17 提案
覆灭の結び神-ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?-
17話目です。よろしくお願い致します。
前回のあらすじ
ジルバールとリークの会話に割って入った黒髪の千三高生。
世良という名の彼は、ジルバールの説明を鼻で笑い、リークら魔導騎士達を『自分達を召喚した悪逆非道な輩』だとなじり始める。
そんな彼の態度に、魔導騎士達は次第に不穏な雰囲気を漂わせ始めた。
このままではマズイと察した浮波城は、両者の間に強引に割り込み、世良の説得を試みる。
しかし、彼は、ジルバールの名を出した瞬間激昂し、浮波城に対し『神器』を振り上げた。
凶刃が迫る。
雅な装飾が施された直刀型の長剣。
それが、キラキラと輝線を描きながら振り下ろされる。
他でもない……浮波城の頭蓋目掛けて―――。
―――浮波城涼牙には、傷を作り慣れてしまったという自覚があった。
異世界に来てからというもの、出血を伴う生傷が絶えなかったからだ。
肌は破れ、肉すら抉れ、鮮血が噴き出す。
脳や骨が震える様な打撃も、何度も受けた。
倒木に巻き込まれ、突風に面白いぐらい吹き飛ばされた経験だってある。
所謂、漫画ではよくあるが、現実では普通に『重症』な怪我だ。
―――そんなモノばかり作っている自分を……、浮波城は密かに自画自賛していた。
こんな怪我しながら動いてるオレ、凄くね?
メチャクチャ痛いけど泣かないオレ、カッコよくね? と。
けれど……。
「……ッ!」
浮波城は息を呑む。
確かに大怪我を負いながらも泣き言を吐かない自分に酔ってはいる。周りの連中は『もうちょっとチヤホヤしろ』とさえ思っている。
けれど、だからと言って、全く平気な訳ではないのだ。
傷ついて、痛くない訳がない。その痛みに、慣れてしまっている訳ではない。
叶う事なら、もうこんな痛みなど味わいたくない。
それが、本心だ。
しかし浮波城の足は、床と溶接してしまったかのように動かなかった。
動かないが、神経は研ぎ澄まされているらしく、振り下ろされる刃はスローに見える。
こんなにも遅いのに、世良の剣筋は完全に見切っているのに……肉体が追い付かない。
血は、こんなにも沸騰し、避けろと急かしていると言うのに―――。
「はーい、そこまで~」
突如。
突如だ。
そんな間の抜けた声が鼓膜に流れ込んで来た。
同時に、誰かの手が、視界に映り込む。
白い手だった。
それが、なんでもないという風に。
劇的でも何でもないと言わんばかりに、振り下ろされる『神器』の刀身を握り込む。
浮波城はその光景を、ただ呆けたまま眺めていた。
「は……?」
そして、たっぷり数秒遅れで、『神器』の持ち主が声を漏らした。
これを契機に時間が正常に動き出す。
どこかに遠のいていた喧騒が鼓膜に帰還し、コマ送りだった世界が滑らかに鼓動を開始した。
当然、もう動ける。
喋れる。
漸く自由になった口を、浮波城は無意識に動かした。
「アンタは……」
「お前は……っ」
奇しくも、世良の発声と重なる。
割って入って来た人物の姿を改めて認識したのも、同じタイミングだろう。
白い手の主は、黄緑髪の長髪をもつ美男子―――。
いつも笑顔を絶やさない大柄の魔導騎士……ルノー・アルフィードだった。
彼は二人の顔を眺めると、意味深に笑う。
「危なかったねぇ、涼牙くん。ほら、謝って君」
言いながら、ルノーは握った右手を開いて『神器』を開放した。
そして全くそうは思えない「おー、痛った」という発言と共に、血まみれになった掌を世良に見せつける。
「……ッ」
これには、流石の世良にも、明らかな動揺が見られた。
我を忘れ激昂し、挙句の果てに同級生に斬りかかったのだから当然の反応と言える。
傲慢な彼も、流石に謝って来るだろう。
浮波城はそう思っていた。
が……。
「ふ、ふん。強がりもそこまでいくと滑稽だな。『神器』の切れ味を味わった感想はどうだ?」
なんと、浮波城に対する世良は謝罪ではなくルノーに対する憎まれ口を叩いた。
当然、浮波城は食って掛かろうとする。
「あ? なんだ、テメェ……、人に斬りかかっといて―――」
けれど、即座にルノーの血でぬらぬらの右手で遮られてしまった。
