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01 消失

初めまして、梅田青と豚脂貝瀬と申します。

2人で執筆した処女作になります。


ご一読いただけると幸いです、よろしくお願いいたします。


「出原ぁ、お前、異世界行ったらどーする?」


 窓から射し込む昼下がりの日差しに、紅色の髪が照らされている。


 試験勉強をしていた浮波城(ふわしろ)涼牙(りょうが)は、唐突にそんなことを尋ねた。


 別にこの話題について熱く語りたかった訳でも、心の底から異世界に想いを馳せている訳でもない。


 ただ、数学の教科書を眺め、問題文に目を通し、何を求めるよう言われているか全く理解できず、この問題宇宙人かよ。違う生命体かよ。別世界かよ。と言った下らない連想ゲームから『異世界』というワードに辿り着いただけのこと。


 どうせお前も煮詰まってんだろと、後輩の出原(でばら)羅亜土(らあど)に話を振ったまでだった。


「なんスか、センパイ。異世界ってアレ? 魔法使える的な……」


 実際、出原は嫌がる素振り一つ見せずに乗ってくる。彼もまた、勉強をサボる口実を探していたのだ。


「そうそう、チート魔法で蹂躙的な」


「主人公かよ。女めっちゃ寄ってくんじゃん」


「お前の面で主人公は無理だろ」


「なにをぉぉ⁉」


 バンと、丸太のような両腕が、折り畳み式の長机を叩いた。出原は100キロ超えている。故に、彼の巨体から繰り出されるエネルギーは膨大だ。

 本人にその気がなくとも、辺りへ与える被害は中々に大きい。


 机上に広げられていた教科書類や筆記用具。その殆どが宙に浮き、音を立てて落下した。


「たく、バカ出原。ちったぁ自分の体積考えろ」


 浮波城は文句を言いながらそれらを拾い上げる。

 出原は、一切手伝う素振りを見せない。

 そんな後輩に鼻を鳴らしつつ、浮波城は後頭部で手を組んだ。

 

「まあ、いいや。ぶっちゃけチート能力とか要らねぇから、モンスターしばき回したいよな。魔法ドカドカ撃って」


「そうッスね。無双ゲームみたいに」


 浮波城が話を戻すと、出原は悪びれもせずに喋り始めた。


「剣派? 魔法派?」 


「そりゃ、男なら剣でしょ」


「はっ、分かってんじゃねぇか、クソデブ」


「つーか、アンタ今、魔法撃ちたいとか言ってなかった?」


「そりゃ、オメェ、魔法剣士的なアレに決まってんだろ」


「わかる! 超わかる!」

 

