第三十二話 めっかっちゃった!
ダンジョンに行っている間は、毎日借家に帰って寝ていた。その間、夜明け前に起きていたが、今日は久しぶりにゆっくり起きた。
簡単な食事を済ませ、昨日の事を思い出す。
「ダンジョンで、予想以上の大金を手に入れてしまった。大金貨二百枚」
「それに、エリクサーと魔剣二本とヒヒイロカネとミスリル。魔石と素材に上質な肉。全部売ったら、いくらになるんだろうか?」
口ではそう言ったが、《検索ツール》で調べる事はしなかった。
「ダンジョンって、行商するより儲かるのか?」
邪まな考えが、頭を過ぎる。
「いやいや、僕は《行商人》だろう。変な欲を出すと、痛い目に合うぞ」
すぐに、考えを改める。
「しかしこれだけ資金があれば、村の物資を買うには充分すぎる。もう、王都にいる必要も無いよな。でも、借家の期限がまだあるし」
考えた末、結局借家の期限までは王都にいる事にした。
そして、今日何をするか考える。
「そう言えば、ダニエル商会から追加の発注があったっけ。いつまでも、ほおっておけないな。今日、顔を出してみるか」
◇
ダニエル商会に行く前に、武器屋へ寄った。
「すみません。ダンジョン産のミスリルのインゴットがあるんですけど、買取りできますか?」
「何? ダンジョン産だと、見せてみろ!」
『なんか横柄だな』と、思いながら魔法袋から取り出した。
「おおっ、上物だ。十キロか、これなら片手剣を十本は作れる。普通なら五百万マネーだが、めったに出ないダンジョン産なら六百万マネーというところだな。どうする?」
店員は、まくしたてるように言い放つ。
『見ただけで、ダンジョン産って分かるのか?』と思いつつ、それは置いておく。
「六百万マネーですか。分かりました。それでお願いします」
《検索ツール》の相場と同じだ。吊り上げても無駄な気がしたので、決めてしまった。
それでも、エーテルの街の相場より《一割》ほど高かった。
「また、儲かった。ヒヒイロカネは、売らないほうがいいかな。これを出すと、騒ぎになるような気がする」
武器屋を出て、ダニエル商会の支店に向かう。
◇
「ニコルさん、すごく待ってたんですよ。《グラス》が品切れです」
メゾネフさんは、少し興奮気味で僕を応接室に連れて行った。
いつもは落ち着いた感じなので、少しイメージが崩れる。
話しを聞くと、こんな感じだ。
強気で高値に設定し販売数の上限を五個にしたところ、最初は少しずつ売れたが、噂が広がるとすぐに売り切れてしまったそうだ。
今は見本をショーケースに飾り、予約制にしたらしい。ちなみに、青色が一番人気である。
ボックスティッシュも売れて、在庫は少ないとの事だ。
「グラスだけでも直ぐに欲しいんですけど、どうにかなりませんか?」
「あっ、はい。大丈夫ですよ」
「よかった。では、あるだけお願いします」
「えっ、あるだけですか?」
『各色一万個ずつありますが、買ってくれるんですか?』と、心の声。
「はい、すでに予約でいっぱいですから、多ければ多いほど助かります」
「分かりました。では・・・」
一万個ずつ出すわけにもいかず、今日は青色を八十個、赤色と黄色は五十個ずつ納めた。
次回からも、青色のグラスを多くして欲しいと要望されてしまった。
ボックスティッシュ三百個とケースも二種類を十五個ずつ納品した。
「二コルさん。ガラスの工芸品はないんですか?」
「はい、あれは大量に作れないんですよ。すみません」
「いえいえ、手に入ったら是非うちに納めてください」
「それはもう承知してますので、手に入りしだい納めます」
物はあったが、今回は無いと答えた。
あせって売っても、デザインがそのうち尽きてしまう。同じデザインだと、工芸品としての価値が下がるような気がした。
売り上げ合計は、六百八十四万マネー。また、大金を稼いでしまった。
「それじゃ、一月後にまた来ますね」
「ニッ、二コルさん。もっと早くなりませんか?」
「そうですね。頑張ってみます」
僕はダニエル商会支店をお暇し、その後繁華街の店を見て歩いた。
「そうだ、服を見て行こう。よその街より仕立てのいい物がありそうだ」
錬金術で作れるし、生地だけ購入という手もあったけど、大金を稼いだので贅沢する事にした。
服飾店に着くと、出来合いの物から選んだ。
小金を持った商人っぽく見えるシャツを、紺色と白色を三枚ずつと、紺色のズボンを三本購入した。
どれも、他の街で買うより高かったが、仕立てが丁寧で肌ざわりが良くて気に入った。
それに合わせて靴とベルト、下着に靴下も買ってしまった。
これらは一張羅にするので、魔法袋にしまった。
「いやー、いい買い物をした。安ければ、もっと良かったんだけど」
店を出て歩いていると、大きな声が聞こえた。
「あー、やっと見付けたー!」
僕は『あっ、めっかっちゃった!』と、心の中で呟き、声のする方を向いた。




