15 不遜
覆灭の結び神-ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?-
14話の投稿となるます。よろしくお願いします!
前回までのあらすじーーー
異界人の処遇を決める話し合いの場に向かう道中、浮波城はアルスノワルという都市の、煌びやかな街並みに目を奪われる。
それは、滅亡の危機に陥っているとは思えない風景だった。
実際、魔導騎士ルノー・アルフィードからは魔神などいないと告げられ、ジルバールからもその可能性が高いと考察される。
魔神がいない。
世界滅亡の危機に陥っていない。
これらが事実なら、この世界の人間が、異界人を呼び出す理由が消えたと言う事だ。
では、一体自分達を呼び出したのは誰なのか?
これから自分達はどうなるのか?
様々な不安に駆られながら、浮波城達は目的地にたどり着く。
「うお……。なんつーか、ザ・神殿って感じだな」
浮波城は、馬鹿正直な感想を述べる。
空中庭園にインパクトを攫われた建造物の内部は、テレビでしか見た事のない程、豪華な造りをしていた。
一列に並んだ歯車の様な外縁をした長い円柱に、タイルを並べて作られたであろう天井。
壁には高そうな絵画が幾つも飾られており、その絵画自体も黄金の額縁に入れられている。宙には光の粒子が漂い、まるで暖色の雪が舞っているかの様だった。
「ここが王宮じゃないってマジ?」
「……『魔導騎士』の本拠地という事だから重要拠点なんだろうけど、それにしたって過剰だね。とても滅亡の危機に瀕している世界の経済状況とは思えないよ」
「……」
大口を開けて驚愕する出原に、ジルバールも同意を示す。
そして、『魔神がいない』という『魔導騎士』サイドの言い分を補強する考察も……。
等と思っていると、ルノー・アルフィードが会話に入ってきた。
「だから言ってるじゃない。この世界は滅亡の危機になんて陥っていない。なのに、救世の名目で君達が召喚されたんだ。何故か、ね。」
黄緑髪の優男の顔面には、相も変わらず愉快そうな笑みを張り付いている。どことなく森で遭遇した魔物を想起させる彼の雰囲気は未だ慣れそうにない。
けれど味方であるらしいこの男に、浮波城は尋ねた。
「気になってたんだけどよ……。なんでお前らは、俺らが『異世界から来た』って知ってるんだ?」
「ん?」
召喚した張本人だと言うのならば分かる。
自分で召喚したのだから、異界から来た者が誰なのか、判別できない訳はないだろう。
しかし、ルノー達は無関係だと言う。
ならば、どうしてあの広大な森の中から浮波城達を探し出すことができ、尚且つ自分達を異界人だと知っていたのか……。
この問いに納得できる答えが返ってこなければ、彼らが嘘を吐いているという疑いは拭いきれないが……。
「ああ、それはね。『お告げ』があったんだよ」
ルノーはあっけらかんと答えた。
「お、つげ……?」
「そ、神官のお告げ。上層部は結構そういうの気にしててね。原則従わなきゃならない」
『カルト的で馬鹿らしいとは思うけどね』と、ルノーは困った様に肩を竦めた。
浮波城も正に同じ気持ちである。
まさか、そんな根拠もクソもない理由で動いているとは思わなかった。そして、仮に嘘だったとしても『そういう信仰なんだから仕方ないじゃないか』と押し通せる点がいやらしい。
しかし、ここでジルバールの眼光が鋭くなる。
「つまり、『異界から救世の英雄が訪れる』なんていうお告げがあったという事ですか?」
「うん」
「もし、神託が正しいとすれば、『これから救世の英雄を欲する事態になる可能性も無くはない』という事になりますね……?」
彼の斬り込んだ質問を、ルノーは微笑のまま受け止めた。
「そういう事になるね。そういう観点からも、君達を保護する利点はある。さっきも言ったけど、僕らは君達の保護に結構前向きなんだよ?」
確かにそう言っていた。
けれど、問題があるとも。
そして、その問題と言うのが浮波城たち異界人の方にあるらしい。
