16 緊張
覆灭の結び神-ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?-
16話の投稿となります。どうぞ、よろしくお願いします!
「世良君……」
突然乱入してきた黒髪の男子生徒は、鋭い眼光でジルバールを射抜いていた。
数瞬前まで怒りを露にしていた女性魔導騎士程の迫力はないにしても中々の威圧感だ。彼がジルバールを目の敵にしている事がありありと伝わって来る。
「誰あれ?」
場がざわつく中、出原がそんな事を訊いて来る。
「俺が訊きてぇよ」。浮波城はそう返しつつ、二人の会話を静観した。
「急にどうしたんだい? 世良君」
「ふん、お前と話すつもりはない。どけ!」
刺激しない様にやんわりと問いかけた幼馴染を、世良は一蹴する。
正直、傍目から見ていて良い気分はしない。
邪険に扱われているのが友人というのもあるが、単純にこんな傍若無人な態度の人間を好ましいとは思えなかった。
そんな心情などお構いなしに、奴は魔導騎士リーク・ヴェンパーに指を向ける。
「我々の要求は一つだ。こんな世界に呼び出した事への賠償をした上で、即刻元の世界に帰せ」
「二つじゃん」
つい浮波城が呟くと、出原の声と重なった。
故に無駄に響いてしまったが、睨みつけられただけで、特別口撃の矛先が此方に向くなんて事はなかった。
それより早く、リークが口を開いたからだろう。
彼は困った様子で世良に説明する。
「ごめんよ。繰り返しになるけれど、僕らは君達を召喚していないんだ。だから……」
召喚用の魔法や魔法陣は有していないし、それを用いて帰還させる事もできない。
恐らく彼は、噛砕いてその様に告げようとしたのだろう。
召喚していないと主張するというのはそういう事だ。
そして現時点では、それが本当か嘘か、判断する事は出来ない。
けれど、世良はやはり決めつけている様だ。
リークの言葉を遮って、これでもかと嘲笑と侮蔑を向ける。
「馬鹿か貴様? 何度も言わせるな。そんな世迷言を誰が信じるんだと、俺は言った筈だぞ」
正直、かなり失礼な態度だと、浮波城は思う。
壮年の魔導騎士は穏やかな態度を崩さないが、周りの魔導騎士達の表情は険しいモノになりつつある。
特に赤褐色の麗人はかなり顕著だ。
当然である。
それだけの態度を丸々は取っている。
異界人の顔色を伺う必要はないという考え方であるにしても、流石にこれ以上は要らぬ以上に反感を買うだけだ。
「……どうして、世迷言だと思うんだい?」
それでもリークは、健気に会話を続ける。
まるで、吠える子犬を宥めているかのような……ハッキリ言って、大人の我慢強さを見せつけられている感覚だ。
けれど、だからと言って油断していたら、いつ見切りを付けられるか分からない。
魔導騎士に見捨てられるという事は、即ち死だ。
異世界を宛もなく彷徨う事になるのだから決して言い過ぎではない。
「貴様らには、真実を伝えるメリットがない。馬鹿正直に真実を話せば、加害者と被害者の図式が出来上がるからな。勿論、加害者が貴様らで、被害者は我々だ」
世良の語った事は、なんとジルバールの考察その物だった。
つまりは、彼は一定のラインまではジルバールと同じレベルで思考できるという事だ。
少し感心していると、リークも納得がいった様な声を出す。
「なるほどねぇ。一理ある」
そして、顎髭を摩りながら次の様に語る。
「けどね、仮に僕らが召喚したとするなら、ここに呼び出すよ。というか、間違っても魔物の巣窟には呼び出さない」
「馬鹿が……目の前に呼び出せば、自分達が呼び出したと自白しているようなものだろう」
「うーん……。自白してでも、僕ならここに呼び寄せるけどなぁ。だって救援が間に合わなかったら元も子もないじゃない」
確かに……。
と、浮波城は思う。
リークの主張は最もだ。
確かに奴の言う通り、加害者と被害者の図式にしない方が好ましいが、しかし、だからと言ってわざわざ森の中には召喚しないだろう。
救助が遅れれば終わりだ。
救世の為に呼び寄せた戦力をむざむざに魔物の餌にする事になる。
けれど、世良は自信満々にこんな事を言った。
「そんなもの、『数』が解決しているだろう? 呼び出された我々は総勢十七。これだけいれば、ある程度死なれても、問題ない筈だ」
それは……流石に無理ねぇか……?
