14 王都
覆灭の結び神-ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?-
14話の投稿となるます。よろしくお願いします!
前回のあらすじ
森の中で気を失った浮波城は、とある一室のベッドの上で目を覚ます。
白い天井に白い壁、白い布団。そして薬品の匂いが鼻孔を擽る。
どうやら、そこは病室である様だった。
どういう状況下なのか判断できないでいると、病室ないに入って来たジルバールにより、『魔導騎士』に保護された事を教えられる。
そして、彼らを保護した張本人、ルノー・アルフィードも現れ、ボスの元に来るよう告げられたのだった。
『君達をどうするか話し合う事になってる』。
黄緑髪の優男、ルノー・アルフィードが言い放った言葉に対して、浮波城は若干の違和感を覚えた。
自分達は今、魔導騎士に保護されている。
確かに、ジルバールはそう言っていた。
自力で彼らの元に辿り着いたのではなく、絶体絶命の窮地を救われる形で回収されたのだ。
あんな広い森にいた自分達を、『偶然見つけた』なんて事は無いだろう。
恐らくは『異界人達がいる』事を知ったうえで、あの森を捜索していたに違いない。
つまり、浮波城達を召喚したのは魔導騎士だという推測が成り立つということだ。
ならば、魔導騎士側に『協力を要請する』以外の選択肢があるとは思えないが……。
「俺らをどうするかって……、なんだよ? 煮るなり焼くなりすんのか?」
「いや、知らないよ。ていうか、それを決める為の『話し合い』でしょ」
あっけらかんと言ってのけるルノー。
冗談で言った『煮るなり焼くなり』をシレっと選択肢の中に入れられて、浮波城は内心冷や汗を搔いた。
男の意図が分からない。
彼は恐らく、自分達を召喚した側の人間。『魔神』を倒す為、『神器』という力を自運営に取り込みたい立場である筈だ。
だと言うのに、無駄に飄々としていて、此方の印象を悪くする。確かに、彼は命の恩人であるが、だからと言って心証を下げる意味が分からない。
そんな疑問に取りつかれていると、パンパンと手を叩く音が鳴った。
発生源はルノー。
「ほら、立って立って。説明は歩きながらするよ」
「わ、わかったって! 布団はぐなっての!」
強制的にベッドから引き剥がされた浮波城は、ルノー先導の元、出原やジルバールと共に病室を後にするのだった。
◇
「ジルバール君達には既に話した事だけど、君にもあらまし伝えておくよ、涼牙君」
窓のない廊下を歩いていると、不意にルノーがそのように切り出した。
電球とはまた違う、宙に浮かぶ謎の発光体に照らされながら、浮波城は彼の発言に口を尖らせる。
「……いきなり名前呼びかよ。陽キャアピールか?」
「君達は異世界の人間で、『魔神』なる魔物を倒す為に『何者か』に呼び出された」
ルノーの朗々たる声音は、ツッコミなど意に介さず紡がれた。
「つまり、君達はこの世界を救う為に現れた救世主な訳だ」
「まあ、そうみたいだな」
浮波城は素直に頷く。
救世主なり得る力を有しているかはともかくとして、一応その様な体の筈だ。
それは、手帳から告げられた情報であり、『現地戦力ではどうにもならないから、外部の戦力を呼び出す』という観点からも見ても、筋の通った確定情報だと受け取っている。
まあ、異世界人が『神器』を授かって召喚される理屈は、全く分からないのだが……。
「そして、その救世主様は『魔神』を倒す事で元の世界に帰る事が出来る。面白いよ。御伽噺だと思っていた『異世界人』が本当に実在していたなんてね」
愉快そうに微笑むルノーの笑みに、含みのある色が混じる。
「しかもこれ、僕らにかなり都合のいい話だよね。世界の危機に救世主が現れて、敵だけ倒して貰ったら、元の世界に帰って貰えるんだもん。報酬も用意しなくていいし、よっぽど経済的だよ」
これは一種の自虐なのだろうか……?