その辺りについて改めて尋ねようとしたタイミングで、またも話の腰が折られた。
「さて、着いたよ。入ろうか」
ルノーが立ち止まっている。
見ると、彼の前には大きな扉が出現していた。この先に『話し合いの席』があるのだろう。
浮波城は無意識に生唾を飲み込む。
ジルバールの表情も心なしか硬い。出原はダラダラに汗を掻いている。
当然だ。
この扉の先で行われる話し合いが自分達の命運を決定づけるのだから。
だと言うのに、ルノーは軽い足取りで扉に近付いて行った。
そして、扉をすり抜ける。
「……は?」
驚愕に見舞われる浮波城達に、首だけ寄越した。
「はは、驚いた? 見せかけなんだ、この扉は。そのまま歩いて来てよ。既に通行許可は取ってある」
悪戯が成功したと言わんばかりに笑うルノー。
浮波城達は互いに顔を見合わせ、おっかなびっくり扉に触れた。
黄緑髪の美丈夫の言う通り、進行を阻む板は存在せず……スーッと、なんの抵抗感もなく通り抜ける。
そして、目を開けると、六角形の部屋が広がっていた。
広くはない。
ただ、高い。
超高層ビルでさえ収まってしまいそうな超高度。
彼方まで伸びる六方の壁には、一定間隔で観覧席の様なスペースが備え付けられていた。殆どが無人だが、ところどころに高級そうなローブを纏った『誰か』の姿も確認できる。
ついつい高さに目が行きがちだが、当然平面……つまり、床を踏みしめる者達も存在していた。
ざっと二十人近くはいるだろうか。
その殆どが、千三高校の制服を着ている。つまり、浮波城達と同郷の者達だ。
もう一方の少数集団は、ルノーと同じ様な服装である。それが、六名。ルノー含めれば七名である。
この世界の『魔導騎士』と考えて間違いないだろう。恐らくは、彼が言っていた『同僚』達だ。
「遅いぞ! アルフィード!」
なんて、分析紛いの事をしていると、『魔導騎士』の中から苦言が飛んで来た。
見ると、そこには険しい顔で腕を組んでいる女性の姿が……。
瑞々しい赤褐色の長髪と、染み一つない肌を持った麗人だ。
途轍もなく美しい女性ではあるが、吊り上がった眦が浮波城達を容易に圧倒する。
「いやー、ごめんごめん」
「……」
だというのに、軽い謝罪をするルノー。
悉く女性の顔が歪んだ。
怒気がヤバイ。
浮波城は、『煽んな馬鹿』と念を送るが、悲しいかな、ルノーは愉しそうにニヤ付くばかりだった。
「まあまあ、ユーラ。ルノーの遅刻なんていつもの事じゃねぇか」
「そうだよ。本題に移ろうじゃないか。どうせ言ったって直んないんだからさ」
と、ここで、男性の声が麗人を宥め始める。
ルノーと同年代くらいの大柄な男と、年輪を重ねているであろう落ち着きのある男性だ。
ユーラと呼ばれた彼女は、忌々しそうな表情を作ったものの、「お前等がそうやって甘やかすから……」と小言を漏らしつつ後ろに下がる。
重苦しい空気から解放されて、背後から出原の吐息が聞こえて来た。
「見苦しい所を見せてすまなかったね。さ、そんな所に突っ立ってないで、お友達のとこ迄おいで」
「は、はあ……」
壮年男性が手招きをしてくる。
浮波城達は、促されるままに千三校生の集まる所まで歩いて行った。
そして、改めて同郷たちの顔を見渡す。
同じクラスや同学年だと分かる者も居れば、当然ながら覚えのない者も多く存在していた。
そして、遠巻きに皐月橋栞の姿も見つける。ポツンと、無表情。
周りに生徒たちがいるのに、まるで一人孤立しているかの様だった。
他の者達は、困惑しているか、興奮しているかの二択である。興奮している者達は、娯楽小説の主人公になった心持でいるのかも知れない。
「……危険だね」
ジルバールがそっと耳打ちをしてきた。
その表情は憂いに満ちている。どうやら、浮かれた空気を感じ取ったらしい。
「さてと、初めまして。僕はリーク・ヴェンパー。君達を保護した組織の一員だよ」
ここで、壮年男が自己紹介を始めた。
思考を切り上げ、視線を彼の方へと向けると、語り部の様な聞き心地の良い口調で言葉が紡がれた。
