第三十話 ユミナとソフィア婦人の密談
ギャリング王太子謁見の数刻前、ユミナは王都のグルジット邸に身を潜めていた。
「まー、ユミナちゃん。いらっしゃい!!」
ソフィア婦人は、満面の笑みでユミナを迎えた。
送迎の馬車は既に城へ戻り、ユミナ一人である。
「お母様、突然お邪魔して申し訳ありません」
「何を言ってるの。ここはあなたの実家なんだから、遠慮しないでいつでも帰って来て良いのよ。それより、何かあった?」
「・・・・・・!」
ユミナはうつむき、言葉を詰まらせた。
「何かあったのね?」
ソフィア婦人はユミナの表情に、只事ではないと感じた。
人気の無い部屋に場所を移し、話しを聞く事にした。
◇
二人は応接室に移動し、対峙してソファーに座った。
そして紅茶を用意させると、人払いをした。
「ユミナちゃん、話しを聞かせて?」
「・・・・・・お母様、実はアルシオン王国のギャリング王太子が今日この王都に訪れました。そして『私に会いたい』と、城に先触れを寄越しました。その事をアルフォンスおじ様が伝えに来てくれて、ギャリング王太子の身分が身分だけに断るのも難しいと思い私は了承しました」
「隣国の王太子様が、ユミナちゃんに何の御用かしら?」
「・・・・・・『《側室》になれ』と、要求される筈です」
「何ですってっ!! ユミナちゃん、本当なの?!」
「《未来視》スキルで視えました。対応を誤れば、少なからず国同士の《友好にヒビ》が入ります」
「フリーデン公爵の次は隣国のギャリング王太子様、災難は続くのね」
「おじ様には『ギャリング王太子の目的が分かるまで、ユミナ殿下は一時実家に身を潜めていてください』と言われました。私が『お待たせしても大丈夫なのですか?』と尋ねると、『なーに、いきなり訪ねて来たのだから、少し位待たせても文句は言えますまい!』と。おじ様はギャリング王太子の目的について感づいていた様です。だから実家に帰れと」
「そう・・・・・・」
ソフィア婦人はこの時思った。
『この連鎖を断ち切るには、ユミナちゃんをニコル君に嫁がせるしか無いわ』と。
「一つ確認だけど」
「何ですか?」
「ユミナちゃんはギャリング王太子様の側室に、どうしてもなりたくないのよね?」
「はい、断り方を悩んでいました。 王太子様の女好きは有名で、多くの側室を囲ってると聞きます」
「でもこのまま独身でいたら、ユミナちゃんを巡る争いは絶えないわ。やっぱりユミナちゃんはニコル君の《お嫁さん》になるべきよ!」
「えっ!!」
「ニコル君なら国同士の友好が危うくなって、仮に戦争になってもきっと何とかしてくれるわ。何ってたってその正体は《英雄ヤマト》なんですもの」
「お母様、戦争になっては困ります!」
「そうね。では、戦争を回避する様、ニコル君にお願いしましょう。《ユミナちゃんのお願い》なら必ず叶えてくれるわ!」
「そんな事分かりません!」
「今までニコル君が、ユミナちゃんのお願いを断った事はある?」
ユミナは過去を思い返した。
『・・・・・・無い』
ニコルは困難な願いも、全て叶えてくれた。
「でっ、でもニコル君にはミーリアさんやお子さん達が」
「その件ならお母さんに任せて。既に『ニコル君ご家族と家族になろう作戦』は遂行中よ!」
「『家族になろう作戦』?」
ユミナは怪訝な表情を浮かべ、ソフィア婦人を見詰めた。
「四日後、サーシアちゃんに新作パスタの調理法を伝授してもらうの。ご家族全員を屋敷に招待してるから、そこで皆さんと親密になって、ユミナちゃんを受け入れてもらう体制を作るのよ。ユミナちゃんも出席してね!」
「いつの間に?」
「フリーデン公爵の一件の後よ」
「・・・・・・!」
ユミナはソフィア婦人の行動を止めるべきか、頼るべきか悩んだ。
「ニコル君やご家族の皆さんに、ご迷惑になるんじゃ?」
「お母さんの望みは、ユミナちゃんが幸せになる事よ。それにはニコル君とニコル君のご家族も、一緒に幸せになってもらわないといけないの。少しは迷惑を掛けるかもしれないけど、それ以上にみんなが幸せになれれば良いと思ってる!」
「お母様・・・・・・」
「だからユミナちゃんは、ユミナちゃんがニコル君のお嫁さんになって、本当に良かったと家族の皆さんに思われる様頑張ってみて!」
『お母様は私の為に、こんなにもがんばってくれている。私は何もしなくていいの?』
ユミナは心の中で葛藤した。
「ユミナちゃん、大丈夫?」
葛藤するユミナを見て、ソフィア婦人は心配になり声を掛けた。
「お母様。私、ニコル君に心の内を打ち明けてみます!」
「そう、決心してくれたのね?!」
「はい。お母様にいつまでも心配は掛けられませんから!」
「良かった。ユミナちゃんがその気になってくれて。それではさっそくだけど、『ニコル君ご家族と家族になろう作戦』の打ち合わせをしましょう!」
「はっ、はい!」
「私ね、ニコル君なら説得する自身はあるの。問題はご家族の賛同を得られるかだわ!」
「そうなのですか?」
この後昼食を挟み、打ち合わせはしばらく続いた。