そんな事を思っていると、ルノーは心理を見透かしたかのように、酷薄に告げる。
「でもね。残念だけど、この世界には『魔神』なんていないんだ」
「……え」
衝撃的過ぎる告白に、浮波城は数秒時が止まった。
だと言うのに、ルノーは全くの通常運転だ。愉しそうに、ニタニタと笑っている。
「は? ちょっと待てよ? いない? ウソこけ、じゃあなんで、お前らは俺らを呼び出したんだ……?」
浮波城は動揺しながらも、どうにか尋ねる。
すると、ルノーは可笑しそうに笑い声を上げた。
「あはは! やっぱり、君も僕らの仕業だと思ってたんだ。まあ、普通に考えて、一番怪しいのは僕らだもんね」
ひとしきり笑い終えると、今度は貌を引き締める。
「でも、僕らは何もしていないよ。そして、『魔神』もいない。それは純然たる事実だ」
「いや、だって……そんな」
ルノーの声は芯に訴えかけて来るモノがあり、とても嘘だとは思えなかった。
けれど、嘘だと思いたい。信じたい。
『自分達を召喚したのがルノー達ではない』だけなら、まだ良いのだ。
良くはないが、まだ看過できる。極端に言えば、『脅して帰還できるチャンスが潰れる』というだけなのだから。
けれど、『魔神がいない』は駄目だ。
存在しない者の討伐が帰還条件に設定されているなど、とんでもない矛盾である。
『魔神討伐』以外にも帰還方法はあるとは言うが、そもそも根本グラついている以上、それも本当かどうか疑わしい。最悪の場合、本当に帰還方法が無いなんて事も……。
ジワリと、背中が嫌な汗で濡れた。
そもそも考える事が得意ではない浮波城にとって、この状況は完全にキャパオーバーである。
浮波城は、ジルバールの方へと視線を向けた。
彼は、神妙な顔で口を開く。
「……正直、僕もこの話を聞いた時は信じられないと思ったよ」
「だ、だよな」
その言葉に、浮波城はホッと胸を撫で降ろすが、同時に彼の発言が、『過去形』である事にも気づいてしまった。
その事について尋ねる前に、ジルバールは次の句を口にする。
「うん……。僕らに召喚の主犯だと伝えるメリットも、『魔神』を倒して欲しいと頼むメリットも、彼らには無いからね」
「だね。もし僕がその立場でも明かさない。只の善意で保護してあげてるんだよって体でいた方が、心証が良いもんね」
ジルバールの考えに、何故かルノーが同意する。
確かに馬鹿正直に、僕らが召喚しました! 『魔神』を倒して下さい! では、身勝手だと受け取られる可能性が高い。異界人達の反発や増長を招くだけだろう。
で、あるならば、仮に召喚していたとしても無関係を貫く筈だ。やはり、ルノーの発言を鵜呑みにするのは危険だろう。
だと言うのに……。
「おい、ジル……。そんだけ否定材料があって、なんでお前シケた面してんだよ?」
「それは……」
「それは、もう直ぐわかるよ」
言い淀むジルバールの言葉を、ルノーが奪う。
それと同時に、外界への出入り口が見えて来た。
小さな出窓から、木漏れ日が射し込んでいる。これまで殆ど人工の光にしか触れていなかった為、やけに恋しく感じられた。
扉の前に辿り着いたルノーが、ドアノブを回す。
徐々に露になった外の景色は、一度眩い陽光に掻き消され―――。
瞼の裏越しに伝わる明かりと、素肌を包み込む暖かさに出迎えられて、浮波城はゆっくりと短いまつ毛を持ち上げた。
「お、おお……!」
眼前に現れた光景。
思わず、感嘆の声が漏れる。
この時ばかりは、『帰れないかもしれない』という不安が、浮波城の胸から完全消え失せた。
雲が程良く散りばめられた満点の青空―――。
その下には、美しい街並みが広がっていた。
日光が降り注ぎ、キラキラと輝く白亜の建造物。
大自然を思わせる木製の家々。
天を突かんばかりに伸びる無数の塔。
荘厳な音色を響かせる大鐘楼。
所々に点在している草木の緑も、絵本の様な街並みの作成に一役買っている。
窓越しに見るのとは、全くスケールが違う。
「す、すげえ……これが」
「君達が『異世界』と呼ぶ僕らの世界。大国・ログトリアの中心……王都・アルスノワルの、これまた中央部さ」
360度辺りを見渡す浮波城に、ルノーが補足する。
「さあ、行こう。時間も押してるんだ」
柄にもなく感動している浮波城を尻目に、ルノーはそそくさと歩き出した。
出原とジルバールもそれに続く。
随分と淡白な反応だ。恐らく、既にこの景色を堪能していたのだろう。
浮波城は、慌てて小石一つない砂利道を踏み出した。