「君達の事情は、粗方把握している。『魔神』を倒す為に召喚されたとの事だったね?」
その問いかけに対して、誰もウントモスンとも言わなかった。十人以上もいるのだから他の誰かが答えると思っているのか、それとも警戒ゆえの無視なのか。
どちらにしても不愉快な反応である筈だ。
けれど、リークという男性は、年季を感じさせる穏やかな眼差しのまま、淀みない声音を響かせた。
「でも、この世界には『魔神』なんて存在しない。もう各団長から聞いていると思うけれどね……。より正確に言うのなら、遥か昔に僕等の先祖が滅ぼしている」
ルノーに告げられた通りの情報を、改めて聞かされる。
『先祖が滅ぼしている』という追加情報もあったが、重要な事ではない。問題の要点は、今現在『魔神がいない』という事なのだから。
「つまり、現状君達の『確定している帰還方法』は破綻している訳だ。そして、『他の帰還方法』とやらの見当も付いていない。その認識で間違いはないかな?」
ルノーの金色の瞳が千三校生を射抜く。
当然彼は全体に視線を向けている筈だが、どういう訳か浮波城は、しっかり個別に見つめられている感覚を味わった。
そんな中、ジルバールが代表する様に口を開く。片手に生徒手帳を持ちながら。
「はい、具体的な方法は教えられていません」
リークは、興味深げに手帳を眺めながら尋ねた。
「でも、元の世界には帰りたい。そうだよね?」
「異世界に憧れを抱いている側面も少なからずあるでしょうが、大多数はそうでしょう」
ジルバールは明朗に頷く。
ここまで大人とスムーズに会話できる高校生は、この中では彼だけだろう。これは決して浮波城の身内贔屓ではない。
実際、多くの女子生徒は幼馴染の泰然とした姿に熱い視線を送っている。
「だよねぇ。そりゃ帰りたいよねぇ……当然の感情だと思うよ」
リークは顎に手をやって空を仰ぎ始めた。
そして、意を決した様に、告げる。真剣な眼差しの中に、確かな同情の色を乗せながら。
「ただ、ごめんね。力になってあげたいけど、『異界人を元の世界に帰す方法』なんてサッパリだ。申し訳ないけれど、保護してあげる以外、僕らにできる事はないかな」
本当に申し訳なさそうに……というか、気の毒そうに言ってくる。
そして、浮波城は、それが素直に『意外』だった。
確かにルノーという『魔導騎士』からは、『保護に前向きな考えを持っている』と聞かされていたが、ここまで露骨に協力的だとは思わなかったのだ。
しかも、『立場上渋々』と言った感じでもなく、本当に同情心から善意で申し出てくれているのが伝わって来る。
勿論演技と言う可能性だって捨てきれないが、好感に近い感情を、浮波城が抱いてしまったのは事実だった。
しかし、受け取り方は十人十色だ。
好感を抱く者もいれば、不快に感じる者もいる。
その中の一人が、不機嫌そうな声を上げた。
「つーか、おっさんさぁ。『保護してあげる』ってめっちゃ上からじゃね? 何様?」
「あ、それ、ウチも思ったぁ」
一瞬にして、全員の視線が其方に集まった。
反抗的な態度を示したのは、金髪と耳のピアスが特徴的な男子生徒と、明るい茶髪にウェーブを当てた女子生徒だった。
浮波城には見覚えがなかったが、他クラスか他学年の上位カースト生徒である事は間違いなさそうだ。
これまで穏やかに対応していたリークなる『魔導騎士』も、流石に一瞬目を丸くした。
しかし、気分を害した訳では無いらしく、直ぐに柔和な笑みを浮かべ、言い直す。
「ああ、ごめんね。もし君達が望むのであれば保護させて貰うとするよ」
壮年の魔導騎士は物腰柔らかに対応したが、流石に他の者達からは違った反応が見られた。
特に目についたのが、愉しそうに笑いを堪えるルノー。
それと、先程ルノーの噛みついた赤褐色髪の麗人は、不機嫌そうに目を細めている。
「よろしい! 物分かり良いね、オジサン! じゃ、ウチらが欲しい物ちゃんと用意してよね? できないは無しだよ!」
女性魔導騎士の物々しい雰囲気にも気付かずに、茶髪の女子生徒が調子づいた発言をする。完全に火に油を注いでいるがまったく気付く様子はなく、それはいの一番に声を上げた金髪ピアスも同じだった。