「まあまあ。気持ちは分かるけど、こっちが大人になってあげようよ。じゃなきゃ、いつまで経っても話が進まない」
「そりゃ……そうだが……」
理屈は分かるが納得は出来ない。出来る筈がない。
何せ、浮波城は危うく殺されかけたのだ。
ルノーが間に合わなければ確実に斬撃を喰らっていた。
「浮波城」
「……!」
ポンと手を肩に置かれる。
それは、ジルバールだった。
聡明な幼馴染が、神妙な表情で『引き下がるべきだ』と訴えている。
「……わーったよ」
浮波城は渋々ながら身を引く事にした。無論納得はしていないが、ジルバールがわざわざ引き止めたのだからその方が良いのだろう。
そして、こうなってしまえば、今、この場の中心はルノーと世良だ。
皆の視線がその二人に注がれる。
それを自覚してか、はたまた只の癖なのか、ルノーは大仰に両腕を広げ、黄緑色の長髪を靡かせ、芝居がかった口調で語り始めた。
「世良くんだっけ? 下の名前は?」
何故か、黄緑髪の優男はそんな事を尋ねる。
意図して場の空気を整えたと言うのに、そんな脈絡のない質問……。
浮波城は勿論だが、ジルバールさえ意図を掴めない様だった。
出原などは「アレ? 話聞き逃した?」と首を傾げている。
けれど、そんな外野の事など気にも留めずに、ルノーはマイペースな要求を繰り返す。
「ほら、早く教えてよ。ファーストネームだよ。親に貰った方の名前」
「……何故、貴様に教えねばならない?」
世良は、敵愾心と警戒心マシマシで尋ねた。
対する優男は、いっそ腹立たしいほどに飄々と答えを告げる。
「僕のポリシーさ。人の名前を呼ぶ時は真名を噛み締めなきゃ駄目だよね」
「下らん。貴様のポリシーに付き合う道理は―――」
「世良明くんです」
外野から、サラッとフルネームが暴露された。
自分の横から発生した声に、浮波城はギョッとする。
声の主、ジルバールは澄ました顔でルノー達のやり取りを見守っていた。
「……! レスター、貴様!!」
予定調和の如く、世良の怒りが爆発する。
が、すかさずルノーが口を開いて、意識を自身へと向けさせた。
「明くんか。良い名前だ」
そして、本当に人の表情なのか疑いたくなる程、調律のとれた微笑を浮かべながら次の句を放った。
「じゃあ、明くん……戦おうか―――」
ゾク……―――。
と、体中の毛が逆立つ。
それは、まるで告白でもするかのような、女子高生なら頬を赤らめながら反射的に頷いてしまいそうな甘い声色。
そんな蠱惑的な声音で、ルノー・アルフィードは場違いな言葉を吐き出した。
正にちぐはぐだ。
だからこそ、相対している世良の反応も鈍くなる。
故に、浮波城は口を挟むことが出来た。ガッと、優男の肩を掴み、文句と質問を連ねる。
「い、いや、『戦おうか』じゃねぇよ!? 負けたらどうなんだ、俺ら? まさか、保護しねぇとか言い出すんじゃないだろうな!?」
「いやいや、保護はするよ。異界人云々置いといて子供を放ってはおけないし、あと単純に野放しにした先で暴れられても困るしね」
「え? あ、おう……」
ルノーの発言は、確かに理に叶った主張だった。
『魔導騎士』は『警察』の様な存在。
という事は、魔物討伐以外にも街の治安維持も仕事に含まれる筈だ。
つまり、見捨てた異界人に問題を起こされたら要らぬ仕事を増やす羽目になる。
第一、『魔導騎士達に追い出されて……』等と触れ回られたら、民衆から『こんな子供達を見捨てるなんて酷い!』等と言った批判の声が上がるのも想像に難くない。
そして、要らぬ仕事を増やされる事態になれば、更なる批判が魔導騎士達に向けられるだろう。
そう言ったリスクは極力避けたいという訳だ。
つまり、信用できない連中だから手元に置いておいた方が安心できる。この保護には、しっかりそういう打算も含まれている。
等と納得していると、ルノーの説明は続く。
「僕らは保護して、最低限の生活と身の安全を確保する。でも、君達はそれだけじゃ納得できないんでしょ?」
まあ、元の世界に帰りたいって気持ちは当然だと思うけど……と、ルノーは、千三高生全体を見渡した。
「その思いが強すぎるあまり、『魔導騎士が嘘をついて、キミ達を元の世界に帰さない』って決めつけている」
「……っ」
ルノーに射抜かれた全員が、視線から逃れるように俯いた。
