第二十八話 アルシオン王国王太子殿下、突然の訪問②
その日の夕刻、先触れから招待状を受け取ったギャリング王太子は、正装を纏い王城を訪れていた。
友好国の王族という事もあって、急遽国王へ《謁見》する運びとなった。
今は豪奢な待合室で、謁見の準備が整うのを待っている。
「紅茶のお代わりは如何でしょうか?」
「おう、淹れてくれ!」
「あっ、私もお願いします」
「畏まりました」
執事はティーカップを手に取り、ティーポットから紅茶を注いでいった。
「しかしよ、謁見なんてクソ面倒な事はいいから、早く《俺様の嫁》に会わせろってんだ!」
「殿下。失礼な言動は謹んでください! 執事殿が聞いてますよ!」
『チラッ!』
「構わん。報告したきゃすれば良い!」
「殿下への心象が悪くなります!」
「俺様はアルシオン王国の《王太子》であり《英雄》だぞ。取り繕う必要など無いわ!」
「殿下のせいで、エステリア王国との《友好》がおかしくなったらどうするつもりですかっ?!」
「暴言の一つや二つでおかしくなる《友好》など、必要無いわ!」
「殿下っ!」
「えーい、お前はいちいち煩い。茶でも飲んどけっ!」
ギャリング王太子はカップを手に取り、お付きの者の口へ押し付けた。
「あちっ、あちゃっ、あちちちちっ!」
「うわーはっはっはっはっ!」
「何をするんですかっ! 私は猫舌なんですよっ!」
「知っておるわ。これで少しは静かになろう!」
「なりませんっ! 殿下はですね、もっと王太子として」
『ツカ、ツカ、ツカ!』
「ご歓談中失礼します。謁見の準備が整いましたのでご案内致します」
「おお、そうか。丁度良い。フィリップ、ほれ行くぞ!」
ギャリング王太子は立ち上がり、逃げる様に扉へ向かった。
「続きは後ほどお聞かせますからね。でもこれだけは今言っておきます。くれぐれも、問題は起こさないでくださいねっ!」
「ぬはははっ!」
フィリップは一抹の不安を抱えたまま、後をついて行くのでった。
◇
謁見の間の玉座では、若き国王ドナルド・エステリアが待ち構えていた。
その右後ろには、曾祖父であり教育係のエドワード・ノーステリアが控えている。
そして左横には、エステリア王国宰相が立っていた。
また中央に敷かれた赤い絨毯の両脇には、王城に勤務する貴族達が整列している。
「アルシオン王国王太子殿下の御入場ーーー!!!」
兵士の号令と共に扉が開かれ、ギャリング王太子が姿を表した。
「でっ、でかい!」
「何という威圧感!」
「まるで猛獣・・・・・・!」
ギャリング王太子を見たエステリア王国の貴族達は、その風貌に圧倒された。
身の丈は二メートル三十八センチ、着ている服の上からも筋骨隆々なのが見てとれる。
鋭い眼光に、長いワイルドな赤髪はオールバックにしている。
『ギンッ!』
「あっ!」
『ギンッ!』
「いっ!」
『ギンッ!』
「うっ!」
貴族達はギャリング王太子に鋭い眼光を向けられ、声を漏らし慌てて視線を逸らした。
「情けねー。この国の貴族共は、人と眼も合わす事ができんのか?!」
「殿下、余計な事はしないでください。早く前に進んで!」
「分かっておる」
お付きのフィリップに急かされ、ギャリング王太子はゆっくりと歩を進めた。
「おらんか?」
ギャリング王太子は、まだ見ぬユミナの姿を探した。
しかしこの場には、女性の姿はなかった。
「メインディッシュは遅れて登場という訳か?」
そう呟き、玉座の前まで進み立ち止まった。
続くフィリップも立ち止まり、即座に片膝をついた。
「でっ、殿下、何してるんです。早く片膝をついてください!」
フィリップは、仁王立ちするギャリング王太子を促した。
王太子とはいえ、他国の国王へ謁見する際は、片膝をつき頭を下げるのが礼儀である。
「・・・・・・!」
しかし微動だにせず、その眼光は玉座のドナルド国王に向けられた。
『随分と子供ではないか』
そして、そんな感想を抱いていた。
「お立ちのままで結構!」
そう言い放ったのは、謁見の儀を取り仕切る宰相である。
「ありがとよ」
「殿下ーっ!」
「ほら、お前も立て」
フィリップは不服そうに立ち上がる。
「ギャリング王太子殿下。私はエステリア王国宰相のロバート・スチュワートです。遠いところ、良くお出でなさった」
「あんたがこの国の宰相か。そんで、そっちのお子様が国王か?」
「殿下、言葉使いっ!」
フィリップが、小声で注意する。
「左様。こちらにおわす御方こそ、エステリア王国国王ドナルド・エステリア陛下にあらせられる」
宰相は言葉使いを気にする様子もなく、ドナルド国王を紹介する。
「若いとは聞いていたが思った以上だ。この国、大丈夫か?」
「心配ご無用。陛下は将来《賢王》となられる器の持ち主です」
「ほー、賢王ねー。俺様には後ろにいる爺さんの方がそう見える」
『ギンッ!』
ギャリング王太子は、エドワードに鋭い眼光を向けた。
しかしエドワードは、それに何の反応も示さなかった。
「エドワード様は陛下の曾祖父で、前ノーステリア大公爵でいらっしゃいます。今は陛下の教育係をなさってます」
「エドワード・ノーステリアの噂は聞いている。武や魔法に優れ、自領だけでなく国の発展に多大な影響を与えたと。そうかあんただったか!」
「お初に御目にかかる。エドワード・ノーステリアじゃ」
「あんたとは一度剣を交えてみたかったが、その年じゃ無理はさせられんな!」
「お気遣い感謝する」
『チラッ!』
エドワードは礼を言った後、視線で宰相に合図を送った。
「では、陛下から御言葉をお願い致します」
「うむ。ギャリング殿、余がエステリア王国国王ドナルド・エステリアである。これからも友好国として長く良き付き合いを願いたい」
「そうだな。《友好の証》しとして、俺様の《娘》を陛下にやろうではないか。その代り、《ユミナ殿下》を俺様の側室に貰い受けるっ!!」
「「「「「「「「「「何だとーーーーーーっ!!!!!」」」」」」」」」」
ギャリング王太子の申し出に、場内から驚きの声が上がった。