「そうだな! なんせ、俺らはこの世界の救世主サマなんだから! わがまま言っても良いだろ!?」
「もう、たっちゃんって、ホントばか! 『魔王』いないんだから、別に救世主でもなんでもないじゃん!」
「あ、そっか! あれ? でもそうすると、どうやって元の世界に帰るんだ?」
「もーう、帰れないから豪遊させて貰うんでしょ? ウチら異世界に連れて来られた可哀そうな被害者なんだから!」
「……」
浮波城は、絶句しながらルノーの言葉の意味を理解した。
魔導騎士サイドは保護に前向きな考え。
しかし、問題は異界人サイドにある。
それの意味するところは、つまりはこういう事なのだろう。
彼らの様に、『異世界に呼び出された被害者だから』、『救世主として呼び出されているから』と言った理由で増長している者がいる為、スマートに保護できるかどうか分からないという意味だったのだ。
幾らも『魔導騎士』達が此方に同情的でも、無理難題を要求し続ければ、いずれ愛想を尽かされてしまう。
「ごめんね。君達の境遇は可哀そうだとは思うけど、僕らだって無限に何かをしてあげられるわけじゃない。過不足ない生活は保障するけど、豪遊までは約束できないかな」
「は? 何それ、訳わかんないんですけどー」
リークが水を差すと、茶髪女は露骨に声のトーンを落とした。
非常に良くない態度である。
このままでは本当に愛想を尽かされてしまう。そうなれば、路頭に迷う。異世界で。それは、近い将来死を意味する。
ジルバールも同じように考えているようで、険しい顔で身を乗り出していた。
浮波城達は互いに目配せをして、乱入してしまおうと足を動かす。
けれど―――。
「いい加減にしろ、貴様ら……!」
先に、不快感丸出しの声音が打ち上がってしまった。
それは、千三高校生の集まりからではない。
魔導騎士達の中から、赤褐色髪の麗人が前に出て来る。
「我々は善意で貴様らを保護してやると言っているのだぞ。本来なら、助けてやる義理などないのにだ」
「え、えー、でもウチら被害者だし~?」
茶髪は一瞬気圧されるものの、直ぐにおちょくる様な声音を奏でた。
あくまでも『被害者』。
その立場を前面に押し出して。
しかし、ユーラは動じなかった。
「では、貴様らの加害者は誰だと言うのだ?」
「はぁ?」
質問の意味が分からなかったらしく、金髪が胡乱な声を上げる。
しかし、目の前にいるのが芸能人顔負けの超絶美人であるからか、露骨に顔が赤い。声も、少し上ずっている。
「貴様らの横暴が正当化されるのは加害者に対してのみだ。我々に無茶を強いるのは理屈が通らんだろう」
全く以てその通りと、浮波城は思った。
例えば暴行事件の被害者が居たとして、犯人が分からないから代わりにお前が慰謝料を払え等と振られても頷けるわけがないだろう。とばっちりも良い所である。
「その通りだね」
ここで、ジルバールが演説する様な形で彼らの間に躍り出た。
「彼らは僕らを召喚してはいない。『魔神』が存在しない以上、わざわざ呼び出す理由がない」
「せ、生徒会長……」
さっきまで威勢が良かった茶髪女子が、借りて来た猫のように大人しくなる。
他の生徒も、学校一の有名人の登場に目が釘付けになっていた。
「なのに彼らは僕らを『保護』してくれようとしているんだ。甘んじようじゃないか。帰れる帰れないは一旦脇に置いておこう。今は、身の安全の確保が最優先だよ」
場が一気に静まり返る。
誰もが認める天才の意見に、誰も異を唱えられない。
このまま、魔導騎士達に保護されて一件落着となる……筈だった。
しかし―――。
「『魔神がいない』か。そんな世迷言を信じているとは、見下げ果てたぞ、ジルバール・レスター」
嘲りと侮蔑を含んだ声音が発砲させる。
漆黒の髪を持つ、中性的な顔立ちの男子生徒が、敵愾心丸出しに生徒会長を睨みつけていた。
お読み頂きましてありがとうございました!
宜しければ、次回もよろしくお願いします!




