第三十三話 もう一つの《異世界のんびり生活》
僕は、魔王のその言葉に戸惑った。
『いったい、何の意図があるんだ。僕も魔王と争うなんて嫌だし、会話で済むならそうしたい』
「ニコル、駄目だ。魔王の言葉に惑わされるな!」
「煩い! お主は、黙っておれ!」
魔王は、勇也さんを《無詠唱》で《結界》に閉じ込めた。
すると、勇也さんの声が聞こえなくなった。
どうやら、《空間転移》スキルも使えないみたいだ。
「これで、邪魔が入らないで済む。ニコルよ、我の話しを聞いてくれぬか?」
魔王は、神妙な顔で言った。
僕はそれを信用し、話しを聞く事にした。
「分かりました。話しを覗います」
「お主は、聞き分けがいいな。助かる」
それは、すでに勇也さんにも話した内容で、我ら魔王がこの世界に来た理由だと話し始めた。
◇
そして、語り終えてこう言った。
「我は、魔界で忙しかったのでな。異世界で、のんびり生活を送りたいのだ」
「《異世界のんびり生活》ですか? 僕も同じです」
『この魔王とは、気が合いそうだ』と、思った。
「そう言えば、お主も異世界の転生者だったな。我の魔眼で見たぞ」
「はい」
「あの勇者はどういう理屈か分からんが、我を倒し元の世界に帰ると言う。だからスタンピードを起こし、少し脅してやったのだ。後、一週間はこのままにする予定だ」
「そうだったんですか」
「スタンピード中は、魔物は自ら人を襲わないようにした。攻撃されたら、反撃を許したがな」
「たしかに、魔物の行動は不自然でした。何人かは、死んでしまったようですが」
「それについては残念だと思うが、自分の力量も分からずに強い魔物に挑んだのであろう。遅かれ早かれ、死ぬ運命だったのかもしれぬ」
僕はその考えに、疑問を抱いた。
ダンジョンに入る人は、少なからず死のリスクを理解しているはずだ。
だが、任意に起こされたスタンピードを、ダンジョンでの出来事なんだからと、割り切る事ができなかった。
「それは、どうでしょう。強い魔物が目の前に現れたら、自分や仲間の身を守る為に、有利な状態で攻撃を仕掛ける事もあると思います」
「ふっ、そうだな。そこまで、気が回らなかった。許せ」
「いや、僕に言われても」
死んだ人には悪いが、これ以上魔王を強く非難する事もできなかった。
そして、魔王は続けてこんな事も話した。
「先程、勇者に魔法を掛けた。『ここでの事を他者に漏らしたら、死ぬ魔法をお主に施す』と、言ってな。だがあれは、口外しようとすると体の動きが一次的に止まるだけだ。死んだりせん。あやつの鑑定でも、それは分からぬ。この事は、あやつに黙っていて欲しい。脅したままの方が、都合が良い」
「そう言えば、勇也さん『俺の命に関わる』と言って、スタンピードが起きた理由を教えてくれませんでした」
「どうやら、脅しは効いてるようだな」
魔王は、笑って言った。
どうもこの魔王は、悪い魔王では無いようだ。
「お主と争っても負ける気はせんが、勝てる気もせん。勇者と手を組んで、我を倒そうなどと思わんでくれ」
「そうですね。勇也さんに頼まれても、断ります。ですが、勇也さんの行動を止める事もしません」
「それは、困った。では、あやつが来たら遊んでやるとするか」
「お手柔らかに、お願いします」
「お主も、たまに土産でも持って来るがよい」
「はい、機会があればお邪魔します」
僕はその後、結界から開放された勇也さんの願いを断り、逃げるようにエーテルの街の借家に帰った。
◇
借家に着いた時刻は、随分と遅くなってしまった。
それでも、ユミナとエミリは起きてリビングで待っていた。
「ただいま」
「ニコル君、お疲れ様です。お体、大丈夫ですか?」
「ああ、疲れてるけど大丈夫。ユミナも、こんな遅くまで起きていて大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
ユミナは、気を使って起きていてくれたのだろう。『寝てても、良かったのに』なんて、言えなかった。
「ニコル君、お疲れ」
「ああ、エミリもお疲れ。二人共今日はもう遅いし、話しは明日聞かせるよ。朝はゆっくりして、ご飯はキャンプ場で食べよう」
「分かりました」
「そうしましょ」
「ご主人、ピザ美味しいニャ!」
シロンはタイミングを計ったように、そんな《寝言》を言った。
夢の中で、キャンプを楽しんでいるのだろう。
僕達はその言葉に可笑しくなり、思わず笑ってしまった。
そして、その日はそのまま就寝した。