この召喚が彼らの仕業ではない。
その可能性も考えておかなければならないという事は、流石に皆分かっているのだ。
けれど、どうしたって自分達の都合が良いように考えてしまう。甘い展開を望んでしまう。だから、誰も世良の暴論を止めなかった。
浮波城にだって、その気持ちが無い訳ではない。
全ての黒幕が魔導騎士で、彼らを脅して帰らせる事が出来るのであれば、それが一番スマートだからだ。どうしたって、心のどこかでは、その最適解を求めてしまう。
「だからさ、もういっそ戦っちゃおうよ。条件付けて『試合』って形にしてさ。勝った方の言うこと聞くって事にしよう?」
その一見折衷案の様に聞こえるルノーの申し出を聞いて、世良は胡乱気に詰め始めた。
「……貴様、もしそれで我々が勝ったあと、『元の世界に転送できません』となったらどうするつもりだ? 完全に戦い損だろう……!」
「え、え? あは、はは……アハハハハハハハハハ―――ッッ!?」
瞬間―――ルノーは、狂ったように嗤いだした。
何事かと驚いたのは、もちろん浮波城だけではない。ジルバールは無表情だったが、出原はギョッと肩をビクつかせ、千三高生の集団もざわついている。
対面している世良は一瞬目を丸くしたが、直ぐに語気を荒げた。
「貴様……! 何が可笑しい!?」
「ご、ゴメンゴメン! だって、キミがそんなこと言うとは思わなかったから……」
ルノーは目尻の涙をぬぐいながら弁明する。
そして、形の良い唇に笑みを乗せたまま、大笑いしてしまった理由を告げた。
「だって、そうでしょ? 頑なに僕らを犯人だと決めつけて譲らなかった君が『もし、元の世界に転送できませんってなったら』って、それって本当は僕らが潔白の可能性もあるって認めてるって事じゃない!」
「……ッッ!!」
その指摘に、世良は面白い程、瞳孔を見開き、顔を真赤に染め上げた。
無論、照れではない。
言うなれば、大噴火の一歩手前。
激昂の予兆である。
それを予想を証明する完如く、世良は勢いよく『神器』を突き出し、唾を撒き散らした。
「良いだろう! 受けてやる! 我々が勝てば貴様を嬲ったうえで即刻帰還させて貰うぞ!」
「うんうん、それで良いよ。勝てたらね。他の子達はどうする? 参戦するなら今の内に出て来てよ」
ルノーの問い掛けに、場が大きくざわつく。
かくいう浮波城も思いっきり動揺している口だ。
奴の口車に乗せられる形で、あれよあれよと戦う流れになってしまった。
自分はどうするべきか。戦うのか静観するのか。
そもそも、この試合とやらを容認してしまっていいのか。
浮波城がそんな疑問に駆られていると、狙いすましたかの様に、ルノーが声をかけて来た。
「どうする、涼牙くん。ついでだし、君も参加とく?」
「いや、そんな『出原、学校サボる?』みたいなノリで言われても……」
「どんなノリだよ」
後輩本人に突っ込まれつつ、浮波城はジルバールの顔を伺った。
正直急展開過ぎてキャパオーバーだ。
浮波城個人としては、ここで戦いを選ぶのは更に心証を悪くする愚策であるように感じる……。
正直『神器』の性能では、どうあがいても彼らには敵わないのだ。
つまり、『敗北』は確定事項。
ならば、世良を説得してさっさっと保護して貰った方が利口なのではないのか。
少なくとも互いに無駄な時間の浪費は防げる。
とは、思ってはいるが、現状キャパオーバー。正しい判断を出来ている自信はない。
故に、脳内労働担当のジルバールの考えに身を委ねようと思ったのである。
そして、ややあって彼の口から放たれたのは、浮波城の考えとは真逆のモノだった。
「僕らも戦おう」
「ジル……」
不安げに名前を呼ぶと、幼馴染は真っ直ぐと銀の瞳を向けて来た。
そして、淀みない美声で宣言してくる。
「浮波城、これはチャンスだ。『神器』の力を見せつけるね―――」
お読み頂きまして、ありがとうございました!
よければ、次話もよろしくお願いします。
【キャラクタープロフィール】
ルノー・アルフィード
国籍 ログトリア
年齢 25歳
身長 185㎝
体重 62㌔
所属 天境祇騎団≪血狐ノ排衆≫
階級 団長
髪色 淡い黄緑
好きなもの ブラックコーヒー
嫌いなもの 砂糖
家族構成 天涯孤独(両親が死亡している為)




