11 燄
覆灭の結び神 ~ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?~
第11話の投稿となります。
一応序章の山場の一つとなっています。よろしくお願い致します。
「く……そ……ッ!」
口だけの化物が、羽虫の様に群がって来る。
その悍ましい光景に顔を歪めながら、浮波城は『神器』を構えた。
「さあ! 君の本気を見せてくれ!」
魔物達の隙間からは、テンションの間違った奇声が聞こえて来る。
この地獄絵図を創り出した張本人のものだ。
アスティオロスベータと名乗った灰髪痩躯の人型魔物が、両手を広げて目を輝かせていた。
「ざっけんな……ッ!」
浮波城は、愚痴を剣に乗せながら振るう。
何か勝手に盛り上がっているが、こちらとしてはソレどころではない。目の前の敵を倒すだけで精一杯だ。
ジルバールや出原の様に、水や重力の魔法を使えるのであれば、広範囲攻撃で制圧する事も出来たのだろうが、残念ながら浮波城は、仲間内で唯一『神器』の力を開放できていない人間である。
だというのに、奴は一体何を期待してると言うのか……。
「ほらほら、悠長に戦ってないで『神器』の力を見せてくれよ」
それは、最早煽りだった。
使えるならとっくに使ってる。
一応この戦闘中も、浮波城は力を使おうとはしているのだ。
多勢に無勢の乱戦である故、『溜め』の時間は十分ではないが、それでも『神器』に内包される力を押し出すイメージで常に剣を振るっている。
けれど、出ない。うんともすんとも言わない。
このままでは、数の暴力に圧し潰されるのも時間の問題だろう。
せめて、助っ人が一人でもいれば……!
そう思った矢先だった。
「どうしたら出るの? 武器」
浮波城の耳に、鈴の音を思わせる声が届いたのは―――。
「……!」
視線だけでそちらに向けると、『神器召喚陣』のページを開いている少女の姿があった。
こんな状況にも関わらず、変わらずに淡々としている。まるで恐怖と言う感情が欠落しているかの様に……その碧眼は一切波打っていなかった。
正直、鉄仮面すぎて得体が知れない。
けれど、今はその平常心が有難かった。
浮波城は即答する。
「手ぇ翳して念じろ……! 『出ろ』ってな!」
瞬間、まばゆい光が発生した。どうやら、タイムラグなしで実行に移してくれたらしい。
もしかすると、これで状況が一変するかも知れないのだ。
まさしくそれは、希望の光だった。
やがて、光は収束する。
代わりに露出したのは、腕輪だった。
正確には『バングル』という代物だ。しかし、浮波城に見分ける見識はない。
雪肌に映える真紅の下地に、花弁をあしらった白銀の装飾。
加えて、魔法陣の様な紋章が彫ってある。
正直この時点でかなり『伝説の装備』然とした見た目だが、最も目を引くのは、中央部に坐する空色の宝石だった。
それは、彼女の瞳とよく似ており、直視すれば離せなくなる魅力を放っている。
「腕輪……? おいおい、そんなモンで戦えん―――」
浮波城が詰りかけた瞬間ーーー。
バッと、少女が右手を突き出した。
同時に宝石が空色に発光、無数の泡が前方広範囲に飛び出す。
「うおっ!?」
鉄砲を思わせる速度のそれを、間一髪で避けながら、浮波城は泡の群れの行く末を目で追った。
とても攻撃性があると思えぬ『神器』から放たれた無害そうな攻撃。
それらは全て、魔物達に着弾する。
半ば浮波城をブラインドに使ったのもあるだろうが、それ以上に『危険性が感じられない』というのも大きいのだろう。
けれど、仮にも『神器』から放たれた攻撃だ。
全くの無害という事はない筈。
そう思って、というか願って、泡の付いた個体を注視していると……。
