19 音
覆灭の結び神-ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?-
第19話の投稿となります。よろしくお願いします。
その部屋は、円柱の形をしていた。
正方形や長方形といった『一般的な底辺を持つ空間』とは違う。
四つ角がごっそり削れ、弧を描いてしまっている為、人間が存在できる範囲はそこまで広くない。
その代わり、超高層ビルにも引けを取らない摩天楼じみた『高さ』が、閉塞感という概念を亡き者にしていた。
恐らく羽や翼を持つ者達にしてみれば、ゆとりのあるスペースなのだろう。
生憎この部屋を占拠しているのはそんな物とは無縁な生物なのだが……にも関わらず、彼らの内の一角は、上空に浮遊しながら向かい合っていた。
標準的な建物の三階分相当に該当する高さ……その位置に存在する空気を踏みしめながら、金髪の少女が相対する三人の男を見咎める。
正確には、その中の一人……赤い髪の男を・だ。
「貴方……、それは巫山戯ているの?」
朝宮鴇音―――。
そう名乗った少女魔導騎士が見据えていたのは、血のように赤い色を持った異界人だった。
大の大人でさえ委縮してしまいそうな圧に対し、浮波城涼牙は不敵な笑みを返す。
「お、オレは至ってマジメだぜ? お前こそ、勝手に浮かすとか舐めたマネしてくれるじゃねぇか」
腹を隠す様に蹲るという……世にも奇妙な姿勢を取りながら―――。
「……? なに? 声が震えてて聞こえない」
「……」
朝宮のその返しは、煽りでも何でもなかった。
実際、浮波城の声はブレブレであり、彼自身は強気に言い返したつもりだったが……ただ単に理想と現実のギャップを突きつけられる形となった。
羞恥と悔しさで黙り込んでいると、隣で親友が口を開く。
「すまない、彼は高い所だとこうなんだ。可能なら、世良君達と戦域を交換して貰いたいんだけど……」
「交換って、そんな今更……」
ジルバールの要望を受けて、少女の視線が下がる。
つられて足元を見ると、地上で繰り広げられているもう一つの戦いが目に入った。
とても小さくなった世良達が、元から小さな空色の少年とぶつかり合っている。
恐怖心から早々に顔を上げた浮波城だったが、それでも下の戦闘が、かなり熾烈になっていることは理解できた。
正直……とても中断を打診できそうな雰囲気ではない。
「仕方ないわね……」
少女も同じことを思ったらしく、ため息をつきながら勢いよく右手を振り上げた。
瞬間―――シュッ! という音が鳴り……浮波城達の意識はものの見事に金の少女へと掻っ攫われる。
いつの間にか、彼女の手には細身の短剣が握られていた。
そして……。
「崔操ノ音」
静かに、桜色の唇が震える。
その音が紡ぎ出された瞬間、少女の周囲に変化が起こった。
能面の……しかし、妙に着飾った人形が出現し始めたのである。
それも、二体や三体の話ではない。
鴇音という少女を中央に据える形で、一体……また一体と増えていき―――やがて多種多様な楽器を携えた『音楽団』と呼んでも良い団体が形成された。
それを見て、ギョッとしながら出原が呟く。
「な、なんスかあれ……こわっ」
「お、オレが知るかよ……。ただ、碌なモンじゃねぇのだけは―――」
「え? なんて?」
「この野郎……ッ」
こんな時にも『煽り』を忘れない後輩に、浮波城はその肉付きの良い尻を蹴飛ばしてやりたくなった。
が、今は不可能なので睨みつけるだけに留める。
そんな中、彼は……いや彼らは、再び金色の少女に目を奪われる事となった。
彼女が再び腕を振ったのだ。
しなやかに、それでいて真っ直ぐ伸びた右腕は、力強く空気を切った。
その姿はさながら優雅な指揮者のようで―――。
次の瞬間、鼓膜……どころか腹にズシンと響く音色の津波が押し寄せた。
音楽団による大演奏が始まったのだ。
音楽の知識など全くない浮波城も出原も、そしてジルバールさえも、その美しい指揮者の姿……そして音の暴力に見惚れる事になった。
だからだ。
だから、彼らは自分達の足元が安定している事に気付くのが遅れてしまう。
最初に異変を察知したのは浮波城だった。
靴の裏の感触に頼るしかないジルバール達と違って、彼だけは『両膝』と『両肘』で、感触の変化を感じ取ることが可能だったからだ。
とにかく、足元を見てみると―――。
「は……!? 床……!?」
