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10 急転

覆灭ふくめつの結び神~ぶっちゃけ異世界ってクソじゃね?~

第10話になります。


ここからまた動き出します。


どうぞ宜しくお願い致します。

「……」


 ドクンドクン。


 心臓が早鐘の様に鳴っている。

 額から汗の粒が発生しているのが分かった。

 天に掲げた『神器』が鉛の様に重い……。そう感じる。


 喉の渇きを覚えながら、浮波城は艶やかな黒髪を見つめていた。


 力なく地面に転がるその少女は、確認するまでもなく意識を失っている。

 硬く瞑られた両目は暫く開けられそうにない。

 完全に無防備。

 つまり、今なら『裏切り者』かも知れない存在を、容易く葬りさることが出来るという事だ。

 その白い首筋に、この『神の太刀』を突き立てれば……。


 そう意識した瞬間、『神器』が更に重くなったように感じられた。まるで身体が拒否するかの様に、剣先がブルブルと震えだす。それはさながら、首を横に振る幼子の様だった。


 「くそ……っ」


 浮波城は舌打ち交じりで剣を降ろす。


 彼女はジルバールを襲った張本人。

つまり、手帳の示した『裏切り者』かも知れない相手だ。

 放置すれば、また命を狙われるかも知れない。始末するのが一番利口な選択の筈だ。


 けれど、『敵』と言えども、人を手にかける事に、浮波城は嫌悪感を捨てきる事が出来なかった。

 

 それに、どうしても先程の顔が頭にチラついてしまうのだ。

 御神木に圧し潰されそうになった時の、少女の放心した様な表情が……。


「あぁ、くそ……ッ」


 浮波城は、頭をガシガシと掻いた。そして、思考を放棄した。

 『神器』の腹で少女を突き、揺さぶり始める。


「おい、起きろ。テメェ、この期に及んで気絶とか舐めてんじゃねぇぞ」


 先程、出原に注意したばかりではあるが、この程度が(とど)めになるなら、さっきの衝撃でとっくに死んでいる筈だ。そう割り切って、少女に刺激を与える。


「ん……」


 程なくして、彼女の長いまつ毛が持ち上がった。

 水晶の様な碧い瞳が顕わになり、浮波城へと向く。

 相も変わらず、何の感情も読み取ることは出来ない無垢の瞳だ。


 吞まれない様に気を張りながら、浮波城は切っ先を向け、尋ねた。


「さっきの爆発はなんだ? テメェの仕業か?」


「……」


 返って来たのは無言。沈黙。

 故に形成される気まずさ……。


「なんとか言えよ……」


「……」


 最速するが、やはり少女は口を開かない。

 只々、浮波城の事を見上げるのみ。


 余りの無反応ぶりに、『言葉が通じていない説』さえ浮上する。だとしても切っ先を向けられているのだから、もう少し反応しろという話だが……。


「おい……」


「…誰? ここは…?」


「……!」


 漸く、少女が口を開いた。

 鈴が鳴ったかのような、凛としていて柔らかな声音。決して大きくはないが、自然と鼓膜に入り込んで来る声は、非常に聞き心地が良い。

 けれど、やはり感情は薄く、剣を突きつけられている恐怖は微塵も無いように感じられた。


「質問に質問返しかよ……。まず、俺のに答えろや」


「……知らない。私も一緒に吹き飛んでる」


 少し間をおいて、少女はその様に答えた。

 確かにその通りだが、仮に彼女が『裏切り者』でもこう答えるのがセオリーだろう。

 浮波城は油断することなく質問を続けた。


「なんで、ジルを襲った? 手帳の言う『裏切り者』って奴だからか?」


 ハッキリ言って我ながらストレートな物言いだとは思う。

 浮波城自身、それは自覚している。

 ジルバールなら、遠回しな質問から上手く言質を取っていただろう。しかし、浮波城にそんな話術はない。


「手帳……? 裏切り者……? 知らない、そんなの」


 少女の顔に、僅かながらの感情が灯った。

 『困惑』という名の表情である。

 

 それは余りにも自然で、正直、とても嘘をついている様には思えなかった。

 けれど、彼女がジルバールに刃を向けたのは事実なわけで……。やはり、『裏切り者』の最有力候補と言わざるを得ない。


「じゃあ、なんでジルを殺そうとした? まさか、最悪な別れ方した元カレなんて事もねぇだろ?」


 故に、核心を突く。

 ここを突っ込まれて、一体どの様な言い訳を弄すると言うのか。


「私を殺そうとしてたから……」


「……え、あ」


 その返しに、少女を追い詰めるどころか、浮波城は言葉を失った。

 確かに、ジルバールの発言は、その様に捉えられても仕方がないモノだ。

 殺られる前に殺る理論が適応されても不思議ではない。

 そして、これならば『裏切り者』でなくても、ジルバールを殺す理由になり得る。


 これまでは、『ジルバールに剣を向けた』=『裏切り者』という考え方をしていたが、その大前提が崩れたという事だ。


 そもそも、よくよく考えてみれば、彼女が気絶したフリをしていても全く可笑しなところは無いのだ。

 目覚めたら知らない土地で知らない男達に運ばれていたのだから、普通なら誘拐などを疑って然るべき。寧ろ、正しく行動をしたと言うべきだろう。

 