やがて爆発する……なんて事もなく、自然な成り行きで魔物達の身体が湿っていった。まるで、石鹸の泡が付いている様である……。
「何アレ? どんな効果?」
「……さあ」
堪らず尋ねると、少女も小首をかしげた。
そして、悪びれもせずに次の様に続ける。
「なんか、出そうだったから……」
「……」
なんじゃそら、と言いたくなったが、確かにジルバールや出原も実際に放ってみて初めて『神器』の力を知った様だった。
彼らが、たまたま単純な攻撃系だっただけで、彼女の様に、一見して能力が分からない事もあるのだろう。
では、一体どんな力なのか。
例えば、遅効性の能力……。敵にデバフを掛けたり動きを制限したり。そういった効果が遅れてやって来るのかも知れない。
等と考えてみたものの、あくまでも勝手な推測だ。
能力が明確になっていない力に頼る事は出来ない。
つまり、相も変わらずメインアタッカーは浮波城のみという事だ。
その事実を再認識した瞬間――――嫌な気配が膨れ上がった。
「……!?」
身体が硬直する。
気が付くと、人型魔物の腕が鞭の様に迫って来ていた。
「え」と言葉を漏らす前に―――。
「邪魔」
「ガ……ッ!?」
浮波城は、細腕からは想像も付かない程の力で弾き飛ばされた。
弾丸の様に吹き飛んだ身体は、丈夫な木の幹に受け止められて静止する。
木と浮波城の受けたダメージは甚大で、木目には大きなクレーターができ、浮波城は多量の血液を吐きだす事になった。
「て……めぇ……」
背中が痛い。
呼吸をする度に律義に痛む。
どれだけ出鱈目な力で吹き飛ばしているんだと、浮波城は気力を振り絞ってアスティオロスベータを睨みつけた。
すると、奴は呆れた顔を見せて来る。
「なに、まだ生きてるの? 生命力ヤバ。キモいよ?」
嘲りと共に注がれたのは、ゴミを見るような視線だった。
つい先ほどまで、浮波城の力に過剰な期待を寄せていた筈だが、どうやら急な心変わりをしてしまったらしい。
そして、彼の興味を奪ったのは、黒髪の少女でーーー。
魔物によって胸倉を掴まれた彼女は、片手で軽々と持ち上げられる。
「……っ! はな―――」
「良いね、君の力。俺のお嫁さんにしてあげるよ」
少女の抵抗を意にも介さず、アスティオロスベータの唇が動く。奏でられる旋律は不快そのもので、少女の無表情が困惑と嫌悪感に染まった。
「テメェ……何気持ち悪い事ほざいてやがる……」
太刀を杖にする形でどうにか立ち上がり、浮波城は口を開く。
けれど、所詮は虫の息。
それが分かっているからか、はたまた最初から眼中にないのか、人型はチラリとも此方を見ずに弁舌を振るった。
「俺は魔物の中でも特殊でさ。その所為で爪弾き者なんだ。だから、お嫁さんになってくれる奴なんか誰もいない」
胸倉を掴んだまま、アスティオロスベータは器用に肩を竦める。
「だから、自分で作る事にした。俺は人や動物を魔物に変える能力を持ってるから、色々試してるんだよね」
「……っ!?」
「人を魔物に……だと?」
中々の衝撃発言がサラッと成された。
少女の顔が一層白くなっているのが分かる。
当然だ。この状況。この口ぶり。馬鹿でも人型が何をしようとしているのか分かるだろう。
「良い能力だろ? でも、成功率は低いんだ。普通にやると拒絶反応が出て、奇形の化け物ができあがる。仮に成功しても、今度は強過ぎる成体なったりして手に負えない」
そこまで語ると、魔物は悪魔の様な笑みを浮かべた。
胸倉を掴んでいた手が、少女の首へと移動する。
ギュッと、細い首を握る。
「え……ぁ?」
ブラフではなく、しっかりと締め付けられているのが、少女の声から分かった。その苦しそうな呻き声が、首の骨が軋む音が、浮波城を焦らせる。
