12 合流
覆灭の結び神 ~ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?~
12話の投稿となります。よろしくお願いします!
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ただ、ひたすらガムシャラに、無我夢中で『神器』を振り抜いていたから。
沸騰しそうな頭で、焼けるような胸で、燻る腹の怒号を吐き出していたから。
だから、目の前に広がる地獄絵図に、浮波城は理解が追い付かなかった。
「なんだ……こりゃ……?」
思わず声が漏れる。
そして、皮膚が焼けるように熱い。
灼熱の空気が、灰さえも燃やし尽くしてしまいそうだ。
眼前を支配するのは暴力的なまでの『紅』。
煌々と燃える炎が、森の緑を喰らい尽くさんと猛っていた。
これが浮波城の『神器』の能力なのだろう。
つまりは、『炎』を放出する刀。
恐らくは、単純にジルバールや出原の物の炎属性版という事なのだろうが、その威力は桁外れだった。
これがデフォルトの威力なのか、出力を調整出来ていないが故のバグなのかは分からないが、『神器』の名に恥じない一撃である。
その一撃が直撃した『奴』の姿は見えない。
確かな手ごたえは感じた。恐らく、回避はされていない。
浮波城は願望にも近い感情を抱きながら、視線を横に移した。
視界に映るのは、黒髪の少女。
彼女は地面にへたり込みながら、呆けた顔で炎の光を見つめていた。
首に絞めつけ痕は残ってしまっているが、どうにか救出できた様だ。
「おい、ヅラかるぞ。このままじゃ、俺らも焼かれちまう!」
「……う、うん」
そう、声をかけた直後だった。
一陣の風が吹き、煽られた炎が無事な草木に燃え移る。
そして、あっという間に彼らを取り囲み、退路を断ってしまった。
憎らしい程に人為的な火の手の移り方に、浮波城は地団駄を踏む。
「は!? ざけんな……! なんだ今の動き!」
そして、次の瞬間―――轟々と燃える炎の音の中から、地を這う様な声が聞こえて来る。
「ねえ、俺のお嫁さんを連れてどこ行くつもり……?」
「―――!」
アスティオロスベータ……らしき人物が、業火の中からゆっくりと出て来た。
全身焼けただれている所為で元の面影は皆無。
正直かなりグロテスクな光景だ。皮膚がめくれて顕現した肉の赤なのか、血の赤なのか判別できない程、彼の身体は損傷している。
正直、何故動けているのか……。いや、魔物だから当然なのか……。
最早半ば現実逃避の為に、そんなどうでも良い疑問が頭に浮かぶ。
浮波城の意識を現実に引き戻したのは、自身の左腕が引っ張られる感触だった。
「……!」
「放心しちゃ駄目」
少女が、浮波城にしか聞こえない音量で耳打ちしてくる。
確かにその通りだ。炎に囲まれ、敵と対面している状態で上の空になっているなど自殺行為。幾ら一杯一杯でも、目だけは離してはいけない。
「それにしても鬱陶しいね、君の炎……。普通なら、そろそろ自己修復が始まる頃合いなのにさ……」
忌々し気に言葉を吐くアスティオロス。
その身体、若干正常な色を取り戻しつつあるが、確かに治りは芳しくない様だ。
「流石は『あの炎の系譜』と言った所かな?」
「……テメェ、説明って言葉知らねぇのか? さっきから、我が物顔で意味不明な事ばっか喋りやがって」
浮波城はアスティオロスベータを睨みつける。
奴は最初からそうだった。
意味深な事を言うばかりで、詳細は一切寄越さない。それっぽい事を言い連ねるだけの自己満足。
いい加減、知っていること話してもらわねば、奴と会話する負担に見合わない。
「テメェ、俺らの事を知ってんなら事情だって知ってんだろ? 俺らをこの世界に呼び出したのは誰だ? 元の世界には―――」
途中で、身体から力が抜ける。一切の抵抗が出来ず、膝が崩れ、その場にうつ伏せになる。
殴られたのだと、浮波城が認知した瞬間には、殴った本人は喋り始めていた。
「勘違いしてるなぁ……。確かに俺は君達の事情を知ってる。でも、質問に答えてやる義理はないだろう?」
「……ッ」
「さて、もう終わろうか? 今回は、俺も良い教訓になったよ。『強大だと分かっている力を体感したい』なんて、柄にもない欲求に身を任せるべきじゃなかったって」
アスティが歩き始める気配を感じる。
このままでは殺される。だと言うのに、身体には一向に力が入らなかった。
というより、最早感覚が鈍い。
頭に打撃を受けた影響か。『神器』の力を使った反動故か。
とにかく、殴られ蹴られた痛みも、木々が焼ける匂いも、地面の感触も、全てが薄れ、他人事の様に感じられる。
命の危機だと言うのに、身体に緊張が走らない。
そんな中で、不意に、浮波城は温かみを感じた。
全身が温もりに包まれている。
優しい。
気を抜くと、微睡に包まれそうになる。
いけない。今寝れば、確実にお陀仏だ。
そう思った瞬間、耳障りな喚声が、浮波城の意識を引き留めた。
「は? 君は俺の嫁だろ? なに堂々と浮気してるんだよ……!?」
アスティオロスの声だ。震えている。
余程衝撃的な事が起きたと推測できる。確かに、嫁に浮気をされたのならこの反応にも頷けるが、奴が嫁としているのはあの黒髪の少女だ。一体彼女が何をしでかしたと言うのか……?