 一応、彼らは今、勉強中だ。

 定期試験の期日が近い為、貴重な昼休みを使ってわざわざ生徒会室へ押しかけている。自宅では数多の誘惑に敗北してしまうからだ。


 だと言うのに、浮波城達は駄弁っては黙り、駄弁っては黙りを繰り返えしている。全く集中力が続かない。場所を変える意味など無かったのだ。

 結局、彼らの無駄話は、とある生徒に声をかけられるまで続いた。


「口を動かすより手を動かしたらどうだい? もう30分以上そうしているじゃないか……。昼休みは無限じゃないんだよ?」


 呆れた様子をおくびも隠さないその声の主は、ある意味でこの部屋の主と言っても過言ではない人物だった。


 私立千三(せんみ)高校第十一代生徒会長、ジルバール・レスター。明らかに日本人ではない顔立ちをした、銀髪色白の優男である。

 彼の注意に、浮波城は飄々と告げる。


「んだよ、知らねぇのか、ジル。勉強ってのは、声に出した方が捗るんだぜ?」


「それは知らなかったよ。今の君達の会話に、英単語や年号でも含まれていたのかい?」


「うっせぇ、理詰めの正論とか求めてねぇんだよ。大人げねぇ奴だな」


 しかし、耳の痛い言葉に、早々に降参のポーズを取った。

 彼に口喧嘩で勝てないことは、長い付き合いの中で痛いほど承知している。正論を振りかざされたら降伏一択だ。


 しかし、改めて教科書に向き直ってみても何一つ状況は変わらない。形だけ整えた所で、学力が上がることはないからだ。

 故に浮波城は、頭の良い幼馴染へ胡麻擦りを始めた。


「なあ、ジル~」


「教えないよ」


 が、取り付く島もない。けれど、一度拒否されたくらいで引き下がるほど、彼は物分かりの良い人間ではなかった。両手を合わせて、スカスカの頭部を下げる。


「んなこと言わずに、な? ぶっちゃけ、お前ありきで来たっつーかぁ。じゃなかったら図書室行ってるっつーかぁ」


「僕も生徒会の仕事で忙しいんだ。教員の真似事をする時間はないよ」


 そんな事を言うジルバールの机の上には、確かにプリントが山積みにされていた。如何にも忙しいという様相だ。


「ケッ、ウチの生徒会は漫画かよ。今、テメェがやってるソレの方が、よっぽど教員の真似事じゃねぇか」


「てか、ジルさん。勉強は?」

 

 毒づく浮波城の傍らで、一人だけ学年の違う出原が最もな疑問をぶつけた。

 如何にジルバールが成績優秀と言えど、テスト前に別の雑務を行うなど自殺行為でしかない筈だ。

 『歴代最高の生徒会長』と名高い彼にとっては、特にデリケートな問題に違いない。

 しかし、当の本人は何でもない様に言ってのけた。


「普段からしっかり復習しておけば、試験前に詰め込む必要はないんだよ」


「うわ、ウザ」


 率直な感想を述べる出原。

 全くその通りだと、浮波城は全力で共感しながら補足情報を付け加えた。

 

「だろ? コイツ毎日6時間勉強してんだぜ。キショイよな」


「想像するだけでゲボ吐きそう……」


 露骨に後ろ指を差す浮波城と、本当にえづき始める出原。


「酷い言われようだね。全く」


 そんな煽りを、『いつものこと』と受け流すジルバール。

 そう、『いつも』だ。

 彼らにとってはコレが『いつもの光景』。

 なんてことない、普通の『日常』。

 仲が良いからこそ出来る、歯に着せぬ口撃の応酬だ。


 テスト前というシチュエーションの違いこそあるものの、大概彼らは、この様なやり取りを繰り広げながら日々を過ごしているのだ。

 今日も。

 この日常が、あと数分で終わりを告げるとも知らずに……。


「てか、ハーレム物の主人公って、なんであんなモテんの? ムカつくんだけど」


「……今度はラブコメ批判かい?」


「馬鹿野郎、ジル。ハレーム=ラブコメって見識が狭ぇよ」


「あれウザいッスよねぇ。どいつもこいつも似たり寄ったりのモブ顔のくせに……。アレでモテんなら俺でもモテるわ!」


「それはねぇな」


「んだとぉぉぉ⁉」


 等とやっている内にさらに数分が経過した。

 時計の長針が55の数字を指し示し、瞬間―――校内に予鈴が鳴り響く。



 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。



「時間か。あまり捗らなかったな……」


 書類を引き出しにしまいながら、ジルバールが椅子を引いて立ち上がった。


「んだよ、俺らの所為みたいな言い草じゃねぇか」


「今度から耳栓持って来て下さいよぉ」


「うん、そうする」


 撤収を始める生徒会長に倣い、浮波城達も全く使っていない勉強道具をカバンの中に放り込む。

 そして、伸びと欠伸を一つずつ。まるで、勉強を頑張った高校生のような振る舞いだ。

 色々と行動を間違えながら、浮波城は二人に訊く。


「お前ら、次何?」


「現国」


「英語ッス」


 それぞれの返答に、浮波城は憐みの視線を向けた。


「うわ、ゴリゴリじゃん。かわいそ」


「何がゴリゴリなのか分からないけど……、そういう君は何なんだい?」


「体育」


「そっちもクソじゃん」


「はァ、何言ってやがる? 体育は一番まともな授業だろうが」


 出原の高速否定に反論しながら、浮波城は部屋の扉に手をかけた。

 この先に何が待っているのかも知らずに、ただのうのうと引き戸を引く。


 次の瞬間―――。



 

