第二十九話 アルシオン王国王太子殿下、突然の訪問③
ギャリング王太子の《側室発言》に、謁見の間がざわついた。
「ユミナ様を側室にだと!」
「よそ者がいきなり現れて、何をぬけぬけと!」
「ユミナ様は私のものだ。誰にも渡さん!」
「「「「「「「「「「ざわ、ざわ、ざわ、ざわ!」」」」」」」」」」
「静まれっ!! 陛下の御前であるぞっ!!」
「「「「「「「「「「シーン!」」」」」」」」」」
ロバート・スチュワートの一喝に、場内が静まり返った。
一国の宰相なだけあり、優れた胆力の持ち主である。
「ギャリング王太子殿下。国同士の《友好》の為『御息女を陛下の結婚相手』にという御提案は大変有難いのですが、この場で『ユミナ殿下を側室に寄越せ』とは、些か不躾ではありませぬか?」
「ぬはははっ、俺様はせっかちでな。つい《本音》を口走ってしまったわ!」
「失礼ですがギャリング王太子殿下には、大勢の奥様がいらっしゃると聞いております。何故この期に及んで、ユミナ殿下を側室に迎えようと思われたのですか? 一度も会った事は無い筈ですよね?」
「スチュワート宰相の言う通り会った事は無い。だがうちの《超堅物》外務大臣が、ユミナ殿下を『慈悲深くこの世のものとは思えない美しさ。まるで《女神様》が降臨された様でした』とえらく称えていたからな。俺様の眼鏡に適うのは《規定路線》であろう!」
「あのヴェルサーチ外務大臣が・・・・・・!」
ヴェルサーチ外務大臣は、ドナルド国王の《戴冠式》にアルシオン王国代表として招かれていた。
滞在中王城の階段でユミナを見掛け、その美しさに見蕩れ足を踏み外し怪我をしてしまった。
それに気付いたユミナは直ぐに駆け付け、《魔法》で回復したのだ。
「それで、いつになったら《女神》を拝めるんだ?」
「只今、調整しております。ユミナ様にも何分御予定がございますので」
「アルシオン王国の王太子で英雄の俺様より、優先する用事とは何だ?」
「お答えできません。安全を期す為我国では、王家のスケジュールは外部の者に秘匿とされております」
「なるほど、もっともな言い分だ。だがそれを鵜呑みにする程、俺様はお人好しではない。もしや、俺様に会わせたくないのか?」
「その様な事はございません。ユミナ様のスケジュールの調整がつき次第、席をもうけさせていただきます」
「・・・・・・!」
ギャリング王太子は言葉の真意を確かめる為、黙ってスチュワート宰相の顔を睨んだ。
しかしスチュワート宰相は、それを意に介さなかった。
「分かった。この場はそういう事にしといてやる」
「ありがとうございます」
『ズバンッ!!』
とその時、玉座後方の王族控室の扉が開いた。
「その話し、待った!!」
突如現れたのは、ユミナの一人息子バロンとそれにしがみつく近衛兵達である。
「「「「バロン殿下、駄目です。お戻りください!!」」」」
「バロン殿下っ!」
「バロンッ!」
「兄上っ!」
スチュワート宰相、エドワード・ノーステリア、ドナルド国王は扉の音に振り返り、現れた人物に驚きの声を上げた。
「邪魔だっ! 放せっ!」
「「「「うわっ!」」」」
バロンは《身体強化》スキルを使い近衛兵を振り払うと、その勢いで玉座の前へ躍り出た。
「嫌な予感がして来てみれば、よくも母上を『大勢いる側室の一人に加える』だと。この《ハーレム糞野郎》!」
「俺様を『ハーレム糞野郎』と呼ぶか。糞は余計だが、まあハーレムは否定せん。お主、ユミナ殿下の子息だな?」
「そうだ。お前の様な奴が母上を幸せにできる筈がない。とっととアルシオン王国へ帰れっ!」
「ぬははははっ! さっきから随分と威勢が良い。俺様相手に暴言を吐けるとは大したガキだ。ユミナ殿下が側室になったら、俺様を『父上』と呼んで良いぞ!」
「誰が呼ぶかっ! 母上は渡さないっ!」
「ぬはははっ! 『渡さない』か。どうやらお主、《重度のマザコン》の様だな。他の言い寄る男共にもこの様な態度をとっておるのか? それではお主の母は、いつまでたっても《独り身》だぞ!」
「母上に相応しい相手なら、俺だって反対なんかしない!」
「では問おう。お主が言うユミナ殿下の相手に相応しい条件とは何だ?」
「それは・・・・・・!」
「答えられんか? ではもう一つ問おう。ユミナ殿下が好いた男ならば、お主は反対せぬか?」
バロンは考える。
『ニコッ!』
この問いに思い浮かんだのは、ニコルの笑顔だった。
「だーーーっ!」
バロンは思わず悲鳴を上げてしまった。
「その反応、もしやユミナ殿下に想い人が既にいるのか?」
「いっ、いない!」
「嘘をつくな。その慌てようで分かる。まあ想い人が居ようが旦那が居ようが関係無い。俺様が惚れた女は、俺様に惚れさせるまでだ!」
「くっ、何て傲慢な。やっぱりお前は、母上に相応しくない。とっとと、アルシオン王国へ帰れっ!」
「くくくっ、ぬわははっ! 良い情報が手に入った。今日はこれくらいにしておこう。スチュワート宰相よ、我らは下がって良いか?」
「ええ。晩餐会の用意ができたら、お呼び致します」
「そうか。フィリップ、行くぞ!」
「まっ、待ってください。殿下ぁ!」
ギャリング王太子とそのお供は、謁見の間を後にした。
「ふっ、女神が好いた男か。どれ程の者か気になる」
ギャリング王太子の興味は、密かにニコルにも向けられるのであった。




