第三十六話 王都出立
一ヶ月半のダンジョン生活が終わり、今は王都のラングレイ邸にいる。
エーテルの街最後の今日、午前中に孤児院に足を運んで、小麦や肉やチーズなどの食料を寄付してきた。
おやつにオレンジのアイスキャンディーを配ったら、子供達は勿論リンゼさんも喜んで食べていた。
ダンジョンで大金貨二百枚も手に入れ僕の懐は温かかったが、今回お金の寄付は見送った。
突っ込む人がいるかもしれないが、過剰な施しは相手にとって良くないような気がしたのだ。
頃合を見て、また足を運ぼうと思う。
一方、貴族子弟達とは、ダンジョンで出会う事は無かった。
街中で見掛ける事はあったが、僕達は変装をしていたので、向こうから声を掛けられる事は無かった。
そして今いるラングレイ邸だが、両親は領地に帰っていた。
僕はその事を聞いて、安堵した。
また戦いを挑まれたら、僕の戦闘力が爆発的に上がったのがバレかねない。
エミリの兄弟姉妹は、すでに王都の学園を卒業をしており、領地へ帰って統治や経営を学んだり嫁に出ているらしい。
ユミナのところも、同じような状況だそうだ。
「疲れたけど、楽しかったー。これからは、ダンジョンロスになるわね」
「私も楽しかった。実力が目に見えて上がって、嬉しかった」
「二人共、頑張ったね。夏休み前とは、見違えるようだ」
「へへー、そうでしょ。ところで、ニコル君はこの後どうするの?」
「そうだね。まだ、本を見終わって無いから、見せて貰おうかな」
「それなら、家に泊まっていったら?」
「それは、畏れ多いよ」
「いいじゃないの。ユミナも、一緒に泊まりましょ」
僕はエミリに押し切られる形で、ラングレイ邸に泊まる事になった。
隣りのグルジット邸にも、帰宅の報告をしにお邪魔した。
すると、ユミナが気を利かせてくれて、真っ先に報酬の書籍を見せてくれた。
休み前に魔法書は見せて貰ったが、その他は見る時間が無かったので、無事ダンジョンから帰ってからという事になっていた。
執事さんからも了承を得て、遠慮無く見させて貰い、錬金術でこっそり複製をしてしまった。
執事さんからは、馬車代ということで大金貨一枚を渡された。
これはラングレイ家とグルジット家で折半という事で、ラングレイ家からもいただけるらしい。
馬車と御者のレンタル代と宿泊料と駐車料と食事代が含まれていると言っていたが、多いような気がした。
それに、実際馬車は使って無いので、心苦しかったが遠慮なく貰っておいた。
「ニコル君の用事が済んだなら、夕食の時間だし私の家に戻りましょ!」
エミリの促しで、隣のラングレイ邸に歩いて戻った。
「シロンは、大人しいな」
「貴族の屋敷は、緊張するニャ」
シロンには、貴族の屋敷が結構なトラウマになっていたようだ。
「なあ、シロン。僕は他所の街や村を旅しながら故郷に帰る予定なんだけど、君はここで飼って貰ったらいいんじゃないか?」
「なっ、なんて酷い事を言うニャ! シロンは、ご主人と一緒がいいニャ!」
「何も無い村だぞ。贅沢な物も、食べれないぞ」
「イケメンのご主人と一緒だと、楽しいニャ。それに、《亜空間収納》に美味しい物が、たくさんあるニャ」
「まあ、シロンがいいなら、僕はいいけど」
そんな事を話していると、メイドさんが現れた。
「お食事のご用意ができました」
夕食の用意が、できたようだ。
ダイニングルームへ行くと、エーテルの街の高級レストランみたいな、豪勢な食事が並べられていた。
「凄い豪勢だね。いつもこんなの食べてるの?」
「今日は特別。無事に帰って来たお祝いよ」
「僕まで一緒に悪いね」
「何言ってるの。ニコル君がいてくれたから、ここまで安全にレベルを上げられたのよ。感謝してるわ」
「そうなんだ。その気持ち、素直に受け取るよ」
◇
夕食を食べ終わって落ち着いた頃、二人に明日王都を発つ事を告げた。
「ニコル君、もっと王都にいなよ。帰ってきて直ぐさよならなんて、つれないじゃない」
「ニコル君がいなくなったら、私寂しいです」
ユミナはとうとう今日まで、前世の事をニコルに伝えられなかった。
言うタイミングは何度もあったが、今の関係が壊れるかもしれないと思うと、言い出せなかった。
「僕は、行商の旅に出ないといけないんだ。『時は金なり』と、言うでしょ。あまり、本業を疎かにできないよ」
「そんな事言って、王都に来て何回行商人の仕事をしたの? 数えるくらいしか、してないじゃない」
「うっ、それは」
『君達に、付き合ったせいだ』とは、言えない。
「お金が貯まったから、今度は街や村を回っていろいろと仕入れに行くんだ」
「それが済んだら、また王都に来なさいよ」
「ダニエル商会には、月に一度商品を卸しに来る予定だよ」
そう応えたが、彼女達に会いに来るとは言わない。
その後、ラングレイ家の執事さんから、馬車代として大金貨一枚を受け取った。
そして、報酬の書斎の本を見せて貰う事になった。
魔法書や錬金術書に関しては、グルジット家の方が圧倒的に多かった。
ラングレイ邸には剣術書や槍術書などの武術関係の本が多く、また戦術書なども見受けられた。
◇
翌日の朝、ニコルがラングレイ邸を去ろうとする頃、エミリとユミナが見送ってくれた。
「ニコル君、シロン、王都に来たら屋敷に寄ってね」
エミリにはウソがばれるので、何て応えていいか困る。
「分かった。機会があったらね」
「怪しい」
エミリは案の定、疑っている。
「ニコル君。今回、いろいろお世話になったので、これを受け取ってください」
ユミナが差し出したのは、家紋の入った大きめな銀製のメダルだ。
「これは?」
「お友達になった記念です」
それは、貴族家の当主が認めた人物にしか与えないアイテムだ。
ある意味、特別な身分証明となる。
グルジット家に仕えている者でも、騎士団長や執事長などごく一部の者しか持っていない。
ユミナは父親に頼んで事前に手に入れ、それをニコルに渡した。
「記念品? ありがとう。大切にするよ」
ニコルは、その価値を知らずに受け取った。
「それでは、お元気で」
「ああ、君達もね」
「バイバイニャ」
僕とシロンは、そのまま歩いて屋敷を出た。
馬車で貴族街の入り口まで送ると言われたが、『街を見て歩きたい』と、適当な理由を付けて断った。
そして僕とシロンは、この王都を旅立つのであった。
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《第三章》は、ここまでです。




