第四十一話 ネコ鍋
今日は久しぶりに、朝から露店を出した。ちゃんと変装もしている。
久しぶりになった原因は例の子爵嫡男なんだが、その間ダンジョンで稼げたので、そんなに根には持ってない。
「今回、五千マネーの場所を借りたんだけど、儲けは度外視しだな」
商品は結局シロンの案を取り入れて、トルネードポテトにした。
しかし、それだけでは寂しいので、オレンジのアイスキャンディーを売る事にした。夏も近いしね。
どちらも実家にいるとき、大量に作った物だ。
トルネードポテトの材料は、村で取れたジャガイモを使用している。
専用のカッターでらせん状に切り、串を挿して素揚げにし塩胡椒をしただけだ。
これらの作業も《錬金術》でできるけど、母さんに教えるのに調理道具を作った。
僕の場合《複製》の錬金術が使えるから、出来のいい物を一つ選び一気に大量に作る事ができた。
トマトケチャップは、今回充分な量が無いので使わない。
アイスキャンディーの材料のオレンジも、村で取れたものだ。
オレンジジュースに砂糖と果肉を入れて、棒を挿して凍らせただけだ。
しかし、こちらは凍らす前のジュースの状態で『美味しくなれ』と呟きながら、《調理》の錬金術で味を調えている。
こちらも、母さんの為にちゃんと調理道具を作った。
金額設定に悩んだが、どちらも四百マネーで売る事にした。
この世界で調味料は高額で、胡椒と砂糖は特に高い。
正直五百マネーにしたいところだが、よそで売っている肉串なんかと比べこの値段にした。
露店では調理せず、《魔道具》の保温ケースと冷凍ケースに入れ、商品が無くなったら魔法袋経由で補充する事にした。
「あとは、どうやって口コミを広げるかだな。こういう場所で、新参者は厳しいな」
「シロン、客を招いて来るんだ。猫だけに」
「ご主人、今のは駄洒落かニャ? ちょっと無理があるニャ。その命令も駄洒落も」
「駄洒落はまあいいとして、客引きは本気だ。何か芸は無いのか?」
「そんなの無いニャ」
「じゃあ土鍋の中に入ってろ」
「《ねこ鍋》かニャ。それならできるニャ」
「よし、ちゃんとかわいく振舞うんだぞ」
「分かったニャ」
思惑は当たり、シロンの可愛さに猫好きのお客が寄ってきた。
気を良くしたお客に商品を勧めると、ほとんどの人が買ってくれた。
それからは口コミも広がってか、シロンでは無く商品目当てに来る客が増えた。
夕方には材料費と諸経費と僕の人件費を差し引いても、それなりの黒字になった。
そんな事を考えていると、問題は突然起きた。
貴族らしき太った人が、高級な馬車から降りて来た。
「ミーシャ。ミーシャではないか!」
「・・・」
「おい、貴様! この猫はわしのものだ。返してもらうぞ!」
「そんな事言われても・・・」
そう言って僕はシロンの方を見ると、引きつったような表情をしていた。
たしかに僕のペットだと証明できないし、貴族に返せと言われたら断れない。
僕が何も言えないでいると、シロンは鍋から飛び出し逃げてしまった。
「あっ、おい!」
「ミーシャ。ミーシャ、どこへ行くんだ。帰って来い!」
「・・・」
「おいっ、お前! ミーシャを捕まえて来い! さもなくば牢獄行きだ!」
「そっ、そんなー!」
「脅しでは無い。本気だ!」
デジャブだ。以前もこんな事があった。そうだ前に露店を出した時だ。
また逃げるか。どうする?
「申し訳ありませんが、お断りします」と、言って僕は片付けを始めた。
「くー、子爵のこのわしに逆らうかっ! おい、お前達こいつを捕まえろ!」
貴族に手を出す訳にもいかず、今回も逃げる事にした。
『貴族って、みんなこんなに横柄なのか?』
そんな事を考えながら、僕を追ってきた人達を転移するまでもなく巻く事ができた。
「せっかく変装したのに、また駄目になった。ステータスで、《運》はいいはずなんだけどな」
そう呟いていると、シロンがひょっこり現れた。
「ご主人、ごめんニャ」
「いいよ。お前が悪いわけじゃない。気にするな!」
「分かったニャ」
「それより、以前捕まったのはさっきの貴族なのか?」
「そうニャ。ご主人も、あれを見れば逃げたくなる気持ち分かってくれるニャ」
「そうだな。あれに撫でられるのは、勘弁して欲しいよな」
そんな会話をしながら、借家へ帰った。
そう言えば、明日は貴族のお嬢様達と会う約束をしてたんだ。何もなければいいんだが・・・。




