第五話 胃が痛くなってきた
倒れていた伯爵達が、起き上がってきた。
「ニコル、まだだ。私は、負けてないぞ!」
「私だって、負けていない。ニコル君、行くぞ!」
僕の心配をよそに、二人は戦闘を望んでいた。
『どうやら、死刑は無さそうだ。でも、もう一度伯爵を相手にするのは御免だ』
僕が返事に戸惑っていると、ラングレイ伯爵婦人のエマさんが、割って入る。
「グレン! あなたは負けたの。素直に認めなさい。みっともないわよ」
「いや、まだ体は動く。負けは認めん!」
「グーレーンー!」
ラングレイ伯爵は、不遜な顔をしている。
「マイク君! マイク君も諦めてちょうだい。ニコル君が、困ってるわ」
今度は、グルジット伯爵婦人のソフィアさんが、伯爵を宥めている。
「ソフィア。私は、ニコル君の魔法をもっと見たいんだよ」
「マイク君!」
グルジット伯爵は、しょんぼりしている。どうやら、婦人には弱いらしい。
「ちょっとー、もう実力は充分に見れたと思うんだけど!」
エミリさんも、間に割って入った。
「「いや、まだだ!」」
「伯爵自ら、ここまでする事ないでしょ! それに、いくらやってもニコル君に敵わないわ!」
「「ぐぬぬっ」」
この説得は、まだしばらく続いた。
◇
説得は、ユミナさんの《お願い》で終った。
やはり、僕以外にも凄い効き目だった。
今は、広めの応接室にいる。
僕の足元では、シロンが横になっている。
「君は何者なんだ。剣も魔法も普通ではないな。まだ、本気も出していまい」
「私は農家の次男で、今はただの見習い行商人です」
「そんな筈は無い。エミリ、君は知っているのだろう?」
「えーと、そこは口止めされてるんで」
『あれ、エミリさんに口止めしたっけ? まあ、察してくれたんだろう。だが、その言い方じゃ、知っていると言ってるようなものだ』
「そうか、知っているのだな。だが、今はエミリの顔を立てて、無理に聞き出すのは止そう」
ラングレイ伯爵が、にやりと僕を見詰める。
その様子を見て、『エミリさんは、きっと父親に似たんだな』と、思った。
「それでだ、ニコル!」
ラングレイ伯爵が、眼光鋭く僕を見据える。
「何でしょうか?」
「ラングレイ家に、仕えろ!」
「えっ!」
「グレン! ちょっと、待て!」
「何だ、マイク」
「ニコル君は、私が先に目を付けたんだ!」
「馬鹿を言うな! 今日、初めて会ったんだろう。私が先に、目を付けたんだ!」
「ニコル君のあの魔法を見ただろ。威力を抑えたとはいえ、私の《テンペスト》を押し返したんだぞ。《雷撃》を連続で防ぎきった《無詠唱》の魔法盾の早さと強さと対応力も素晴らしかった!」
「それを言うなら、彼は《大剣豪》の称号を持つ私の剣を受け切り、あまつさえ私を吹っ飛ばしたのだぞ!」
「マイク君、ニコル君はユミナちゃんのお婿さんにいいと思うの。ユミナちゃんの態度を見ていて、ピンときたわ!」
「あら、ソフィア。うちのエミリも、仲よさそうにしていたわ。それにこの子、凄くかわいい。私の好みよ!」
みんなして、勝手な事を言い出した。
「ちょっと、みんないい加減にして! 今日は、そういう話しで来て貰ったんじゃないんだからね!」
「「「「いいではないか(じゃない)!」」」」
「何、四人でハモってるのよ! 今日は、夏休みにダンジョンに行く為に来て貰ってるの!」
「それは、分かってる。だが、これだけの逸材を、ほっとけないだろう」
「そうだぞ、エミリちゃん。ニコル君は、私と魔法について語り明かさねばならん。私の魔法も伝授するつもりだ」
「エミリはニコル君の事、正直どう思ってるのかしら?」
「ちょっと、お母さん」
「ユミナちゃん、負けちゃだめよ。恋愛は、積極的に行かなきゃ後悔するわよ。ガンバって!」
「お母様」
『もう、帰ってもいいかな?』僕は、そんな事を考えてしまう。
一方シロンを見ると、暇そうに欠伸をしていた。
「兎に角だ。ニコルの実力は問題無い。だが、三人だけで行くのか?」
「何か問題あるの?」
「いや、ほら、エマはああ言ったが、彼も男だぞ。何かあったらどうするんだ。せめて、戦闘メイドでも同行させないか?」
「ダンジョンは、人数の少ないほうが成長が早いんでしょ。それに、ニコル君はそういう人じゃないって、この目で視たの!」
「それを言われるとだな、否定できなくなる」
「あなた、認めてもいいんじゃない。何かあったら、ニコル君に責任を取って貰いましょ」
「うちもいいわよね。マイク君」
「うっ、そ、そうだな。ユミナ、気を付けるんだぞ」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
「お父さん。うちもいいよね」
「分かった。認める。ニコル、二人には怪我一つさせるなよ」
「えっ、ダンジョンに行くんですよ。怪我くらいしますよね」
「それでもだ!」
「分かりました」
僕は渋々了承した。
『あーもー責任重大だ。胃が痛くなってきた』
前世で、神経性胃炎になったのを思い出した。




