元宮廷料理人は銀食器を出さないという理由で追放されるが彼は舞茸の出汁がたっぷり効いた茶碗蒸しを作れる人間だった
辺境都市トオイワ
ここには奇妙な噂があった。なにも幽霊が訪れたとかそういう話ではない。料理人からすれば有り得ない物を出す店があると
「ふむ、ここが件の店か」
店名は無くただひっそりと佇む民家の前に一人の宮廷料理人と貫禄を持った中年が立っていた。
コンコンコン、コン、コン
ここでは特殊なノックをしないと入れない。しかも全席予約制という辺境の料理店ではあり得ないシステムだった。
「いらっしゃい」
「店主、予約していた宮廷料理人のオシボリと連れのデイブだ」
彼は早速2席しかない客席に座った。
「ええ存じていますよ」
「では早速予約していたコースを頼みたい」
「ではまずお通しを」
「お通し?……ああジパングの前菜のことか。店主もそこの出か?」
「いえ両親がそうなだけですよ。ではこちらをお召し上がり下さい」
コトっと音を鳴らしながら蓋つきの陶器が宮廷料理人の前に出された。
「ふむ、いただこう」
蓋を開けるとキノコと卵のむせ返るような芳醇な香りが広がった。中には彩りよく盛られたキノコの茶わん蒸しだった。
「ふむいい香りだ」
そして木のスプーンで茶わん蒸しを掬い上げ口に入れる。
______その瞬間、戦慄が走った
「な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
茶わん蒸しにはキノコと卵が絶妙なバランスで素材両方を引き立て合っていた。これは思わず宮廷料理人である自分も作るのに苦労するであろう味であったが宮廷料理人が注視したのはそこではなかった。
「こ。この茶わん蒸しに入っているのはジパングの高級食材、舞茸ではないか!!!!!!ありえないありえないぞ!何故この茶わん蒸しには舞茸の出汁の味がするしかもこれは確実に生から入れないと出来ない風味だぞ!!!!!!!!!!」
舞茸
菌床技術が発達した現代では庶民でも食べることのできるキノコとなったが天然物は違う。舞茸は断崖絶壁に生えるキノコだからだ。そして舞茸はとある性質を持つ。
「舞茸には肉を柔らかくする性質がある。肉や骨の持つプルプルの成分を溶かしてしまうからだと言われております。しかし珍しい食材なのにその特性をよくご存じで」
「……すまない取り乱した。実は私は宮廷料理長でな。男爵の爵位を得ているデイブというものだ。王族に料理を振舞うのだが17になった第3王女様がどうしても舞茸の入った茶わん蒸しが食べたいと言うのでな。一通り調べてみたのだが夢物語と思ったものよ。しかし貴殿の料理を見ればわかる姫様の言った料理は夢物語ではなかったと」
宮廷料理長はたった一品の料理に敬意を評して店主のことを貴殿と呼んだ。
「おや、姫様は覚えていてくれたんですか嬉しいですね。姫様はお変わりなく?」
「やはり元宮廷料理人でしたか」
「もう10年も前のことでしたがね」
「10年前といいますと政権が現国王陛下に変わる前のことでしたね」
「ええ」
「しかし何故おやめになったのですか?」
「当時の宮廷料理長や陛下とそりが合わなかったのですよ。食器を見ていただければわかるかと思いますが」
「なるほどジパングの食器は木や土と言った物が多い。確かにそれでは王宮で使うことはできませんな。しかし味はこちらの方が断然いいでしょう」
「まあ話はこの辺りにしましょうか。料理が冷めますので」
「ええ」
楽しい楽しい料理の時間だ。