出原さえも非合理的だと思ったらしく、浮波城は彼と顔を見合わせる。
そして、出原ですら違和感を覚えているのだから、他の生徒達も同様だ。場に、困惑の囁き声が開花した。
だと言うのに、世良は憐れみの目を大衆に向けて来る。
やはりと言うべきか、自分の考えが間違っていると言う思考は全くない様だ。
「それはまた……随分と、ふわふわした予想だね……。君達の中では僕らは滅亡の危機に瀕している筈なのに、随分と余裕がある」
当然だが、皮肉を言われる。
よりにもよってリークにもだ。
けれど、奴は鼻を鳴らすのみ。
そして、彼はあろう事か手帳を開き、流れるような所作で『神器』を取り出した。
両刃の直剣である。
その切っ先を、迷わずリークに向けた。
向けて……しまった。
「……!」
当然、これには空気が一変する。
リークの、ではない。
後ろに控えていた魔導騎士達の雰囲気が・だ。
けれど、それにすら気付いていないのか、それとも『神の武器』を手にしたことで侮っているのか、世良は余裕綽々そうな表情を崩さない。
ある意味でマイペースに、要求を続ける。
「これ以上の質疑は不毛だ。元の世界に帰せ。お前らが召喚したんだから可能なはずだ。断れば問答無用で『神器』の力が貴様らに向くぞ」
そう断言する彼の脳には、『召喚したのが彼らではない』という考えが、本当に一切ないらしい。いや、ここまで頑なだと、違い可能性を考えたくないのかも知れない。
気持ちは分からないでもないが、剣を向けるという宣戦布告とも取れる行為に、生徒達の困惑も最高潮に達する。
出原などは分かり易く泡を喰い始めた。
「え、ちょ、センパイ? ヤバくねアイツ」
「ああ、ヤベェよな、やっぱ……」
『神器』の力をチラつかせて言外に元の世界に帰す様に要求する事は、ジルバールも考えていた事だ。
しかし、ジルバールが言っていたのはあくまでも『遠回し』な交渉である。召喚したのが誰か分からない以上、禍根の残る様なやり方は避けるべきだ。
が、これはどう考えても『遠回し』ではない。
予測が外れていた場合のアフターケアは全く考慮されていない。これでは、本当に彼らが潔白だった場合、関係修復が不可能になってしまうだろう。
そもそも、『神器』の力など、本当に見せてはダメなのだ。力を行使したらその瞬間、微妙な性能をしている事がバレてしまうから。
だと言うのに、本当に発動させてしまいそうな世良に対して、浮波城は頬から冷や汗を流す。
そして、次の瞬間、底冷えする様な声が聞こえて来た。
「貴様……あまり調子に乗るなよ……」
「ヒッ……!?」
聞き覚えのある、険の有る女性の美声だ。
ユーラと言うらしい女性魔導騎士が、今にも爆発しそうな形相を作っている。
舐めた態度を取り続けていた世良も一瞬気圧される程だ。
不味い。
これは非常にマズイ流れである。
ユーラの手は今、腰に刺さった剣に添えられている。
もし、アレが引き抜かれ、『戦闘』という流れになったなら、まず間違いなく勝ち目はない。憂さ晴らしにボコボコにされる可能性も高いだろう。
当然だ。
無償で保護してくれるという善意しかない提案を、加害者だなんだと罵り跳ねのけたのである。世良が。
最早、魔導騎士達の千三校生の心証は最悪だと言っていい。
「が、頑迷な女だ。わざわざ『神器』に歯向かうとは……」
「……誰が貴様らを救出してやったと思っている? その『神器』とやらに、伝承の如き力がないのは把握済みだ」
「……なッ!」
驚愕する世良とは裏腹に、浮波城は内心脱力した。
納得出来てしまったのだ。ユーラの言い分に。
そうだ。
自分達を助け出したのは『魔導騎士』。
当然、浮波城達の様に、危ない所を救われた者達だっているだろう。『神器』で魔物に応戦している所を見られた者も多い筈だ。
バレていない訳が無いのだ。
彼らに、『神器』の性能が。
どうして直ぐに気付けなかったのだろう。
いや、気づきたくなかったのだ。
『神器』の秘密がバレるという事は、『脅して帰還させる作戦が実行不可能になった』という事。
ジルバールはああ言っていたが、浮波城自身、まだ彼らが召喚の主犯であって欲しいと言う願望を捨てきれていなかったのである。
しかし、もうその望みは潰えた。
仮に召喚を行ったのが魔導騎士だったとしても、もう脅す事は不可能。
帰れない。
召喚に用いた何で帰還するという裏技は使えない。
ならば、これ以上噛みつくのは本当に意味のない行動である。
大人しく保護して貰うのが最善手。
故に、浮波城は、さっさと場をかき乱す事にした。
「気張れよ、出原!」
「え? ぐえッ!?」
呆けた声を出す出原を蹴り飛ばし、その巨体を前方に届ける。
つまり、世良とユーラが睨み合っている地点だ。
ドドーン!