「お、おい、何してやがる……!? やめろ!」
しかし、当然そんな声に耳を貸すわけがない。
浮波城の訴えを無視して、アスティオロスベータは滔々と告げる。苦しむ少女を、舐め回す様に見つめながら。
「けど、死体を魔物に変える場合は別だ。拒絶反応が起こらないから成功率が爆上がりする。死んだ後の方が、肌の色も近いから夫婦感も増すしね」
「……ッ」
狂ってる……。
それが、男の主張を聞き終えた浮波城の、率直な感想だった。
正直ドン引きである。
相手は魔物なので、人間の倫理観とはかけ離れていると言われればそれでだが、だからと言って嫌悪感を払拭する事は出来なかった。
「はな……して……っ」
不意に、消え入りそうな声が聞こえた。
魔物の異常性に戦慄していた浮波城の耳に飛び込んできたのは、首を絞められて尚、気丈にもがく少女の声音。
そして、悪魔に対して『神器』の泡が放たれた。
奴の口ぶりからして、この攻撃がアスティオロスの興味を引く原因となった筈だ。
つまり、それ程の可能性を秘めた攻撃である筈。
だと言うのに、この男は避けようともせずに被弾。
そして、煩わしそうに笑みを深めて、手に力を入れた。
「あっ………」
空気を求めて、少女の口が大きく開く。
「……! やめろ! てめぇ、マジでいい加減に―――」
「いや、それこっちの台詞だから」
浮波城は、力を振り絞って飛びかかろうとする。だが、即座に吹き飛ばされてしまった。
奴はあの場から一歩も動いていないと言うのに……。
浮波城はうつ伏せになりながら歯噛みする。
顔を上げ、苦しそうな彼女を視界に収める事しか出来ない。
情けない。
今にも殺されそうな女の子を前にしても、自分には何もできない。
神器を使えないからだ。
身体が動かないからだ。
「クソッタレ……!」
口内から鉄の味が溢れる。地面を抉る指の爪が割れる。
役立たずな神器などへし折ってやりたい。そんな思いで、浮波城は柄を握りしめる。
ふざけんな。いい様にされるな。
もがけ。アイツに一矢報いてやれ。
沸騰しそうな思考が、脳内をグルグルと回る。
可燃剤は絶え間なく投下された。
「アハハハハハ! いい表情だよ! 唆るなぁ!」
黙れ。
「頑張ったけど、そろそろお疲れ様だよ! 流石に限界でしょ?」
うるさい。
「死顔に関しては心配しなくていい! どんな醜い顔になろうと、魔物にしてしまえば元に戻るから!」
動け。動け動け―――。
「だから、安心して死ねっ!!」
動け!!
その瞬間―――何かが弾けた、気がした。
急に視線が高くなり、アスティオロスベータの顔が急接近する。
奴が近づいた訳ではないという事は、何故か最初から分かっていた。
近づいたのは浮波城自身だ。
起き上がり、大地を蹴り、異端の魔物へと接敵した。
「は……?」
見開かれたアスティオロスの瞳に、ボロボロの自分の姿が映る。
散々痛めつけた浮波城が何故立ち上がれたのか? と言う疑問もあるだろう。
しかし、彼の驚愕が別の所にある事は、彼の視線が注がれている物を見れば明らかだった。
アスティオロスベータを釘付けにして離さなかったのは、紅く赫く緋く燃え盛る焔。
浮波城の握る神器から発せられる神の炎だった。
「なっ!? まさか、そ―――」
「おおぉぉぉぉぉおおお!!!」
浮波城のありったけの咆哮が、アスティオロスの言葉を掻き消す。
そのまま炎刀を振り上げ―――。
解き放たれた暴炎は、魔物の身体を飲み込み、群生する緑そのものすら食い破った。
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