄は手を庇ってか布地の様なモノが巻き付けられていた。
漫画やアニメで、思い切り見覚えがある……。それは、どこからどう見ても『太刀』だった。
紅蓮の鞘に収まった『反りのない大太刀』。
それが、浮波城の呼び出した『神器』である。出原も、刀身むき出しの『野太い短剣』を召喚していた。
「お、おおおお……」
浮波城は思わず感嘆の声を漏らした。こればかりは、男子の性と言うべだろう。状況が状況ではあるが、やはり多少なるともテンションは上がる。
そして、柄から伝わってくる『何か』も高揚感を後押ししているに違いない。
「なあ、なんか、この剣『ゴゴゴ』って言ってね?」
「『ゴゴゴ』? 俺は『ズズズーン』って感じッスけど」
「なんだよ、テンション下がってんのかよ。ジル、お前は?」
「……」
しかし、ジルバールは剣を見つめたまま答えない。
「ジル?」
そう声をかけた瞬間、彼の『神器』の刀身が水流によってコーティングされた。
「うおおお⁉ なんだそれ! どうなってんだ⁉」
「水が! 剣から水が出てますよ!」
「どうやら、これが『神器』の力の様だね。おそらく、魔力なんてものを持たない僕らが魔法を使う唯一の手段なんだろう」
「マジか! じゃあ、こいつ一本で魔法剣士っぽいこと出来るってことかよ!」
「でも、『神器』ってわりにはショボくね⁉」
「バッカ! 出せる魔法がクソ強いのかも知れねぇだろ!」
つい先ほどまで自分が『異世界嫌派』だった事などすっかり忘れ、浮波城は出原と共に沸き立った。その姿はまるで男子中学生のようで、とても高校生の姿とは思えない。
そんな彼らに、ジルバールは『出し方』を告げた。
「『神器』の中に感じる力。それを押し出すイメージを試してみてくれ。僕はそれで、成功した」
「よっしゃ、やってやるぜ!」
そう息巻いたタイミングで……、ジルバールから待ったが掛かる。
「すまない。ちょっと待ってくれ」
「なんだよ、出鼻挫くなよ」
「何か、感じないかい?」
「は? 何かって?」
特に見当も付かない浮波城だが、出原は何かに気が付いた様だ。
「確かに、なんか臭いッスねぇ」
「鼻だきゃ利くな、出原」
浮波城は目を凝らした。
三人中二人が異変を察知したのだから、本当に『何か』がいるのだろう。
視神経に意識を傾けること数秒……遂に視界が蠢く何かを捉えた。
そこからは一瞬だった。一瞬で、何かが像を結び、その存在が眼前に示される。
「お、い……、ありゃぁ……」
それは、これまでの人生で見た事のない生物だった。
見た事がないのだから、危険かどうかは分からない。分からない、筈なのに……。
浮波城の身体は危険信号を鳴らしていた。
闇から這い出るかの様に出現したのは、全身真っ黒の化物だ。
数は六体。四方八方の木陰から現れた為、見事に周りを囲まれた形になる。
「ひ、ヒィィイ……!?」
出原の悲鳴が上がった。
悲鳴を上げたいのはこっちだと、内心そのように半ベソを掻きながら、浮波城は化物共を見渡した。
一見人間の様にも見えるが、奴らが人外であることは明らかだった。
化物共の顔には、目がない。それどころか、鼻も耳もない―――。
あるのは、そう―――口のみ。
食すための器官だけを持った異形。この群れは、そういう存在の集まりだった。
ご一読いただきましてありがとう御座いました。
一言でもいいのでご意見・ご感想いただけますと非常にうれしいです。
よろしくお願いいたします。
前回後書きでお伝えしました、登場人物の簡単なプロフィールを以下に記載いたしますので気になる方はご覧ください。
浮波城涼牙
国籍 日本
年齢 17歳
身長 177㎝
体重 60㌔
髪色 赤
好きなもの 和食
嫌いなもの 虫
家族構成 血の繋がりのない父
ジルバール・レスター
国籍 日本とスイスのハーフ
年齢 17歳
身長 178㎝
体重 58㌔
髪色 銀
好きなもの 喫茶店での一休み
嫌いなもの 無秩序
家族構成 日本人の母のみ、父とは死別
出原羅亜土
国籍 日本
年齢 16歳
身長 153㎝
体重 104㌔
髪色 黒
好きなもの 肉
嫌いなもの 野菜
家族構成 母・妹