目論見通りその地点に転がり出た出原に、大衆の視線が集まる。
そして、緊迫していた空気も壊れる。
いち早く硬直から解けたユーラが困惑気味に叫んだ。
「な、なんだ貴様は!?」
「いやぁ、すんませんねぇ、ウチのデブが。なんかコケちゃったみたいで」
そして、目を回す後輩の代わりに、胡散臭い声音が場に轟く。
混沌渦巻く戦場に、踏み込んだ浮波城が、腰の低い姿勢でユーラやリーク、他の魔導騎士達に頭を下げた。
そして、最後に世良の肩をポンポン叩く。柄にもなく、窘めの意味を込めてだ。
「ホラホラ、お前もそうカッカしてねぇで。ちょっと落ち着こうぜ?」
「触るな! 下劣な劣等生が!」
「か、かと……ッ!?」
物凄い剣幕で手を払われ、あまつ触れた個所をハンカチで拭われてしまったが、浮波城は我慢した。
「……せ、せっかく、『保護』してくれるっつってんだから、一旦甘えようじゃねぇか。変に敵対する必要なんてねぇだろ?」
「低能が吠えるな。『保護』より『帰還』を優先させて何が悪い。奴らを脅せば、確実に帰れると言うのが分からないのか!?」
「……」
この口ぶり。
ユーラに『神器』の性能を知られていると告げられて尚、『脅し』が通ると思っている様だ。ただ認めたくないだけか、それとも本当にまだ『神器』で勝てると思っているのか。
どっちにしても、考えを改めるつもりはないらしい。
ならば……。
「いや、だってそれ、コイツらが俺らを召喚してたらの話じゃねぇか。違うかも知れねぇのに、よくそんな自信満々でいれるな……」
『脅しは不可能』という事ではなく、『彼らが犯人とは限らない』という点を伝える事にする。しかし、世良は歯ぎしりしながら叫んだ。
「これだから低能は……。コイツらが召喚したのは確実だ! さっきそこのオッサンを論破したばかりだろう!」
「え、僕論破されてた?」
困惑するリークを指差しながら、世良は続ける。
「いい機会だ! お前も論破してやるから、文句があるなら言ってみろ! この低能が!」
唾を飛ばしながら吠える彼に、浮波城は告げた。
「いや、たぶん論破されっから嫌だけど……。少なくともジルの奴は、コイツらの言い分も正しいかもって考えてるみたいだぜ?」
「……!」
その一言で、世良だけではない。
異界人全員に動揺が走った。
「生徒会長が……!?」
「マジで!?」
「ど、どっちを信じれば良いんだよ?」
「そりゃ、ジルさんじゃないの……流石に」
と言ったふうな囁き声も聞こえて来る。
浮波城は思った。
勝機だと。
故に、彼らに向き直る。大衆の力を得るために。
「他でもない、あのジルバールがそう判断したんだ。千三高校の生徒会長。学校始まって以来の天才がな」
そして、大仰に両腕を広げながら、幼馴染の名を良いように使いまくる。
「確かに、コイツの考えは魅力的だよ。俺らを召喚したのがコイツらなら、元の世界に帰す様に脅す事も出来る。でも、違ってたら脅すもクソもねぇだろ」
生徒たちのざわめきの波は一層大きなものになって行った。
「確かに……」という呟きもざわめきを縫って聞こえ始める。
「保護されちまおうぜ? そうすりゃ一先ず飯や寝床に困る心配はねぇ。ここ放り出されたら助けてくれるトコなんてねぇって、ジルバールの奴も……」
そう、言いかけた瞬間だ。
「黙れぇぇぇえぇぇええ―――!!」
悲鳴の如き絶叫が鼓膜を劈く。
「へ……?」
一瞬何が起こったか、浮波城には分からなかった。
しかし、次の瞬間、否応なしに理解させられる。
「ジルバールの考えなら、必ず全て正しいのか貴様ぁぁぁあああああ!!?」
気が付くと、浮波城は目を見開いていた。
紅色の瞳が、『神器』を振り上げる世良を捉える。
その一挙手一投足を、彼の優れた動体視力は見落とさない。
けれど、神経の殆どが視力に集中してしまっている所為か、それともただ単に驚愕で思考が止まってしまっている所為か。
自分目掛けて振り下ろされる凶刃。
それを目の前にしても、浮波城の身体は石のように動かなかった―――。
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