均一に慣らされた砂は、まるでベージュ色の絨毯のようで……。
実際歩いてみると、ふかふかでないない事に違和感を覚えてしまう。
そんな子供じみた感想を抱いていると、不意に子供の声が耳朶を叩いた。
少し遠くに見える石造りの橋の上を、かけっこでもする様に走っている。
その橋の下には水路が走っており、耳を澄ますと水流の子気味いい音も聞こえて来た。
かと思えば、今度はバン、バン! と、心臓に悪い爆音が轟いて……。
見ると、小高い塀の上で衣類を干している女性と目が合った。人好きのする笑顔で此方に手を振ってくれる。
「なんか……すげぇ平和だな」
軽く手を挙げ返しながら、浮波城はそんな感想を述べた。
ルノーが誇らしげに胸を張る。
「そうだろう、そうだろう? 僕ら凄く頑張ってるからねぇ。ここは、この世界でも三指に入る程平和な街さ」
ルノーが、改めて浮波城の方を向く。そして、バッと両腕を広げた。指の一つ一つが真っ直ぐ伸びて揃っており、やけに仰々しく感じられる。
「争い事なんかとは無縁な澄んだ空気! 豊かな資源で作られた建造物! 水は清く、街の中央にはその水を吸い上げた御神木すら立っている! 人々は活気に満ち溢れ、商業区に行けば、この僕すらぼったくられる始末だ!」
ひとしきり喚声を上げると、ルノーは満面の笑みを作りながら改めて訊いて来た。
「さて、質問返しでもしようか、涼牙君。君にはここが、『魔神に滅ぼされようとしている世界』に見えるのかい?」
「……ッ」
その問いに、浮波城は何も答えられなかった。
『見える』と言えば嘘になる。
けれど、『見えない』と認めてしまえば、帰還方法の喪失の可能性を認めてしまう事にもなる。だから、問いに答えられない。けれど、『答え』は容赦なく眼前に広がっていて―――。
「……俺達の処遇を、これから決めるんだったよな」
「そうだね」
「今んトコ、どうなりそうなんだ?」
うーんと、ルノーは考える。
「どうなるんだろうねぇ? 正直、僕は保護してあげて良いと思ってるんだけど。戦力なんて多いに越したことはないし。でも、得体の知れない連中を抱え込む必要はないって考えの奴もいるんだ」
それは、そうだろうな。と浮波城も思った。
ルノーの考えも、反対意見も、どちらも同じくらい理解出来る。
「もっと言うと、近年魔物達の力も増してきていてね。情けない話、同僚も何人かぶち殺されちゃってる。だから、力を貸してくれるなら、保護するくらい全然アリだと思ってるよ。僕はね」
「そいつはありがたいな。……で、アンタの意見はどのくらい通るんだ?」
肝心な事を尋ねると、ルノーは首を捻った。
「どうかなぁ? 僕、団長位だから普通に発言力は高いんだけど、話し合いに出席するのも団長だからね。僕、団長内でのヒエラルキーごみだから……」
シクシクと、両手で顔を抑えながら泣き真似をするルノー。出原の「キモッ」という発言に同意しつつ、浮波城は更に尋ねる。
「他に、保護派になってくれそうな奴は?」
「あー、それ自体は結構いるよ。古参のリーク団長なんて、その最たる例だろうし。ただ、問題は君達にあるんだよね……」
「は? 俺ら?」
意外な指摘に、浮波城は素で目を丸くする。
けれど、その答えを聞くより前に、目的地に到着した様だった。
「着いたよ。僕の所属する退魔組織『天境祇騎団』。その本部だ」
『因みに、さっきいたのは僕受け持ちの支部』。ルノーは、そう付け足したが、既にその声は浮波城には届いていなかった。いや、浮波城だけではない。
出原は勿論ジルバールさえ、その光景に唖然としている。
目の前にある荘厳な城に圧倒されているのではない。
彼らの視線は『上』だ。
上空に浮かんでいる、絢爛豪華な空中庭園。それに、目を奪われているのだ。
浮波城は指を差しながら、恐る恐る尋ねる。
「えっと、これから俺達、あそこまで行くの?」
「違う違う。あっちは王様の住まいだよ。僕らはこっち」
否定しながらルノーが指さしたのは、王城の真下に聳えた立つ建造物だった。
十分に巨大で豪奢な装飾の施してある三角屋根の城ではあるが、遥かにインパクトの強い空に浮かぶ城を見てしまった所為で驚きが霞む。
「ホラ、微妙そうな顔してないで早く行こう。もう皆待ってるから」
「あ、ああ」
ルノーの催促を受け、浮波城達はその城内に足を踏み入れるのだった。
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