等と思っていると、次の瞬間、大声で答えが叫ばれた。
「他の男なんか、抱き締めるなぁぁぁぁああぁぁあ!!!」
「……ッ!?」
気持ち悪い。
鼓膜が破れそう。
聞く者の耳を二重の意味で破壊する大絶叫は、物理的な波動を伴なって大気を震撼させた。大地から奴の慟哭が浮波城の腹に響く。
けれど、自身を包んでいる暖かさは一切揺らぐことは無かった。
「うるさい……。私はあなたの物じゃない」
そして、直ぐ近くから。
本当に直ぐそこから、流石に聞き慣れて来た少女の声が鼓膜に入る。
妙に心地がいい。
アスティオロスの喚き声を飽きる程聞いた反動もあるのだろうが、もっと聴いていたいと、そう本能的に思ってしまった。
「そうさ! 俺の『物』じゃない! 俺の『嫁』だ! 嫉妬して何が悪い殺して剥製にしてやろうか!?」
「……」
「大体! なんで、そいつを庇う!? それで―――」
「死なせたくないから」
「……ッ!?」
少女の即答に、アスティオロスの息が詰まるのが聞こえて来た。
ここに関して言えば、浮波城も同じ気持ちだ。
自分は、彼女を裏切り者だと疑った三人組の一員である。実際、勘違いから一度は『神器』を向けた事さえある。良い印象を抱かれている訳がない。
「何故……?」
「……わからない」
少女は、そう声を振り絞った。
その声音に偽りは感じられない。本当に、何故死なせたくないのか理解できていないと言った声色だ。しかし―――。
「でも、死なせたくない。そう思ったの」
次いで出たのは、真っ直ぐと芯の通った言葉だった。戸惑い交じりの先程とは違う。心の底から出た本音である事が伝わってくる。
何故そんなふうに思っているのかは分からない。
少女自身でさえ分かっていないのだから当然だ。
けれど、浮波城は思った。
友でも、知り合いでもない。一度は刃さえ向けた自分の事を、そんなふうに思ってくれるような少女を、自分も死なせたくはないと。
動けよ。
浮波城は、そう身体に念じた。
歩けなくても良い。
腕さえ動けば……『神器』さえ振れれば、それで良い。
声の位置関係的に、アスティオロスベータはかなり近づいて来ている。
そして、奴は先程の攻撃で深手を負っている筈だ。
もう一回、さっきの威力で炎を出す事が出来れば、それを当てる事が出来たなら……。
このバケモノを倒す事が出来るかも知れない。
正直賭けだ。
だが、やるしかない。どの道このままでは殺される。
だったら一か八かに出るしか、生き残る道はない。
そう、覚悟を決めた瞬間だ―――。
ビュウッ―――。
風を切る音。
大した音量でもない筈のソレが、やけに耳に響いた。
そして、何かが土を踏む音が聞こえる。
多分、動物ではない。二本足に、靴。
恐らく、人間だ。
「いや~、派手にやってるね~。ていうか、山火事とか結構ドン引きだよ……」
その予想を肯定する様に、随分と気の抜けた男の声が場に轟いた。
どことなく、雰囲気が現れた時のアスティオロスベータと似ている。
けれど、『何か』が明確に異なる声だ。
アスティと似ている故に警戒しているのか、自身を抱えているらしい少女の腕の力が強まった様にも感じた。
だが、それを他所に、アスティオロスが動揺した様に呟く。
「『英雄』ルノー・アルフィード……ッ!」
英雄……。
現れた男は随分と大層な肩書を持っているらしい。
アスティオロスの反応からして、此方の味方だと信じたいが、果たして……。
敵か味方か、確証を得られぬまま両者の会話は進む。
「知って貰えているなんて光栄だね。握手してあげようか? それとも、サイン?」
「……」
乱入して来た男のおちょくる様な物言いに、沈黙が落ちる。
男は、妖艶な声音で息を付き、続けた。
「僕らの目的は、彼らの『保護』だ。退いてくれるなら後は追わないよ。君もその傷で、僕と継戦は望む所じゃないんじゃないかい?」
再び沈黙。
けれど今回は、アスティオロスベータと男が睨み合っていると、肌で伝わって来る。
確かな、緊張感。
感覚が朧げな今の状態でも、それが感知出来た。
そんな張り詰めた空気は、何の前触れもなく霧散する。
「分かったよ。万全じゃないと、君には勝てないだろうしね。見逃してくれるなら、お言葉に甘えよう。でも……」
アスティオロスベータの瞳が、此方を貫いた・気がした。
「次は無い。次はキッチリ俺のお嫁さんを誑かした罰を受けて貰うよ」
そして……、と、魔物の言葉は続く。
「改めて迎えに行くからね。名前は何ていうのかな?」
「……」
コレは、少女に向けられた言葉だろう。
当然と言うべきか、彼女が口を開く気配はない。
また、アスティが激昂しないか心配だったが、今回は杞憂に終わった様だ。
「全く、シャイだなぁ。まあ、いいや、消えるね」
その言葉を最後に、本当に奴の声は聞こえなくなった。
場の空気も、幾らか弛緩した様に思える。
「ふう、退いてくれたか……。もう出て来て良いよ」
助けてくれた男が、どこかに呼びかける。
すると、直ぐに騒がしい足音が聞こえて来た。
それが、一直線に此方に近付いて来る。
「センパイ!」
「浮波城!」
よく聞き慣れた声が聞こえて来た。
「出……原、ジル……」
なんとか、彼らの名を呼ぶことが出来た。
二人の息遣いが直ぐ近くで感じられる。彼らが生きている。
良かった。
安心感に支配され、浮波城の意識は闇の中に落ちて行った。
お読み頂きまして有難うございました!
また、Twitterの方で、毎回作品を紹介して下さってありがとうございます。梅田青、豚油共々、楽しく且つ有意義に勉強させていただいております。
本当に感謝してもしきれません!
その上で、まだ読めていない作品もございます。
それらの作品の作者様、本当に申し訳ございません。
お時間いただけると幸いです。