 ビュウゥゥゥウウ―――。




 ……風が、顔にぶつかった。


「は……?」



 浮波城は、思わず真紅の瞳を見開いた。

 視界を蹂躙するのは、緑、緑、緑。

 大自然が、眼前に広がっている。というか、自分が大自然の中に立っている。

 そう理解するのに時間はかからなかったが、受け入れることは出来なかった。


「いや……おい、何だよコレ⁉」


 浮波城は、慌てて後ろを振り返る。

 真っ先に飛び込んで来たのは、出原とジルバールの姿だった。

 新緑の森の中に、鏡餅の様なシルエットと、特徴的な銀髪が良く映えており、つい先ほどまで駄弁っていた生徒会室は、影も形も見られない。

 あまりの事態に、ジルバールさえも冗談を口にする。


「えっと……次、課外授業だったっけ?」


「んな訳ねぇだろ。つまんねぇぞ……」


 珍しく浮波城がツッコミ役に回ったところで、たまらず出原が発狂した。


「ど、どうなってんスか⁉ なんで学校消えてんの⁉」


「知らねぇよ! ジルでさえちょっとボケに走ってんだぞ! 俺に分かる訳ねぇだろうが!」 


「分かんねぇクセに威張んな!」


「テメェもな!」


 浮波城は、出原と乱雑に胸倉を掴み合う。普段から喧嘩っ早い二人だが、今回は特に手が早い。

 そうとう混乱しているようで、制服のポケットから零れ落ちた『何か』にも、全く気付かなかった。


「お、落ち着くんだ。浮波城、出原く……」


 仲裁に入ろうとしたジルバールの言葉がそこで止まる。

 彼の視線は、とある物に釘付けになっていた。それは、浮波城達が草むらに落とした筈の物体だ。

 千三高校の生徒手帳。

 青色のカバーに入ったソレが、光り輝きながらフワフワと上昇している。


「え、何? 何事?」


「なんで浮いてんの? 生徒手帳」


 その奇想天外な光景に、浮波城達も喧嘩を中断。思い切り両目をひん剥いた。

 三人の注目を悉く奪った生徒手帳は、彼らの頭上を少し超えたあたりで停止し、一際強い光を放った後、一冊の大きな手帳へと変貌を遂げた。

 風向きに逆らいながら、ゆっくりとページが開いていく。

 そして、完全に開き切ったタイミングで―――。



『ようこそ、千三高校の皆さん! 希望と魔法の蔓延る理想の国【ログトリア】へ!』


 

 女性のものとだけわかる音声が、宙に浮かぶ手帳から聞こえて来た。


ご一読いただきありがとうございました。


高評価いただけますと大変励みになりますが、どんなご意見・ご感想も真摯に受け止める所存でございます。

何卒、応援のほどよろしくお願いいたします。


次回から、この後書きで、本編で触れられなかった情報などを公開していきますのでお楽しみいただければ幸いでございます。

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[良い点] キャラクターがしっかり立ってるし文字数の割りにテンポの遅さを一切感じさせない練られたストーリー展開が良いと思いました。いやー今後の展開が楽しみっす。
[良い点] 希望と魔法の蔓延る世界という表記に大きな意図がありそうで、 絶対に悪い国じゃん、って思いました。 この予想を裏切られても、予想通りでもどちらにしても、良い方向に進みそうですね! [気に…
[一言] 嫌いじゃないタイトルだったので読ませて頂きました。 1話だけだったのが少し残念です。
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