第二話 二つの伯爵家
再び、一週間が経った。
今日は、エミリさんとユミナさんの両親に会う約束の日だ。
僕の気持ちが影響してか、時間が経つのが早く感じられた。
「今更だが、帰りたい」
「ご主人、もう諦めるニャ」
今僕は貴族街の門の前で、シロンと一緒に待合わせをしている。
服装も、王都で買った一張羅を着ている。
エミリさんの要求で、お抱え行商人になる為の商品も用意した。
以前作った物で、伯爵家に丁度いい商品があった。
「ニコル君、シロン待った?」
「そんなに待ってないですよ」
「じゃあこれ、今日一日だけ使える貴族街の入場許可証ね」
「ありがとうございます。でも、本当に伯爵様に会うんですか? 貴族に、いいイメージが無いんですよね」
「大丈夫よ。私の両親もユミナの両親も、それほど横柄では無いから」
「それほどって、どれほどなんですか?」
「まあ、自分の目で確かめてよ。早く馬車に乗って!」
エミリさんの押しが強いから、心配なんだよな。親譲りとか。
貴族街に入ると、街並みに高貴さが溢れている。
露店商もまったく無く、店は立派な佇まいをしている。
「どお、貴族街の感想は?」
「そうですね。凄いというか豪華というか、僕なんか不釣合いですよ」
「そんな事無いわ。ニコル君、街に馴染んでる」
「また、またー」
「本当よ。ところで、私のリクエストに答えられる品は用意できたの?」
「一応用意しましたけど、喜ばれるかどうかは何とも言えないです」
「まあ、見てのお楽しみね。期待しているわ」
その後、馬車の中でエミリさんからもたらされた情報は、二人の家は領地持ちで、今は王都に勤める時期らしい。
エミリさんのお父さんは《軍務副大臣》で、ユミナさんのお父さんは《魔法省副大臣》だそうだ。
「副大臣だなんて、ますます不安です」
「意外と、小心者ね」
「庶民なら、みんな僕と同じ気持ちになるはずです」
「ニコル君を、庶民と同じように見る事はできないわね」
「僕は、前世も今も庶民ですよ」
話しをしているうちに、エミリさんの家の王都屋敷前まで来ていた。
それは、僕が見た事も無い立派な豪邸だった。
しかし、周りにはいくつもの豪邸が建っていた。
「豪邸ばっかりだ。貴族って、どうしてこんなにお金があるんだ?」
「あら、ニコル君。貴族に興味があるの?」
「いえいえ、滅相もございません。『世の中には恵まれない孤児もいるのに、お金はあるところにはあるんだな』なんて、思っただけです」
皮肉ととられても、おかしくない事を言ってしまった。
門を潜り、敷地の中に入って屋敷の前まで行く。
馬車を降り屋敷の中へ入ると、執事さんにユミナさんと二人の両親が待つリビングに案内された。
「やっと来たか。待っていたぞ」
「待たせて、ごめんなさい。こちらが、護衛のニコル君です」
エミリさんが、僕を紹介してくれた。
「初めまして。行商人のニコルと申します」
僕は職業を行商人と、隠さずに伝えた。
「行商人だと! それに、線が細く随分男前だ。顔で選んだんじゃないだろうな。エミリ、これはどういう事だ」
「お父さん、大丈夫よ。私を信じて。ちゃんと、視たんだから」
「視た? それなら、信じるとしよう。だが、試験は受けて貰う」
「分かってるって。ニコル君なら、問題無いから」
『試験? そんな事、聞いてないぞ』と、訝しむ。そして、エミリさんを見る。
エミリさんは、こちらをチラッと見て舌を出した。
『確信犯か?』
そりゃ、面接だけで済むはずは無いと思っていた。
大事な娘を預けるんだ。
護衛としての実力も、相応以上に無いと駄目に決まってる。
だが、知っていて黙っているのは別だ。
「あのー、僕、帰りましょうか?」
僕は二人には悪いが、断られてもいいと思っていた。
「ニコル君、何を言ってるの?」
「えっ、でも、僕じゃ役不足じゃないかと」
そこへ、ユミナさんが話しに入ってきた。
「ニコル君、帰らないでください」
また、お祈りポーズで《お願い》をされてしまった。
『うっ、駄目だ。僕はこれに逆らえない』
「ユミナさんが、そこまで言うなら帰りません」
「良かった。ありがとうございます」
「ニコル君、ユミナと私の扱い違くない?」
「そんな事無いです。気のせいですよ」
貴族を前にして、無礼で恥ずかしいやり取りの後、ちゃんと御両親を紹介して貰った。
エミリさんのお父さんは、グレン・ラングレイ伯爵といい、お母さんはエマ。
ユミナさんのお父さんは、マイク・グルジット伯爵といい、お母さんはソフィア。
紹介が終わり、エミリさんのお父さんが、僕に話し掛けてきた。
「エミリから『強い護衛がいるから』とせがまれたが、想像したのと随分違うな。本当に強いのか?」
「いえいえ、役不足と思いご辞退したのですが、断り切れずに伯爵様にお会いする羽目になりました」
「ダンジョンへは両家の騎士と行かせる予定だったが、私は娘の目を信じている。実力を見せて貰おうか」
ここまで言われて断る事もできず、実力試験を了承した。本当に面倒だ。