「へ? あ、ホントだ! なんか地面ある!」
浮波城の叫び声に呼応するように、出原達もその存在を認識する。
曇りガラスのような物が、床として足元に顕現しているのだ。
強度も確かな様で、浮波城が立ち上がって足をばたつかせてみてもビクともしない。
どころか、出原が何人いようがものともしないだろう安心感すらある。
「あいつ、浮かせたり地面作ったりなんでもありかよ……」
出原が少女を見ながら唸る。
浮波城も同意見だった。
自分達の神器が一つの属性の魔法しか扱えないのに対して、この女の子は既に二つの魔法を使用している。
それも軽々と、涼しい顔で、だ。
流石、本職と言った所だろうか……。
面白いほど分かり易く、『実力差』というものを見せつけられてしまっている。
「どう?」
そして、呆ける浮波城達の耳朶に、鈴の音の様な声が届いた。
見ると、指揮を止めた金髪の少女が此方を伺っている。
けれど、依然として演奏は続いており……その荘厳かつ繊細な協奏曲をバックに、問い掛けの声音が紡がれた。
「これでダメなら、本当に日葉団長に変わって頂くしかないんだけど……」
「お優しいじゃねぇか。あのまま戦ってりゃ、オレを戦力外にできたのによ」
「戦力外にしておく必要性が分からないわね。それに、あのままじゃ会話もままならないでしょう?」
金色の眼光が浮波城を射抜いた。
遠回しに『お前を立ち直らせた所で自分の勝ちは動かない』と告げられるが、見せつけられた『差』を考えれば何も言い返せない。
内心冷や汗を掻きつつ、これ以上飲まれてなるものか・と、浮波城は泰然とした態度を装った。
「なんだよ? そんなに、お兄さん達と喋りたいのか? 年上に憧れるお年頃……」
「まずは、お互いに名乗り合う。それが戦いの作法よ」
しかし、朝宮鴇音は軽口に付き合う気などないらしく……即座に一刀両断されてしまう。
浮波城は、無様に口パクつかせつつ平静を気取って名乗り上げた。
「ずいぶんカッチリしたガキンチョだぜ。浮波城涼牙だ。こっちの肉ダルマは、出原羅亜土」
自分のついでに後輩の名前も告げて、その後輩の腹を叩く。
豊満なキャンパスに脈打つ波紋状のさざ波。
それが収まらぬ内にジルバールも名を告げようとするが―――浮波城は、明確な意思を持って幼馴染の自己紹介を遮った。
そして―――。
「お前、なんて言ったっけ?」
そう、少女に尋ねる。
瞬間、彼女の顔が若干歪んだ。
小振りな唇から、不服そうな声色が放たれる。
「……朝宮鴇音よ。名乗ったばかりでしょう?」
一回聞いたきりで覚えられる訳ねぇだろと、自身の記憶力の杜撰さを棚上げしつつ、浮波城は話しを続ける。
「そう、それ。ずいぶん風変りな名前じゃねぇか」
「……」
彼女は何も答えなかった。
が、浮波城は止まらない。まるで、鬼の首を獲ったかの様に。
「下で戦ってるガキも一緒だ。ヒカミつったか? まるで、『俺達みたいな名前』だと思わねぇか?」
朝宮鴇音と日葉颯香。
浮波城は彼らの名前の書き方を知っている訳ではないが、その語感から漢字を充てるものだという推測は立てていた。
そして、それは千三高生の殆どが同じ認識だろう。
つまり、彼らは異世界にいながら、日本人のような名前を有している。
これが一体何を意味しているのか……浮波城は尋ねずにはいられなかった。
「お前ら、いったい何なんだ? もしかして、俺達と同じでこの世界に召喚された―――」
「生まれも育ちも『カノヤ』……ログトリアの東国よ。私はね……」
浮波城が言い切る前に、朝宮はさっさと口を開いた。
まるで、予想でも自分を異界の民だと言われる事に、嫌悪感を覚えたかのような空気を感じる。
そのまま彼女は、若干憤慨した様子で続けた。
「日葉団長も、私と同じ地方出身だった筈。そこでは普通の名前形態よ」
「そうかよ。じゃあたまたまこの世界には、日本語が使われてる地域があったって事か? 偶然じゃねぇか。スゲェな」
言外に、そんな事ある訳ねぇだろという念を込めながら浮波城は皮肉を飛ばす。
すると、それが癪に障ったのか、朝宮鴇音は大きな瞳で睨みつけて来た。
「そもそも、貴方達は本当に異世界から来たの?」
「あ?」
今更且つ、根本的過ぎる問いに、浮波城は怪訝そうな顔を返す。
「本当は只のカノヤ人集団なんじゃないの? 少し不思議な力に目覚めたから、伝承の異界の民を語って旨い汁を―――」
「不敬だぞ、朝宮家の若輩が!」
