第三十三話 ニコル君ご家族と家族になろう作戦③
エミリアを怖がらせ涙目にしてしまった僕は、ユミナからこっぴどく怒られた。
今も背筋を伸ばし、きょうつけの姿勢で立たされている。
そんな僕をよそに、原因の発端となったエミリアは満面の笑みを浮かべていた。
「やわらかーい。ぽよぽよー。えへへへー!」
羨ましい。いっ、いや怪しからん事に、ユミナのたわわな胸を堪能しているのだ。
「エミリアちゃん、満足した?」
「もうちょっとー!」
エミリアは、なかなかユミナの胸から離れようとしない。
「エミリアッ、いい加減にしなさいっ!! すぐに止めないなら、後でお仕置きするわよっ!!」
調子に乗るエミリアに、遂にミーリアのカミナリが落ちた。
「ママのお仕置き、イヤッ!!」
ミーリアのお仕置き=《お尻ぺんぺんの刑》は、余程嫌だったらしい。
エミリアはユミナの胸から、直ぐに手を引っ込めた。
「ユミナさん。エミリアの我儘に付き合わせて、申し訳ございませんでした」
「いえ、いいんですよ。気になさらないで。エミリアちゃん可愛いから、私も癒されました」
こうして、エミリアの幸福なひとときは終了した。
◇
身分不相応の豪華な部屋に難色を示していたが、結局ソフィア婦人のゴリ押しで使う羽目になってしまった。
高級な紅茶とケーキをいただき一息ついた後、ミーリアとサーシアはユミナと共に厨房へ向かった。
残された僕とレコルとエミリアは、待つ間何をして過ごすか話していた。
「ねえ、レコル君はニコル君のお仕事継ぐの?」
すると、ソフィア婦人が割って入ってきた。
「まあね」
「では我が家に行商に来てくれないかしら。ニコル君ったら来てくれないんですもの」
「仕事は継ぐけど、行商はまだ先かな」
「どうして?」
「もうすぐフロリダ街のダンジョンに入れる十三歳になるんだ。ダンジョンに行って、父さんみたいに強くなりたいんだ!」
「それは凄いわ。ニコル君みたいな《英雄》になれるといいわね」
「英雄?」
「そうよ。だってニコル君は」
「ソフィア様っ!」
「あら、言ってはいけなかったかしら?」
『コクッ!』
僕は黙って頷いた。
「ねえ、父さんって英雄なの?」
「さあな」
「でも今、ソフィア様が」
「ソフィア様の過大評価だ」
「そうなんだ」
興味が薄かったのか、レコルはそれ以上聞いてこなかった。
《のんびり普通の生活を送りたい》ので、ヤマトの正体はなるべく伏せておきたい。
「レコル君」
「なに?」
「ダンジョンに行くなら、武器と防具と付与の付いたアクセサリをプレゼントしてあげるわ!」
「いらない」
「どうして?」
「父さんが作ってくれるから」
「そう言えばニコル君、武器や防具作りも相当な腕前だったわね。それなら他に欲しい物はある?」
「うーん、そうだなー・・・・・・、あっ、そうだ!」
「なあに?」
「剣の稽古がしたい!」
「剣のお稽古?」
「うん。ここの兵隊さんに、僕の実力が通用するか確かめたいんだ!」
「良いわよ。ニコル君、良いわよね?」
「そうですね、良いんじゃないですか」
この後ソフィア様に連れられ、僕達は兵士がいる屋敷の外に向かった。
◇
玄関先に出ると、既に一人の兵士が待機していた。
執事が先回りして、段取りをつけてくれた様だ。
「ソフィア様、お待ちしておりました」
「シグルド、こちらのレコル君の剣のお相手を頼みましたよ」
「畏まりました。レコル殿、木剣で良かろうか?」
「うん!」
「ではこちらへ」
二人は屋敷横の開けた場所に移動し、程なくして剣の打ち合いを始めた。
シグルドと呼ばれた兵士は僕と同年代で、顔は何度か見掛けている。
素早い動きのレコルの剣を、難なく捌いている。
「よーし、こうなったら本気出すぞー!」
レコルは《身体強化》スキルを発動した。
『シュバッ!!』
「なっ!」
今まで以上の鋭い踏み込みに、シグルドは驚く。
『カーーーン!!』
「くっ、これが子供の打ち込みだとっ!」
シグルドは咄嗟に受けるが、その剣の重さに驚く。
「まだまだいくよー!」
『カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!!』
そしてレコルの連続攻撃の速さと多彩さに、シグルドから今までの余裕の表情は完全に消えた。
「ふんぬっ!」
『カーーーン!』
「くーーーっ、いったーーーっ!」
シグルドの気合を込めた一振りで、レコルは一気に後退させられた。
しかも手が痺れた様だ。
レコルの実力は子供の域を大きく越えている。
しかし《身体強化》スキルを使ってなお、レベルの高い実力者には及ばなかった。
「実力を隠していたとはな。俺も少し本気になってしまった。しかし大したものだ。グルジット家の兵士にならないか?」
「ならないよ。僕は商人になるんだ。父さんみたいに強い商人に!」
「ははっ、そうか。だが気が変わったらいつでも言ってくれ。俺から伯爵様に推薦してやろう!」
「気が変わったらね。それじゃあ、次行くよ!」
「ああ、来い!」
力の籠もった二人の打ち合いは、この後も続いた。
またその頃、グルジット伯爵邸の正門の前に一台の豪華な馬車が停車した。