 勿論、だからと言って『裏切り者説』がまるっと消滅した訳ではないが、これまでの彼女の様子、そして、『自分と一緒に吹き飛ばされてダメージを負っている』という裏切り者らしからぬ状況……。

 それらを踏まえると、単なる此方サイドの早合点の可能性が浮上してくる……。


「ここは何処?」


「……」


 等と思っていると、此方の心情などお構いなしに、少女が質問を飛ばしてきた。

 先程と同じ問いだ。

 自分は答えたんだからお前も答えろと、暗に言われている感が凄い。


 正直この胆力……、やはり『裏切り者』なんじゃないのかと疑えなくはなかったが、堂々巡りだと気づき、浮波城は諦めて剣を降ろした。

 そして、その場でドカッと胡坐を掻き、少女との目線を縮める。

 

「お前、生徒手帳持ってるか?」


聞きながら、自身の物を取り出す。


「……え?」


「説明してやっから早く出せよ。俺や出原ですら持ってたんだから、持ってねぇとは言わせねぇぞ」


「……ある」


 言って、少女はしんどそうに身体を起こした。それでも殆ど無表情ではあったが……。

 そして、千三高校の生徒手帳を出して見せる。


「中見てみろ。少なくとも、俺のは開くとこうなる」


 告げると同時にページを開く。

 瞬間、薄く小さな手帳が、分厚く大きな手記へと早変わりする。

 これには流石の少女も目を見開いた。


「え……?」


「ホラ、お前も」


 急かして、半ば放心する彼女に無理矢理手帳を開かせる。

 すると、浮波城の物と同様の変化が起きた。

 少女は、更なる狂乱の渦の中に叩き込まれたらしく、手帳を取り落とす。その際ページが閉じてしまい、元のサイズに戻った手帳を見て、自らの頬をつねっていた。

 分かり易い物証を見せつけ終え、浮波城は説明を始める。


「どうも、ここは『異世界』って奴らしい。で、何故か生徒手帳がこの世界のガイドブックみたいなモンになってる」


「……うそ」


「ホントだっての。ええっと、7ページ見てみろ」


 そこは、『神器』の説明と、魔法陣が描かれているページだ。

 『神器』を取り出させて更なる物的証拠を提示する魂胆である。

 少女は促されるままに、魔法陣の書かれたページを空気に晒した。


「へえこれが『神器』召喚の魔法陣ってやつ?。結構フツーだね」


「いや、知らねぇよ。珍しいのはどんな―――ッ!?」

 

 それは、低い(男の)声だった。

 弾かれた様に、浮波城は顔を上げた。

 瞬間、少女の瞳と目がカチ合う。

 丸い瞳だ。驚いている瞳。

 やはり、今の声の主は彼女ではない。そして当然ながらこの場にいない、ジルでも出原の物でもない。


 知らない『誰か』が、何の前触れもなく会話に割り込んで来た。


 そう理解し、浮波城達は、奇しくも同じタイミングで視線を横にスライドさせる。

 90度動かした先には―――。



 人の顔があった。

 中肉中背の男だ。



 ジルバール並みに整った顔面に、薄い笑みが引かれている。

 高い鼻に、ストンと落ちた目尻、サラサラと風になびく灰色の髪。

 どこからどう見ても『人』であるソレは、当然のように少女の手帳を覗き込んでいた。


 全身の汗腺から汗が噴き出す。

 出原でもないのに、止めどなく―――。

 