「天境祇騎団長の一角ともあろう者が、ステイン様の啓示を否定するか!!?」
するとここで、周囲の壁から怒号が放たれた。
観覧スペースのような場所にいる、フードを被った人物達が狂ったように少女へ罵声を浴びせている。
「す、すみません……! 失言でした……!」
「これだから田舎者はダメなのだ!」
「天境祇騎団の恥さらしめ!」
謝罪をしても尚も止まらぬ言葉の鏃。
金の少女はみるみる縮こまっていった。
他の魔導騎士達と接している時に戻った様な、いや、それ以上の委縮具合で……まるで、いじめを見ているかの様だった。
正直、彼女にはまだまだ聞きたい事があったのだが……。
「ジル」
「うん」
目配せをすると、幼馴染みも頷き返す。
潮時だと感じているのは、浮波城だけではないらしい。
ジルバールの許可も得た所で、赤髪の異界人は走り出す。
「やはり、貴様も姉と同じだ! 碌なモノではない!」
「……ッ! お、お姉ちゃんは―――」
そして、金の少女が何やら言い返したタイミングで、彼女に剣を届かせる形となった。
「……ッ」
振り下ろした『神器』は、即応した少女の短剣によって防がれた。
鉄と鉄の衝突する甲高い音が鳴り響き、それが開戦の合図となる。
武器越しに視線を合わせながら、浮波城はニッと微笑む。
「おいおい、完全に不意打ちだったろうが。キッチリ受け止めてんじゃねぇよ」
「舐められたものね……。真正面から斬りかかっておいて何が不意打ち?」
少女の憎まれ口を無視して、浮波城は剣に体重をかけた。対格差を有効活用して押し切ろうという魂胆である。
その目論見が功を奏したのか、彼女は一瞬顔を歪めて一歩だけ後退した。
どうやら、単純な『力比べ』なら勝負になる様だ。
いくら『団長』と言っても、朝宮鴇音は年下の女の子……流石に素の腕力は、高校生男子の方に分があるらしい。
等と、分析していたから、浮波城はその事実に気づくのが遅れた。
自分の『神器』が、彼女の短剣の刃の上を滑っているのだ。
「な……っ!?」
斬撃を受け流されている。
そう気づいた時にはもう遅い。
既に体勢は崩れており、横に流れた浮波城の身体は完全に無防備だった―――。
鮮やかな少女の蹴りが、吸い込まれるように脇腹へ叩き込まれる。
「ゴフ……ッ」
流石に只の蹴りだ。吐血はしない。
空気を吐き出す程度だが……。
それでも、そう何度も喰らっていられる威力ではなく……浮波城は蹴りの衝撃を利用しながらジルバール達の所まで後退した。
そして、その瞬間、ジルバールの耳打ちが入る。
「流石に体裁きや戦闘技術は向こうの方が上らしいね。ただ、体重差を利用した戦い方は通用しそうだ」
「え? でも、今センパイふつうにやられてましたよね?」
出原の指摘に、ジルバールは頷きながら続けた。
「一対一なら簡単に処理されるだろうね。けど、三人同時なら話は別だよ。単純な話だけど、彼女一人で捌くには『手』が足りない」
「身も蓋もねぇな、オイ」
「まあ、あくまでも彼女が、魔法を使わなければの話だけどね―――」
ジルバールがそう言い改めた瞬間―――タイミング良く少女が攻撃を開始した。
彼女の周囲に、人の頭部サイズの丸い岩石が三つ程出現。
それらが放物線を描くように、決して温くはないスピードで飛んで来たのである。
「チィ……ッ」
どこからどう見ても魔法による攻撃だ。
浮波城とジルバールは即座に岩の弾道外に逃れる。
が……。
「あばばばばば!」
出原は初動が遅れてしまった。
岩の直撃コース上で、只々であたふたするのみ。
完全に躱し切るタイミングを逸してしまっている。
『神器』の力で撃ち落とすという思考にも至っていないらしい……。
「くそ、バカ出原が……!」
浮波城が悪態をついた瞬間、ジルバールが動いた。
細長い高圧水流が、一直線に出原を襲う岩石に向かっていったのである。
けれど……。
岩に着弾したはずの流は、虚しく無骨な岩肌をすり抜けた。
「……!?」
「は? 幻か!?」
浮波城は、一連の光景を見て、その様な可能性に辿り着く。
つまり、あの岩石はただの脅し……実体はない。
ならば出原に当たった所で問題はないが……。
その予想は簡単に裏切られた。
ゴン……ッ。
という、嫌な音が響く。
浮波城の考察を嘲笑うかの様に、飛来した岩石は―――出原の顔面に直撃した。
ご一読ありがとうございました。次話もよろしくお願いします。