「う……おおぉぉぁぁああ―――!!?」


 次の瞬間、意思とは関係なしに浮波城は右腕を振り抜いていた。

 まさしく反射だ。

 浮波城の本能が、勝手に身体を動かした。

 しかし、握っていた太刀の柄からはなんの感触も伝わってこない。


「うおぉ!? ビックリした! 何急に剣振ってんの、あっぶな!?」


 男は、少し離れた位置で着地する。

 口ではそんな事を言っているが、顔には変わらず薄い笑みが張り付いており、心にもないセリフだという事が伺えた。

 対照的に、本当に焦っている浮波城は、笑みを消して尋ねる。


「なんだテメェは……どっから現れやがった!?」


「アスティオロスベータ。長いから皆は『アスティ』って呼ぶけど、君は横着しちゃダメだぜ? 初対面だし」


「ふざけてんのか……? 名前なんか訊いてねぇよ!」


 訊いているのは、『何者』なのかだ。

 完全に人間の男性の姿をしているが、絶対に『人』ではない事だけは一目で分かった。だからこその問い。

 すると、さも男は得心がいったと言う風にポンと手を叩いた。


「ああ、そっちか。うんうん、如何にも、オレは『魔物』だよ」


「―――ッ!」


 瞬間、男はゾッとする笑みを浮かべる。

 まるで臓腑を握られているかのような感覚を味わい、浮波城は一歩後ろに下がった。


 ただの笑顔で気圧されてしまう異常事態。

 人間として生存本能が、目の前の生物を拒絶しているのだろう。


「人喰いのバケモンが人と変わらねぇ見た目してんじゃねぇよ。絵面トンデモねぇ事になんだろうが……」


「ぇ……」


 吐き捨てた瞬間、横から小さな息遣いが聞こえて来た。

 そうだ。少女にはまだ、人喰いの化物の存在を伝えていなかった。こんな急なカミングアウトでは絶句して当然だろう。

 浮波城は少女の方へと視線を送る。


 放心しているのか、それとも恐怖を感じていないのか……。

彼女は男の事をジッと見つめ続けていた。


その姿は余りにも無防備で、攻撃されればそのまま受けてしまいそうな気さえする。


 故に浮波城は、その華奢な身体を隠す様に移動した。

 それこそ、出原なら泡を吹いて倒れかねない胆力を振り絞ってだ……。

 その様子を、怪物が茶化し始める。


「お、カッコいいじゃん。恋人同士だった? もしかしてオレお邪魔虫?」


「恋人じゃねぇけど、お邪魔虫なのは確かだぜ」


「手厳しいなぁ。ゴメンって。オレ空気読めないの気にしてるんだよ」


 魔物はガクリと肩を落とす。まるで人間みたいに。

うすら寒いと浮波城は思った。

 化物の癖にと。


「安心しろよ。自覚してるだけまだマシだ。それに、このまま消えてくれりゃコミュ障脱却も夢じゃねぇ」


「それは魅力的だなぁ」


「だろ?」


 無駄話を重ねる。

 足が動かないからだ。無論恐怖で。

 だから、会話を続けて時間を稼ぐ。打開策など皆無なので意味のない遅延行動なのかも知れないが、それでも浮波城は喋り続けた。

 けれど、魔物はマイペースに言葉を紡ぐ。


「キミ達、名前は?」


「……浮波城……」


「……」


 案の定というべきか、少女は質問に答えなかった。

 あまり奴を刺激する様な反応は止せと思ったが、幸いな事に魔物は気に留めていない様で、何やらブツクサと呟いている。


「赤い頭髪に、赤い三白眼。それに『浮波城……』」


「……あ?」


「成程、君が彼の言っていた『忌み子』か」


 浮波城には魔物の吐き出す単語の意味がまるで理解できなかった。

 しかし、何故か自分の情報がある程度『魔物』に伝わっている。その事には驚愕と恐怖を覚える。


「お前、何言って……」


「『彼』は元気?」


「『彼』……?」


「ハハ、なんでもないよ」


 魔物は胸を抑えながら笑った。

 そして次に顔を上げた時には、瞳が怪しい輝きを放っていた。


「その剣……『神器』だね」


「……ッ」


 武器に注目した。

 つまり、戦闘を始めるつもりなのだろう。

 そう考えて、浮波城は身構えた。


()の力を見てみたくなった」


 魔物の舌が旋律調整して美しい声を奏でる。

 けれど、その内容は『悍ましい』以外の何物でもなかった。


 ざわざわと木々が揺れる。

 緊張感の走る森の一角。

 魔物が口を開かない限り、最早誰も言葉を発さない。

 

 故に、風が木々を弄ぶ音がより耳に付いた。


 ざわざわざわ。


 いや、違う。

 ここで、浮波城は異変に気付く。


 明らかに、音が大きい。速い。多い。

 どう解釈しても、風の仕業ではない。


 気が付いた時には、辺り一面から音が鳴り響いていた。

 それは、『何か』が草木に身体を擦る音で―――。


 魔物の男が酷薄の笑みを浮かべる。


「だから、試し斬り用の雑魚、沢山呼んだよ」


 オオォォオォォオオオオオオォォオォオオ―――!!

 

 地響きの様な雄叫びが木霊する。

 大量の魔物(バケモノ)が、この場に所狭しと出現した―――。


ご一読頂きまして、ありがとうございました!

ご意見・ご感想など頂けますと大変励みになりますので、もし良ければお願い致します!

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